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「外で待っている。
ヤッフェ殿との会談が終わったら来てくれ」
「私はもうよい。
ナメル」
「はい」
「欲のまま突き進むでないぞ」
「……はい」
口から先に生まれてきたようなこの男も、ヤッフェに対しては本当に謙虚だ。
それだけ敬愛しているのだろうと二人のやり取りを見ていれば、ヤッフェの視線が再びドゥラコンの方へと向けられた。
「ドゥラコン殿、ツェリルはご迷感をかけていないだろうか?」
不意にツェリルの名前が出てきて、ドゥラコンは僅かに動揺する。
一瞬だけ、自分の心の内を覗かれたのかと思ったが、考えればツェリルの聖女としての修行をヤッフェが指導していたのは当然のことで、自身の弟子を心配することも無理からぬことだ。
「いや、よくやっている」
「そうか」
柔らかなヤッフェの気に、彼女が本当にツェリルを可愛がっているのだろうというのが感じられる。
(そういえば、似ているな)
気が強く、信念を曲げないのはヤッフェ譲りだろうか。
そんなことを考えると、自然にドゥラコンも笑みが零れた。
「心配するな」
「ああ、そうしよう」
会話が途切れたのを見計らい、ナメルはヤッフェに頭を下げて部屋を出ていく。
ドゥラコンもその後を追った。
どうやら礼拝堂に向かっているらしい。
「ナメル」
「何です?」
「お前、ツェリルに何かしたか?」
回りくどいことはいっさい省いて、ドゥラコンは知りたい情報だけを得ようとする。
ナメルもそんなドゥラコンに慣れているので、誤魔化すことなく端的に答えてきた。
「見せました」
思わずドゥラコンが止まると、ナメルも数歩歩いて止まり、振り向いた。
「お前……」
「別に、秘密にしておくと約束したわけではありませんしね。
それに、あなたのことは何も言っていませんよ」
「……っつ」
ナメルの言っていることは正論だ。
今回のツェリルの次期皇帝探しの話を聞いた時、ドゥラコンはナメルとネツに向かって自分の身体のことは口外しないように頼んだ。
それまで共に過ごした時間の中で、ドゥラコンの権力に対する言いようのない嫌悪や不満を知っている二人はすぐに頷いてくれた。
そのことを今さら後悔などしていないが、唯一ドゥラコンが判断を誤ったと思うのは、新しい聖女であるツェリルの性質を見極める前に判断を下したということだ。
聖女であるツェリルはバラッハ帝国の利益のため、神に指名された次期皇帝を探していた。
それは聖女としてごく当然の行動だが、ドゥラコンはツェリルがあれほど純粋で、己の欲などいっさいなく、真摯に皇帝を探しているとは思わなかった。
ツェリルは、はじめから周りを疑念の目で見ている自分とはまるで違う。
そしてそんなツェリルの必死の行動に、曲者のナメルも落ちてしまったということか。
「何と言っていた?」
「驚いていましたよ」
「……」
「多分、彼女は私に痣などないと思っていたのでしょうね」
「ナメル」
楽しげに報告をするナメルを思わず止めてしまい、ドゥラコンはいやとすぐに謝罪した。
「すべて、俺のしたことだな」
「私たちは神ではありませんよ、ドゥラコン。
未来のことがすべてわかるなど、あり得ないことです」
「……ああ」
未来はわからない。
決まってはいないのだ。




