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聖女は秘密の皇帝に抱かれる  作者: アルケミスト


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 どうやらツェリルが最後の到着だったらしく、着替えることもできないまま神殿の奥に通された。


 信徒が一度に数百人は祈りを捧げることができそうな大きな広間には、ツェリルと同じ年頃の少女が十人近くいる。


 容姿も服装も皆バラバラで、その表情も自信に満ちたものから不安そうなものまで様々だ。


「ツェリル殿、あちらに」


「は、はい」


 アリイェに促されたツェリルは、比較的自分と同じような服装の少女たちの側に行く。


 すると、近くにいた上等な衣装を着た少女たちがアリイェに視線を向けたまま、少しきつい口調で話しかけてきた。


「あなた、アリイェさまがお迎えに来られたの?」


「う、うん、そうだけど」


「神官長がわざわざ……」


「どうしてこんな子を」


 彼女たちの言い分では、田舎の娘であるツェリルをアリイェ自ら迎えに行ったことが信じられないらしい。


 確かに辺鄙なところまで来てもらったが、ツェリルが彼を呼んだわけではない。


(まあ、私が選ばれるはずがないけど)


 そう考えると、アリイェのくたびれ儲けなので、その点に関しては申し訳ないなと思ってしまった。


 居心地が悪くなったツェリルが俯いた時、一緒に広間にやってきたアリイェが片手を上げて告げた。


「皆、静かに。

 ヤッフェさまがお目見えです」


 バラッハ帝国内だけでなく、近隣諸国にもその名をとどろかせる聖女、ヤッフェ。


 その霊力は歴代の聖女たちの中でもずば抜けて高く、彼女の神託のおかげで戦は無敗、貿易でも高い成果を上げていた。

 

 神殿の外には滅多に出ることはないらしく、その姿を見ることができるのは皇帝と大司教、神官長の他は、ヤッフェ自身が許可した限られた者しかいないと聞いた。


 名高いヤッフェに会えると胸が高鳴っているのはツェリルだけではないはずだ。


 その証拠に、すべての視線が扉に向けられているのがわかる。


 一瞬でその場は静まり、物音一つなくなり、奥の大きな扉が左右に開かれた。


「え?」


 だが、胸が破裂しそうなほどの興奮は、そこから現れた人影を見た瞬間見事に急降下してしまう。


 立っていたのが期待していた輝くような美貌の女性でなく、小柄で顔中皺で覆われた、真っ白い髪の老婆だったからだ。


 驚きと期待外れの空気がその場を支配している中、アリイェがゆっくりと近づいて老婆に手を差し出す。


 並ぶと、背の高いアリイェの胸ほどもない身長だ。


(この人が、ヤッフェさま……?)


 真っ白な、細かな刺繍が施された聖女の衣装を着た老婆はアリイェに手を引かれ、意外にもしっかりとした足取りでツェリルたちの前までやってきた。


 皺だらけの顔の中、きらきらと輝く薄茶の瞳は生気に満ちていて、まるで観察するようにその場にいる者たちを睥睨する。


 周りにいる少女たちが焦って俯き、礼を取る中、ツェリルはただ綺麗なその瞳から目を逸らすことができないまま見つめていた。


「よう来た」


 目が合った気がしたのは気のせいか。


 ツェリルがパチパチと瞬きをすると、老婆、ヤッフェが若々しい声で言った。


「そなたたちは、私が選んだ次期聖女候補の娘。

 聖女には身分も容姿も関係なく、霊力の高さが必要だ。

 これから私の質問に素直に答えておくれ。

 神の加護がある者は、必ずやその片鱗を私に見せてくれるだろう」


 唐突な言葉に、ツェリルはやっぱりと少し安心した。


 ここに来るまで、ツェリルは自分自身が何も変わっていないことを自覚している。


 神の加護があるなんて、ほんの僅かも感じなかった。


 やはり両親が言っていたように、思いがけない王都見物をし終えた後にアルシェクに帰ることができそうだ。


 ざわめきの中、ヤッフェは言った。


「そなたたち、ここに来るまでに一番印象に残ったものはなんだ?」


 ヤッフェに一番近い場所にいた少女が、上擦った声ながら王都の素晴らしさを告げている。


 それに頷いたヤッフェは、その隣にいた少女にも同じことを聞き、彼女は神殿の立派さをほめたたえていた。


 どの少女たちも、自らが聖女に選ばれようと必死だ。


 聖女になればバラッハ帝国の皇帝にさえ傅かれる立場になり、一生を安寧に、幸せに暮らせると信じているからだ。


 彼女たちを横目に、ツェリルもヤッフェの言ったことを考える。


 王部や神殿の素晴らしさももちろん記憶に残っているが、今の自分の頭の中で一番印象にあるのは先ほど馬車から見た光景。


 三人の男たちのことだ。


 いや、男たちというか、その中の一人の腰の痣か傷のようなもの。


 遠目ではっきりとしなかったのに、それでも目に焼きついて離れなかった。


 自分でもなぜそんなことがこれほど気にかかるのかわからなかったけれど、今ツェリルの頭の中に強烈に印象に残っているのはあの赤いものだ。


「そなたは?」


「へ?」


 いつの間にか、ツェリルの順番になっていた。


 即座に反応できなかったツェリルはとぼけた声を上げてしまい、周りの視線に慌ててヤッフェに対して頭を下げた。


「あ、あの」


「落ち着いて答えればよい」


「は、はい」


 どこか楽しげなヤッフェの声に、ツェリルは一気に高まった緊張感が薄れたのがわかる。


 元々、自分が聖女になれるはずもなく、こんなところで良いことを言おうとしてもしかたがないのだ。


 ツェリルはそう思い、素直に今考えていたことを口にした。


「私は、さっき神殿に来る時に見た、お兄さんたちです」


「どのようなことだ?」


 さらに深く尋ねられるとは思わなかったツェリルは戸惑った。


 自分が気になるのは人そのものではなくて赤いものなのだが、それをどう表現したらいいのだろう。


「えっと、なんか腰に怪我してたみたいで、痛そうだなって」


「……そうか」


 迷った挙げ句に、なんだかとりとめのない言葉になってしまった。


 すると、不意にヤッフェが楽しげに笑うのがわかった。


 目を細め、顔中が皺だらけになった印象になる。


「アリイェ」


「お決まりになりましたか」


「ああ。

 先々有望な聖女がな」


「それはようございました」


「?」


 目の前で交わされる会話の意味がわからず、ツェリルは無意識のうちに首を傾げた。


 自分の答えも含め、今の話の中で新しい聖女がわかるなんて、いったいどれだけ彼女は凄いのだろう。


「そなた、名は?」


 戸惑うツェリルに、ヤッフェは続けて尋ねてきた。


「あ、ツェリル、です」


「ツェリル……」


 問われて返せば、皺くちゃの手で強く自身のそれが握られる。


「あ、あの、ヤッフェ、さま?」

 

「ツェリル、そなたが次期聖女だ」


「ええっ?」


 大きなざわめきがその場に広がったが、しっかりと手を握りしめたヤッフェと目を合わせた渦中のツェリルは、ただただ驚いてぽかんと口を開けていた。


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