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ドゥラコンに抱かれてから三日が経った。
他の女官や召使いたちが心配してくれるほどに痛みでぎこちなかった身体の動きは何とか回復し、ツェリルは改めて決意を固めていた。
ヤッフェのためにも、そして現皇帝のためにも、一刻も早く次期皇帝を見つけて指名しなければならない。
そのためにももう一度作戦を練り直さねばならないと思っていた時、ツェリルは中庭でネツに会った。
「元気そうだな」
「皆、同じようなことを言いますね」
ツェリルは用心のために後ろに両手を回してネツと向き合う。
初対面の時、そしてあの夜のことで、この男が異常に尻に執着を持っているというのはさすがにわかった。
ここで危機感を覚えない方がおかしい。
(こうしていれば、立派な武人にしか見えないのに)
涼やかな表情のネツは、佇んでいる姿もとても禁欲的で男らしい。
本当に、あの変な執着さえなかったら、ツェリルはこの男に助けを求めていたかもしれない。
「あれから、ドゥラコンの裸は見られたか?」
「……」
「では、性交もあれきりか」
ツェリルの反応に答えを見たのか、呆れたように言われてしまった。
「……っ、こんなところでおかしなことを言うなっ」
思わず表向きの女官の言葉づかいを忘れてしまったツェリルは、言った途端に慌てて口を塞いだ。
だがネツは特に気にしていないらしく、そのことについて何も言わない。
「違うのか?」
そればかりか、さらにそんなことを聞いてくるのだ。
ツェリルは再び強く言い返しそうになるのをどうにか堪えた。
きっと、これがネツの性質なのだろう、一々気にした方が負けだ。
「そのことはいいでしょう。
それよりも、ネツ殿」
「俺の肌も見たいのか?」
切り出す前に本人に言われてしまい、ツェリルは強く肯定した。
「そう言ったはずです」
「……その願いは聞いてやりたいが、生憎の身体には戦の傷がある。
女相手にあまり見せられるものじゃない」
「あ……そ、ですか」
その言葉に、さすがにすぐに、「それでも脱いで見せてくれ」と言いにくかった。
男なので気にすることなどないし、むしろ武人としては名誉の怪我のはずだが、武人だからこそ身体に傷があることを恥だと思っているのかもしれない。
ネツの身体を見ないで済むには、先にドゥラコンとナメルの身体を確認すればいい。
ただ、あの二人もそれぞれ頷かせるのは難しく、その前途を考えるだけで頭が痛くなりそうだ。
「……すみませんでした」
こちらの希望だけを一方的に訴えたことを謝罪し、ツェリルは立ち去ろうとする。
しかし、すれ違うと同時に腕を掴まれた。
(え……?)
既視感のある出来事にツェリルは慌てて振り返ろうとするが、その前にネツがツェリルの身体を正面から抱きしめてきた。
そして、驚く間もなく大きな手に尻を鷲掴みにされる。
その一連の所作が流れるようで、ツェリルはただただ驚いてネツの腕に爪を立てた。
「少し痩せたか?」
痛みは感じないのか、ネツの口調にまったく変化はなかった。
「……どうしてわかるんですか」
尻の肉付きで瘦せた、太ったかを知ることができるなんてと、呆れる前に感心した。
本当にこの男は尻好きなんだなと思うと同時に、せめてこの手つきがいやらしくなければまだましなのにと考える自分が悲しくなる。
「離してください」
動揺すればするほど面白がられるだけだ。
ツェリルはできるだけ感情を込めずに言った。
「どうして?」
「触られたくないからです」
「こんなに手触りが良いのに?」
言いながら、ぐにっと揉み込まれる。
指が割れ目に入って動かなくなってしまい、ツェリルは息をのんだが、それでも表面上は冷静に続けた。
「私の尻ですから」
「……もったいない」
ネツは拘束していた腕を離してくれ、ツェリルは急いで数歩後ずさる。
それ以上追ってくることはないが、ネツは腕を組んでツェリルを見下ろしてきた。
「我が儘な女だ」
「……」
「ドゥラコンは手強いぞ」
「……知っています」
「……」
「でも、私は諦めませんから」
きっぱりと言い切り、ツェリルはもう一度挨頭を下げて歩き始める。
しかし、あっと気づき、振り返った。
「これからは挨拶代わりに尻を触らないようにしてください」
とこかく、これだけは守って欲しい。
そう思って相手の返事を聞かないまま歩き出したツェリルは、その後のネツの呟きを耳にすることはなかった。
「挨拶以外なら、構わないんだな」




