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聖女は秘密の皇帝に抱かれる  作者: アルケミスト


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「あ、あなたはっ、何を考えているんだ!」


 このまま捕まえ、簡単に組み敷くこともできるほどに華奢で小さいのに、目の前にいるツェリルはとてもか弱い人間とは思えなかつた。


 守られ、愛されるだけの存在でないからこそ、こんなにもドゥラコンの心を揺さぶるのだろうか。


「お前を抱きたいと思っただけだ」


「へ、変態!」


「どこが変態なんだ?

 気に入った女がいれば抱きたいと思うのが普通だろう」


「な、そ、そんなことっ」


「ん?」


 怒らせるのがわかっていてからかうように言うと、案の定ツェリルは拳を握りしめて叫んだ。


「そんなこと思うのはあなただけだっ!

 私は、私はただっ」


 もっと何か言いたいことがあるようだが、ドゥラコンを非難するにはされた行為を言わなければならない。


 だが、どうやらそれは躊躇うほどに恥ずかしいことらしい。


 ぷるぷる震える様子を見ているのも楽しいが、ここは逃げ道を作ってやることにした。


「ツェリル」


「……」


「丸見えだぞ」


「え……!

 きゃあっ!」


 ようやくそこで、ツェリルは濡れて身体に張りついた服に気がついたようだ。


 悲嗚を上げると同時に浴場から飛び出していった。


 ツェリルがいなくなってしまうと、途端にそこは湯の流れる水音しか聞こえないほど静かになる。


「まったく……」


(あきない奴だ)


 なんだかこのまま湯につかっているのも面白くなくなって、ドゥラコンは湯船から出た。


 素早く身体を拭いて服に着替えると、廊下を濡らす水跡に視線を落とす。


(部屋に向かったのか?)


 あの格好のまま下手にうろついてはいないだろうが、他の男の目に触れさせるのは不快だ。


 ドゥラコンは急いで水跡を追った。


 意外にも、ツェリルはそれほど離れていない場所で見つかった。


 しかし、ドゥラコンはとっさに物陰に身を隠す。


 そこにいたのがツェリル一人ではなかったからだ。


「本当に大丈夫ですか?」


「はい。ありがとうございます、アリイェさま」


 ツェリルはその目に信頼の光を湛えて、側に立っているアリイェに笑顔を向けていた。


 濡れた服の上に掛けられている上着は、どうやらアリイェのものらしい。


 それを嬉しそうに両手で押さえている姿に妙な苛立ちを覚える。


「それにしても、不注意で湯船に落ちてしまうとは……」


「……」


「疲れているのなら、一度神殿に戻ってきなさい」


 どういう言いわけをしたのかはわからないが、今の状況にドゥラコンは関わっていないことになっているようだ。


 本当のことを言えば非難されるだろうが、だからと言ってまったく関係ないと思われるのも癪だった。


 神官長としても有能で、皆に慕われているアリイェのことを、聖女であるツェリルが好意を持って見ているのはおかしなことではないが……やはり、面白くない。


「ありがとうございます、アリイェさま。

 でも、大丈夫ですから」


「ツェリル」


「本当です」


 ツェリルが重ねて言うと、アリイェが諦めたように笑った。


「あなたの頑固さは筋金入りでしたね」


 そして、その手がツェリルの髪を撫でる。


 逃げることはおろか、むしろ自分からも撫でられに行っているツェリルの顔が嬉しそうに笑っているのが見えた。


「……」


 自分がツェリルにしたことを考えれば、こんなにも信頼された表情を向けられることがないのは当たり前だ。


 それでも、目の前で他の男に向けて可愛らしい笑顔を向けられると腹立たしい。


「でも、アリイェさまはどうしてこんな時間に宮殿に?」


「シャオル帝に呼ばれたので」


「皇帝に?」


(父が、アリイェを?)


 行事などの相談ならば、何も夜でなくてもいい。


 シャオル帝、父は、いったい何の目的で神官長のアリイェを呼んだのだろう。


(まさか……譲位の?)


 ツェリルから次期皇帝探しを聞かされた時、ドゥラコンはそれとなく父に探りを入れてみたが、明確な話は何もなかった。


 世襲制ではないバラッハ帝国では、皇太子という立場であっても次期皇帝になれるという確約はない。


 ドゥラコンの気持ちを考えて黙っているのかもしれないが、もしもそうならばとんだ見当違いだ。


 ツェリルにもはっきり言ったが、ドゥラコンに皇帝の位への執着はない。


 バラッハ帝国も国民も大切に思っているが、権力というものが嫌いなのだ。


 高みに立って人間を動かす柄ではないし、煩わしい人間関係も面倒だ。


 父は友好国との関係で、皇后の他にも三人もの妾妃を迎えている。


 本当故郷から迎えた皇后であるドゥラコンの母だけを愛したいはずなのに、平等な愛を三人の妾妃にも注いでいた。


 そんな偽善的な人生なんて絶対に嫌だ。


(俺は、俺の愛するただ一人の女だけがいればいい)


 ふと頭にそんな言葉が浮かび、ドゥラコンは驚く。


 何を柄でもないことを考えているのだ。


「部屋まで送りましょう」


 廊下の向こうから、アリイェがツェリルを気遣う声が聞こえてくる。


「でも、皇帝に呼ばれたと……」


 自分のことなどよりそちらの用件の方が大事だとツェリルは訴えるが、アリイェは宥めるような声音で言った。


「まだ時間はありますから」


「すみません、ありがとうございます」


 アリイェに腰を抱かれるようにして歩いていくツェリルを見送り、ドゥラコンも私室へと踵を返す。


 今、ツェリルを呼び止める気にはならなかった。


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