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寝返りをうとうとしたツェリルは、いつもとは違う柔らかな寝台の感触に無意識に違和感を覚えた。
最近は宮殿暮らしをしているせいで、神殿にいた頃とはまったく違う生活だったが、それでも朝、昼、夜の祈りは忘れずに行っていた。
そのせいで重く沈みそうになる身体のだるさはそのまま、自然と目は覚めたのだが、その違和感のためにどうしてもすっきりとした目覚めにはならなかった。
「……え……?」
すぐに目に入ったのは、見慣れぬ天蓋だった。
ぼんやりと視線を巡らせば、ずいぶん広い寝台に、自分一人が横たわっているのがわかる。
「私……」
いったいここはどこだろう。
そう思いながら身体を起こそうとしたツェリルは、下肢に走る痛みに呻いてそのまる蹲るように倒れ込んだ。
だが、その痛みのせいで、ツェリルは自分の身に何が起こったのか鮮明に思い出してしまった。
大義あるとはいえ、神のものであるこの身をドゥラコンに与えてしまった。
純潔は散らされ、処女ではなく女になってしまったのだ。
「あ……」
その上、そこまで自分の身体を賭けたというのに、結果的にドゥラコンの肌を見た記憶はまったくない。
ドゥラコンの甘言に、いや、挑発にまんまとのってしまい、最終的には目的も遂げられなかったなんて情けなくて悔しくて、涙が出てしまいそうだ。
唇を嚙みしめたツェリルは、ふと自身の身体を見下ろして初めて気づいた。
記憶が残っている時までは確か全裸にされていたはずだが、今は寝巻をきちんと着ている。
しかし、かなり大きめのそれは、ツェリルのものではなかった。
「こ、これ……」
(まさか、あの男の……?)
様々な体液で濡れていたはずの肌もさらりと乾いている。
無防備に眠っている間に、清められ、寝巻を着せられたのかとわかった瞬間、ツェリルは握りしめた拳で寝台を叩いた。
「……っつ」
その手の動きだけでも下半身が鈍く痛む。
だが、その痛みを凌駕するほど、ツェリルは自身の不甲斐なさを恥じていた。
今となっては身体を合わせてしまったことを後悔してもそれは事実だし、ドゥラコンの挑発にのった形とはいえ、最初に服を脱いだのは自分だ。
身体を合わせ、衝撃と痛みと、訳のわからぬ感覚で思考が狂ってしまったことも、ドゥラコンが悪いのではなく自分の覚悟が浅く、経験がなかったせいだ。
そのせいでツェリルは最後まで意識を保つことができず、結果的にドゥラコンの身体を確かめることができなかった。
いや、もしかしたらあの男は、最後まで服を乱さなかったのかもしれない。
ツェリルは大きな溜め息をつくと、そのまま柔らかな寝台に寝込みたくなった。
だが、まず神殿に向かわなければならない。
神のものであるこの身体をドゥラコンに許してしまったことへの懺悔をしなければ、前へも後ろへも進めないのだ。
ぎしぎしと痛む身体を何とか起こし、ツェリルは寝台から足を下ろす。
力を入れて立とうとするとやはり下肢が鈍く痛んだが、それでも立てないことはないと判断した。
「……どうやって部屋に戻ろう……」
いくらまだ朝早いとはいえ、宮殿の中では既に人が働いている。
そんな中、三階のドゥラコンの部屋からツェリルにあてがわれている五階の部屋まで、寝巻姿で廊下を歩くことはとてもできない。
かといって、ドゥラコンの衣裳を借りるのもおかしいと考えながら辺りを見回した視線の先に、寝室の小さな卓の椅子に昨夜ツェリルが脱ぎ捨てた服が掛けられているのが見えた。
「あった!」
駆け寄ろうとして諦め、ツェリルはゆっくりと近づいて手に取る。
下着まできちんとまとめられていることに顔から火が出そうなほどの羞恥を感じたが、今はそんなドゥラコンのマメさに形だけでも感謝をしないといけない。
誰もいない寝室で、ツェリルは思い切りよく寝巻を脱ぎ捨てた。
気になって見下ろした自身の身体は、昨日までと特段変わった様子はない。
散々弄られた乳房も、きつく掴まれた腰も、一見して男を受け入れた後だとはわからなかった。
それでも、身体に感じる痛みや疼きは、ツェリルに昨夜のことを夢だったとは思わせてくれない。
どんなに否定しようと変えられない事実はツェリルの胸の中に残っていて、それを強引に消し去ることは無駄だと感じた。
ようやく服を着終え、今度は慎重に鬘を被る。
ドゥラコンとナメル、ネツには知られてしまったが、それ以外の宮殿の者に黒髪であることを知られるわけにはいかなかったからだ。
宮殿の者には、神殿にいるヤッフェの後継者が黒髪に黒い瞳を持つ者だと知れ渡っている可能性がある。
黒髪の民族はままいるものの、黒い瞳を持つ者は稀だ。
そんな中で、ツェリルが黒髪、黒い瞳だと知れると、次期聖女と関連づけて考える者も現れるかもしれない。
そうなると、ツェリルとドゥラコンが結託し、次期皇帝に指名したと穿った見方をする者が出てくるかもしれないのだ。
初めて聖女として受けた神託を、絶対に穢れた思いで受け取られたくない。
ドゥラコンでも、ナメルでも、ネツでも。
三人のうち誰がなるとしても、正式に次期皇帝が決まるまで、ツェリルは宮殿の人間に正体を知られるわけにはいかなかった。
「……ふぅ」
(もう、 きつい)
ドゥラコンの部屋を出て、閉めた扉に背を任せたツェリルは大きな溜め息をつく。
同時に、左右の廊下に廊下を走らせたが、幸いに人影はなかった。
ドゥラコン專属の女官であるツェリルはその世話以外は何もすることがないので、誰に咎められることもなく外へと出る。
ここから神殿まで、普通ならツェリルにとって簡単に歩いて行ける距離だったが、今日に限ってはさすがに遠く感じた。
「どうしよう」
厩に行けば馬を貸してもらえるだろうが、この下肢を抱えて馬に乗るのは……。
「……歩くしかないのね……」
どうして自分がこんな目に遭うのだと吐きたくなる愚痴を飲み込み、ツェリルは微妙に外股になりながら神殿へと歩き出した。




