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聖女は秘密の皇帝に抱かれる  作者: アルケミスト


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「……どうしよう……」


 着替えや湯浴みなど、どうしても服を脱がなければならない場面に居合わせているはずなのに、いまだドゥラコンの肌を見ることができない。


 自分のやり方に今さらながら不安を持ってきたツェリルは、宮殿の庭にある東屋で一人、唸っていた。


「どうしてあんなに頑固なんだろう」


 ちらっと肌を見せるだけのことが、そんなにも嫌なものなのか。


 いや、それほど時期皇帝になるのが嫌なのか。


 皇太子として生まれたドゥラコンだ、それなりの覚悟は持っていると思っていたが、どうやらそう簡単な話でもないらしい。


 ツェリルが焦れば焦るほど簡単にあしらわれている気がして、最近では自分だけがムキになっているのはよくわかっていた。


(もしかして私……馬鹿なの?)


「ツェリルさん」


 不意に名前を呼ばれて慌てて振り向くと、そこには顔見知りの女官が立っている。


「さっき、ドゥラコンさまが部屋から出ていかれるのを見たけど」


「え?

 もうお帰りになったのかしら」


 まだ陽も高く、帰ってくるには早い時間だ。


 毎日毎日、朝からどこに行っているのか、ツェリルは問い詰めたことはないが、実は少し気になっていた。


 着ている服には女性ものの化粧の匂いも酒の匂いもせず、そういう場所には行っていないようだが、それならばいったいどこにと、日が経つにつれて謎がますます深まっている。


「ツェリルさん?」


「あ、ありがとう、行ってみるわ」


 謎はまた今度考えることにして、帰ってきたというドゥラコンの世話話をするために宮殿内へと戻る。


 しかし、ドゥラコンの私室に向かっている途中で、また別の女官に呼び止められた。


「今、訓練場の方へ向かわれる姿をお見かけしたけど」


「訓練場?」


 剣の練習をするために早く戻ってきたということか。


 ツェリルはその女宮にも礼を言い、向きを変えて訓練場へと急いだ。


 うまくすれば汗を拭ってやるという口実で、ドゥラコンの上着を脱がすことができるかもしれない。


 早足で歩きながら、ツェリルはこんなことばかり考えてしまう自分に呆れていた。


 その事実だけを見れば、とても聖女の仕事だとは思えないからだ。


 それでも、ここまできてヤッフェに助けを求めることもできない。


 結局、今起こっていることすべてが聖女になるための試練なのだと思うことにした。


 間もなく、訓練場の入口に着いた。


 門番の兵士に向かい、ツェリルは丁寧に頭を下げる。


「ご苦労さまです。こちらにドゥラコンさまはいらっしゃっていますか?」

 

 訓練場に女が行くことはほとんどないのだろう、兵士は上擦った声で早口に答えてくれた。


「い、今、ネツさまと手合わせをしていらっしゃいますがっ」


「ネツさまと?」


 どうやら、親衛隊長のネツもここにいるらしい。


 ちょうど良いと、ツェリルはにっこり笑いかけた。


「中へ入ってもよろしいですか?」


「ど、どうぞっ」


「ありがとうございます」


 開けてもらった重そうな鉄扉の中に入ったツェリルは、きょろきょろと辺りを見回しながら奥へと進む。


 外から見たことはあったが実際に中に入ったのは初めてで、どこに向かっていいのかわからない。


 それでも遠くから人の歓声が聞こえてきたのでその方へと向かっていると、やがて開けた場に出ることができた。


「わぁ……」


 そこには均された広い土の広場と、周りを囲むように建てられた三階建ての観覧席があった。


 ツェリルはちょうど、その二階部分に出てしまったらしい。


 幸いに周りに人影はなく、それでも見つからないように身を屈めた体勢で訓練場を見下ろすと、そこでは二人の人物が剣を交えているのが見えた。


(あれは……)


 少し遠目になってしまうが、それがドゥラコンとネツだというのはすぐにわかった。


 ツェリルは途端に興味が湧いてしまい、もう少しだけ身を乗り出してみる。


 親衛隊長という肩書と立派な体躯を持っているネツは当然見事な剣さばきだが、ネツよりも多少劣る体格のドゥラコンもそれに負けていなかった。


 いや、むしろ重いはずのネツの剣を正面から受け止めたり、身軽にかわして際どい攻撃を仕掛けたり。


 ツェリルも、多少の心得として剣を習っているので、卓越したドゥラコンの動きにしばし目を奪われてしまった。


(あんな顔しているんだ)


 ツェリルに見せる、からかったり、馬鹿にしたりという、どこかで不真面目な態度とはまるで違う様子に、ドゥラコンの別の顔を見たような気がする。


「あ……」


 まるで舞を踊っているかのような滑らかな剣の動きが唐突に止まった。


 ドゥラコンの剣先はネツの喉元に、ネツの剣先はドゥラコンの胸元へと突きつける形になっている。


 沸き上がった歓声の大きさに、初めてかなりの人間がこの場にいることがわかった。


 どうやらそれで勝負はついたのか、二人は剣を下ろして何やら話し始める。


 遠くなので当然のことながら声は聞こえないが、柔らかで屈託のない、まるで無防備な笑みを見て、二人の仲の良さをつくづく感じた。


 そのうち、汗をかいたのかどうか、ネツが上着を脱ぐ。


 その時、


「!」


 ツェリルはちらりと見えたその腰に、赤いものを見たような気がした。


(い、今、今のはっ?)


 この距離では痣なのか、それとも傷なのか判断がつかない。


 それでも、ネツの腰に何らかの赤いものがあるのは確かだ。


 ツェリルはそのままその場に座り込んでしまった。


 ドゥラコン、ナメル、ネツ。


 この三人に可能性はあると思いながらも、心のどこかでそれは皇太子であるドゥラコンではないかと思っていた。


 ドゥラコンも、自身の腰の痣を知っているので、なおさらツェリルをけむに巻くようにし、肌を見せてくれないのだろうとさえ考えていた。


 だからこそ、ツェリルはドゥラコンの裸を見ようと躍起になったのだ。


 しかし、探す相手がネツだったとしたら。


 ツェリルがドゥラコンと身体を重ねた意味は、まったくなくなってしまう。


 そう思うと、ツェリルは腹の奥にずんっと重たく冷たい何かが溜まるような気がした。


 どちらにせよ、すぐに下におりてネツの腰の赤いものの正体を確かめなければならないのに、ふらふらと立ち上がったツェリルの足は、そのまま訓練場の外へと向かった。


(本当に、ネツ殿が……?)


 一刻も早く真実を見つけなければと思った。


 しかし、あの場にはドゥラコンもいる。


 あの男の前でネツに真実を問い詰めるのは躊躇いがあった。


 ドゥラコンを次期皇帝かもしれないと思い、身体まで重ねたツェリルのことを愚かな女だと笑うかもしれない。


 それとも、そこまでして間違えてしまったのかと、哀れに思われてしまうか。


 どちらにせよ、ツェリルは突然面前に突きつけられてしまった事実をどうやって処理していいのか迷い、その中で唯一思い浮かんだ面影を頼りに神殿まで歩いていった……いや。


「……!」


 神殿まで行く前に、ツェリルは敷地内にある泉の側、初めて神殿にやってきたツェリルが、腰に赤い痣のようなものを持つた青年たちを見た泉で探す相手の姿を見つけた。


「大司教さまっ!」

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