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聖女は秘密の皇帝に抱かれる  作者: アルケミスト


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 次にツェリルが向かったのはヤッフェの私室だ。


 朝の祈りの時間も終わり、朝食を終えたヤッフェはしばしの休息を部屋で取る。


 元気だとはいえ、高齢のヤッフェの身体を思い、ツェリルが口うるさく訴えてようやくそれを日課にさせたのはここ一年のことだ。


 扉の前に立ち、ツェリルはそれを軽く二回叩いた。


「ばあばさま、ツェリルです」


 すると、すぐに「入りなさい」と入室の許可が出る。


 一度礼をしたツェリルが扉を開いて中に入ると、窓辺の椅子に腰かけているヤッフェがこちらを向いていた。


「……」


 ツェリルは無言で歩み寄ると、その椅子の側で跪いて両手をヤッフェの膝に乗せた。


「お久しぶりです」


 ドゥラコンに近づくために宮殿に行ってから、必然的にヤッフェと会う時間は格段に減った。


 心の拠り所で、尊敬もするヤッフェと頻繁に会えないのは寂しかったが、聖女としての最初の試練だと思って我慢をしている。


 ヤッフェも同じように寂しいと思ってくれているだろうか。


 皺だらけの顔はいつもと変わらず優しく綻んでいた。


「元気そうだ」


 返事が少し遅れると、ヤッフェはくっと声を出して笑う。


「ば、ばあばさま?」


「己が変わったと思っているのか?」


「……っ」


 息をのんだツェリルは、緊張に顔を強張らせながらヤッフェを見上げた。


 何も言っていないのに、ヤッフェはまるで昨夜のツェリルとドゥラコンの行為を見ていたかのようなことを言う。


 だが、その表情に蔑みや怒りの色は見えない。


「ばあば、さま!」


「ツェリル、聖女は神の声を聞く、重要な役割を担っているが、あくまで生きている人間だ。

 神にはなりえない。

 ただの人間は、生きていれば日々変化していく。

 その変化を受け入れなければならん」


 言われている言葉の意味がよくわからず、ツェリルはヤッフェが言いたいことを必死に読み取ろうと一心に耳を傾けた。


 もちろん、ツェリルは自分が神と同等だとは思っていない。


 そればかりか、ヤッフェの足もとにも及ばない存在だとしている。


 それでも、神の意思を伝える者として、一生懸命考えていた。


「ツェリル」


「はい」


「お前が、お前の意思で行動しているのならば、神は何事も否定しないぞ」


 ヤッフェは手を伸ばし、ツェリルの頭を撫でてくれる。


 昔からツェリルが落ち込んだり、泣いたりした時は毅然とした態度で振り向いてくれなかったが、自分で考え、行動した時はこんなふうに褒めるように接してくれるのだ。


(ばあばさま)


 多分、ヤッフェはツェリルのまとう雰囲気が変わったことに気づいている。


 それでも、聖女として失格ではないと励ましてくれている。


 ツェリルはこれ以上そのことについて何も言わないことにした。


 ヤッフェが言うように、ツェリルは自分なりにドゥラコンと対している。


 その方法はもしかしたらまだ他にもあるかもしれないが、今ツェリルが考えられるのはこれしかなかった。


 宮殿を出る時には頭の中が混乱し、どうしていいのかわからないまま助けを求めるために神殿までやってきたが、やはりここに来て正解だった。


 気持ちが落ち着いたツェリルはホッと息を吐いた。


 大きな問題を乗り越えると、今度は宮殿にあがってからツェリルが不思議に感じていたことが頭の中に浮かんだ。


 そのことについて、ヤッフェはどこまで知っているのか、確かめたくなる。


「ばあばさま、なぜ今、次期皇帝を見つけなければならないのですか?

 現皇帝はまだご健在ですし、国民の支持も高いままです」


 現皇帝、ドゥラコンの父であるシャオルはまだ五十代前半。


 健康を理由に譲位するには早過ぎるし、愚策で国益を損なうこともない、穏やかで人望のある皇帝だ。


 正式な引き継ぎの儀式はまだしていないので、聖女としてシャオルに会ったことはないが、それでも宮殿内で時折見かけたその姿に少しも不安は感じなかった。


 ツェリルの問いに、ヤッフェはなぜか苦笑を洩らす。


 どこか我が子の我が儘をあしらうような、慈愛に満ちた笑みだ。


「シャオル帝の出身は知っているか?」


「……確か、ミズラッハ地区の貴族だと」


「そうだ。

 東にあるこの区域は他と比べて士地が痩せ、山林に囲まれているゆえ流通もあまり整っていなかった。

 貴族と言っても、シャオル帝は王都での商人ほどの財力もなかったはずだ。

 そんな彼を、私が神託によって次期皇帝として指名し、彼はここまでやってきた。

 あれは、二十三の時だったな」


 貴族という身分でも、上流階級の暮らしとは程遠かったシャオルはかなり苦労をして帝王学を身につけ、二十八の時に正式に讓位されたらしい。


 ツェリルは自分が生まれる前の話なので、初めて知った事実に驚いた。


「それから三十年。

 そろそろ静かな余生を送りたいと私に言ってきた。

 神に、譲位の時期を聞いて欲しいと」


「それで、今回の話になったのですか?」


「そうだ。

 お前が水鏡を見た時、何も映らなければ譲位はまだ先の話だった。

 しかし、お前は見たのだろう?

 次期皇帝になる男の姿を」


「は、はい」


「皇帝にそれを告げると、すぐに探し出して欲しいと命ぜられた」


「あ、あの、それならばどうしてその時、ドゥラコン殿の痣のことを聞いてくださらなかったのですか?

 親ならば子の身体のことはよく知っているはずなのに」


 つい、ヤッフェを責めるように言ってしまったが、怒った様子もなくヤッフェは続けた。


「シャオル帝にお伝えしたのは、次期皇帝が決まったという事実だけだ。

 後はツェリル、お前がお前の力だけで見つけなければならない。

 それが、聖女としてのお前の初仕事だ」

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