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聖女は秘密の皇帝に抱かれる  作者: アルケミスト


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 ツェリルは故郷に友達を残してきたい王都に来てからは同じ年頃の女友達などいなかったので羡ましく思う。


 しかし、そんなツェリルの感傷は、ネツの次の言葉で一気に吹き飛んだ。


「……ドゥラコンは?」


「え」


「ドゥラコンの肌は見せてもらったか?」


「い……いえ……」


「そうか。

 まあ、次期皇帝が誰か、お前は神から教えていただいているはずだ。

 俺なんかが何か言わなくても」


 そこまで言って、不意にネツは口を閉じる。


 言うことを考えているのかと思ったが、しばらくして慌ただしく扉が叩かれた。


 驚いて大きく肩を揺らすツェリルとは違い、既にそちらに歩いていたネツは躊躇うことなく扉を開いた。


「ネツさまっ、非常事態です!

 ……あっ」


 立っていたのは、上級官兵だった。


 中にいたツェリルの姿に気づき、驚いたように口を閉ざす。


 もしかしたら、軍の機密に関することなのかとツェリルが不安に思っていると、ネツはどんっと側の石壁を拳で殴って静かに言った。


「構わん、言え」


「は、はいっ、北の国境近くにあるアルシェクの川が危険水域まで増水っ、近隣の村が壊滅的な危機です!」


「えっ!」


 聞き覚えのある名前に、ツェリルは反射的に椅子から立ち上がって官兵の上着を掴む。


「アルシェクの川がっ?」


「は、はいっ」


「そんな」


 アルシェクは、ツェリルが生まれ、七歳まで育った村だ。


 北の国境近くにある村は貧しく、雨季のたびに大きな川の洪水で被害を被っていた。


 ツェリルが次期聖女に選ばれた時、かなりの報奨金が出されたらしいが、それでも根本的な問題が解決されたわけではない。


 聖女になるため、ツェリルは意識的に故郷の現状を聞かないようにしてきたが、今すっと耳に入った話を聞き流すことはとてもできなかった。


「どうした?」


 ツェリルの態度の変化に、ネツが肩に手をやって顔を覗き込んできた。


 だが、今はその手を振り払うこともできない。


「わ、 私の、村……」


「何?」


「私の、故郷です……っ」


 そう言うと、ツェリルは入口に立つ官兵を突き飛ばすようにして廊下に出た。


 そのまま勢いを止めずに、外に向かって走り続ける。


 ここに来た時は誰もいないと思ったほど静かだったのに、今は何人もの官兵の姿があった。


 誰もが女官の服の裾をからげて走るツェリルの姿を驚いたように見てくるが、いっさい構わない。


(父さんっ、母さんっ、皆っ!)


 父母は、妹は無事だろうか。


 村人も、村長も、命を失うことはないだろうか。


 神殿の中にある書物には、十数年に一度の割合で雨季にとんでもない大雨が降るという記録があった。


 もしかしたらそれが、今年、アルシェクに起こったのではないか。


 一刻も早く皆の無事を確かめたくて、ツェリルは何も考えないままアルシェクに向かうつもりになっていた。


 馬や馬車に乗って向かうなんて考えもせず、ただ走って、少しでも早く走って……。


「ツェリル!」


「!」


 訓練場から飛び出したところで、ツェリルは強く腕を握られた。


 はっと振り向いた先にいたのはドゥラコンだ。


「離せ!」


 だが、なぜドゥラコンがここにいるかなど考える時間もない。


 早くアルシェクに行きたくて、ツェリルは勢いのままドゥラコンの腹に肘を入れようとした。


 しかし、がむしゃらなツェリルの攻撃は威力を伴うこともなく、簡単にドゥラコンに止められてしまう。


 両腕を一つにまとめられて背中に拘束された状態になったツェリルは、自分よりもはるかに逞しい男に向かって叫んだ。


「急いでいるんだっ、相手をしている暇はない!」


「アルシェクのことか?」


 ツェリルは目を見開いた。


「親兄妹の心配だろう?」


「ど、どうしてそれを……っ?」


 国内の災害を皇太子が知るのはおかしくはない。


 それでも、ツェリルの出身がアルシェクということをドゥラコンが知るはずないと思っていた。


「わ、わかっているなら離せっ、離してくれっ。

 私はすぐに行かないと!」


「落ち着けっ。

 ここからアルシェクまで走って行くつもりかっ?」


「……あ……ぁ……」


(わ、たし……)


 考えればわかることだ。


 人間の足で北の国境近くまで行けるはずもない。


 そんなことを考えつかないほど混乱していたのかと、ツェリルはガクッと足が崩れた。


 だが、その身体は目の前にいたドゥラコンが軽々と支えてくれ、焦点の合わないツェリルの目線に身を屈めて目を合わせてくる。


 そして、驚くほど優しい声で言った。


「アルシェクには俺が行く」


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