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いつもならちょうど良い運動になる距離にある神殿への道のりは、今日に限って三倍もの時間が掛かってしまった。
これでも、思ったよりも早く着いた方だ。
ここでは鬘をとり、むき出しになった黒髪を手櫛で素早く整える。
とった鬘はどうしようかと考えたが、さすがに手に持ったままではいられないので強引に胸元に突っ込んだ。
「ツェリルさま?」
「……おはよう」
朝の祈りが終わった何人かの神官たちとすれ違い、彼らは一様に華やかな女官の衣装を身にまとったツェリルを見て驚いたようだ。
だが、それに一々言い訳する時間もないので、ツェリルは言葉短く挨拶をして祭壇へと向かった。
中には既に誰もおらず、ツェリルは真っ直ぐに御神体を見つめてその場に膝をつく。
両手を組み、頭を下げ、心中で祈った。
(神よ、どうかお許しください。
あなたに捧げたこの身を、私は昨夜穢してしまいました。
どんな理由があるにせよ、個人的な欲でこの身を差し出したこと、けして許されることではないと思っています。
でももう聖女としての資格はないのだとしても、私は初めて受けたあなたからの言葉を、正しくバラッハの民に伝えたいのです)
祈りを捧げれば落ち着くと思っていたのに、ツェリルの中の後ろめたい気持ちは一向に消えない。
もしかしたら、他に方法があったのではないか。
勝手に暴走しただけではないか。
頭の中で、もう一人の自分が言うのだ。
(私は……)
「ツェリル殿」
「!」
突然部屋に響いた声に、ツェリルは大きく肩を揺らした。
「まさかこんなに朝早くから、ここまで来られるとは思いもしませんでしたよ。案外、丈夫なのですね」
今は祈りの最中だ。
そのまま答えなくても良かったが、ツェリルはつい立ち上がってしまった。
振り向いたそこにいたのはナメルだ。
神殿に大司教がいるのはまったく不思議ではなかったが、朝の祈りの時間が終わった今ここに、この男がいるのは何か意味があるのではないかと思えた。
「その髪の方がいいですね。
闇をも包む清純な聖女に見える」
「……」
「ああ、そう言えば、もう清純でもなかった」
「……っ」
ナメルが言いたいことはすぐにわかり、ツェリルは羞恥のために唇を嚙みしめる。
しかし、絶対に俯きたくなかった。
「昨日のあなたはとても美しく、淫らだった。
できれば、私の手で開花させたかったですよ」
「あ、あなた、何を」
「それで?
ドゥラコンの肌を見ることはできましたか?」
一部始終を見ていたくせに、意地悪くそう尋ねてくるナメル。
答えられないツェリルを見て、昨日さんざん見せられたあの穏やかな笑みを口元に浮かべる。
「覚えていないんですか?」
「私とネツにも抱かれてしまったことも?」
「え」
まったく考えもしなかった言葉に愕然とした。
確かに意識がなくなってしまつた後のことはツェリルにはわからないのだ。
この身体のだるさも鈍い痛みも、三人を受け人れてしまったからか。
まさかそこまで堕ちてしまったのだろうかと青ざめていると、ナメルが目を細めて言った。
「嘘ですよ。
ドゥラコンはあなたを私たちに分けてはくれなかった」
「わ、分けるなんて言い方、やめてくださいっ」
「それは申し訳ありません。
ですが、昨夜の記憶がないとなると、あなたには困ったことになりましたね」
ナメルの言いたいことがわからず、ツェリルは訴えるようにその顔を見た。
「ドゥラコンは頑固ですから。
一度言った言葉を撤回することはない。
彼があなたを抱きたいと思わなければ、その肌を見せようとはしません」
おぼろげに危惧していたことをはっきりと言われてしまい、ツェリルは言い返すことができなくなった。
手段としては今考えたらとんでもなく馬鹿なことだが、だからと言って女の身で強引に男の服を捲ることなどできるはずがない。
本人に皇帝の座への興味があればいいが、今までの会話からもドゥラコンにそんな欲はないとわかっていた。
だとすると、やはりナメルが言うようにまた、羞恥を押し殺してドゥラコンを誘わなければならないのだろうか。
(でも……)
昨夜、あの状況になって初めてわかったことだが、自分はとても痛みに弱い。
またあんな痛みを与えられるなんて、考えただけで怖かった。
いや、それだけではない。
あの衝撃と痛みの中で、身体の中に生まれたもう一つの感覚。
むず痒さと共にあった、ほのかな快感。
同じことがあればさらにそれが鮮明になりそうで、それが痛みよりももっと、もっと……怖いのだ。
「怖い?」
「!」
まるでツェリルの心中を読んだようなナメルの言葉に息をのむ。




