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朝から強い風がずっと吹いている。
ここしばらく晴天が続いていたが、そろそろ雨季の時期だ。
聖女として、民のためにやらなければならない神事もあるというのに、いつまで自分はこの次期皇帝探しというものを続けるつもりなのだろうか。
(ドゥラコン殿も、思うことがおありのようだし)
二度目に抱かれてから、ドゥラコンが自分を見ていることに、ツェリルはとてつもない重圧を感じていた。
それまで、どちらかと言えばツェリルの方から積極的にドゥラコンと関わろうと思っていたのに、ナメルの腰の痣を見て以来、どうしても真っ直ぐにドゥラコンを見ることができなくなった。
事実は事実として、すぐにでもヤッフェに報告をしに行かなければならないと思うのに、どうしても神殿へと足が向かない。
そこには、当然大司教のナメルもいるからだ。
(ネツ殿のあれも、確かめなくてはいけないのに……)
遠目で見ただけで、実際にネツの腰にあるものが痣かどうかもまだはっきりしていない。
だが、またこそこそと訓練場に覗きに行ってもいいものだろうか。
しかし、このまま何もしないという選択だけはできなかった。
自分は、ヤッフェに次代を託された聖女だ。
「……よし」
ツェルは改めて気持ちを引きしめ、ネツに会うべく訓練場に向かうことにした。
そこにいなくても、部下の誰かに聞けば居所もすぐにわかるはずだ。
しかし、そんなツェリルの推測も結果的に無駄だったようで、訓練場の入口で偶然ネツと会うことができた。
「あ」
その姿を探しに来たくせに、いざ目の当たりにすると決意が鈍りそうになる。
それでも、ここで引き返したら数日間の逡巡が丸々無駄になってしまうと思い、踵を返しそうな足をぐっとその場に留めた。
「ネ、ネツ殿」
ネツは無言のままツェリルを見下ろしている。
その視線の中の感情はまったく読めない。
「あの、話があるのですが」
「そうか。
じゃあ」
あっさりと頷いたネツは、そのままツェリルの腕を掴んで歩き出した。
突然のその行動に、ツェリルは焦って尋ねる。
「ど、どこに行くのですかっ?」
「ここで話してもいいのか?」
「あっ」
慌てて辺りを見回したが、幸運なことに人影はなかった。
しかし、こんな誰でも通りそうな場所で皇位継承という重大な話はさすがにできない。
それならばそれで、まず口で説明してくれればいいのだが、ネツに言っても理解してもらえるだろうか。
結果的にツェリルはおとなしくネツに腕を引かれた状態で歩いて訓練場の中に入ると、以前とは別の方向へと連れていかれる。
石塀で頑丈に造られた訓練場の中は、今はとても静かだ。
「誰もいないのですか?」
「そうらしいな」
「……」
「……」
(は、話が続かない)
ドゥラコンはツェリルをからかうためには不必要なほど饒舌だし、ナメルも滑らかに会話を繋げてくれる。
しかし、武人のせいかどうもネツは言葉よりもまず行動が先に出るようだった。
「ここだ」
やがて一つの扉の前で立ち止まり、ネツがそれを開いた。
中はそう広くない部屋で、形ばかりの木の机と椅子が中央に置かれているだけだ。
「ここは」
「指導室」
「指導、室?」
「規律違反や、やる気のない者を呼んで指導する部屋だ」
「そ、そうですか」
何だか物騒な気がして、ツェリルは無意識のうちに腕を擦る。
そんなツェリルを見ながらネツは切り出した。
「話は何だ」
まったく前置きもなくそう言われてしまい、ツェリルは一瞬言葉を飲み込んだ。
それでも、これがネツの物事の進め方なのだといい加減学習し、こちらもすぐに用件を口にした。
「あなたの腰を見せてください」
ネツはすぐに答えてくれなかったが、それでも驚いた様子は見せなかった。
まるでツェリルがこの願いを口にするのがあらかじめわかっていたかのようだ。
「次期皇帝をはっきりと指名するために、あなたの腰に痣があるかどうか確認しなければなりません。
どうか、お願いします」
ツェリルは深く頭を下げる。
こんなことでネツの気持ちが動くかどうかはわからなかったが、それでも真摯に頼んだ。
「俺は、見せないと言わなかったか?」
「はい。
でも、でも……お願いしますっ」
以前ツェリルが頼み込んだ時、はっきりと断られたのはもちろん覚えている。
それでも、ネツの腰の赤いものの正体をちゃんと目にしなければ、ナメルが次期皇帝だとはっきり言うことができない。
(ドゥラコン殿は……もう……)
ツェリルが最有力候補として見ていたドゥラコンの腰には痣などなかった。
二度身体を許してようやく得たその結果はかなりの衝擊だったが、それでも事実を自分の目で確認したことは正しかったと思う。
ネツは何を考えているのか、黙ってツェリルを見下ろしているだけだ。




