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「ドゥラコンのものか?」
ドゥラコンの笑みを見逃さなかったネツが直球で尋ねてきた。
それに、軽く頭を振って答える。
「……いや」
「それなら、俺が手を出しても構わないんだな」
ネツはツェリルの尻の感触がよほど気に入ったのか、無表情の顔が僅かに緩んでいた。
ツェリルの攻撃を逸らすためにはそれも良いかもしれないが、なぜかドゥラコンは即座に頷くことができなかった。
親衛隊長という激務の上、忠誠心の強いネツ。
部下たちにも慕われ、当然のごとく女にも人気があるが、幼友達だからこそこの男が変わった性癖の持ち主だということも知っている。
お互いが納得した上での関係なら構わないが、くちづけ一つで泣きそうになるほど初心なツェリルには少々荷が重いのではないか。
いや、そんなふうだからか。
聖女としての責任感が強く、懐柔するのではなく正面からドゥラコンに向き合うツェリル。
その眩しいほどの清廉な魂を汚してみたいという暗い欲求が自分の中にあることを、ドゥラコンは認めざるをえなかった。
「何か言いたげですね」
ドゥラコンの考えを見透かしたように、ナメルが笑みを浮かべて顔を覗き込んできた。
神官たちの間では慈愛の笑みと言われているが、この男もネツ同様癖のある人物だ。
柔らかな物腰の下で、理詰めで相手を泣かすことに快感を得ると堂々と言う。
ドゥラコン自身、自分が偏屈だという自覚はあるので、集まる仲間も変わった者たちなのだろうと妙に納得しながら口を開いた。
「あれはアリイェからの預かりものだ」
「アリイェの?」
「知らなかったのか?」
「ええ」
そう言いながらも、ナメルは何かを考えるかのように空を見上げる。
階級はアリイェがナメルの下になるが、歳も上で、聖職に就いていた年月も長い。
それに、ナメルは対信者向け、アリイェは神官向けの仕事をしているらしく、お互いがお互いの抱えている者を残らず把握しているわけではないと聞いた。
大司教になってある程度責任を感じるようになったナメルは、すべてを抱えるのではなく、ある一片でも共に支えてくれる者がいるのは楽だと言っていた。
アリイェはまさにそんな存在だろうが、信頼と信用は違うのかもしれない。
「アリイェが関係しているとしたら……もしかしてヤッフェさまの関係かもしれません」
「……やっぱり」
「何だ?」
「あなた、何か知っていますね?」
無言は肯定になった。
ドゥラコンは次の酒を頼んだが、杯が届く前にナメルに遮られてしまう。
「ドゥラコン」
紫の目が、すべてを話せと言っている。
「……」
(内密にすることでもないか)
ツェリルがヤッフェの跡を継ぐ聖女で、次期皇帝になる者を神託で知り、それを確かめるためにわざわざ女官として宮殿にやってきた。
簡単に言えばそれだけのことだ。
ツェリルの要求を拒否するには、いずれはこの二人の力も必要とするかもしれない。
それはわかっていたが、ツェリルとの楽しいやり取りを自分だけのものにしたいという気持ちが僅かな逡巡を誘った。
できるなら、このまま簡単に騙されて欲しい。
だが、それが無理だということははじめからわかっている。
「おい、ドゥラコン」
ネツに肩を叩かれて顔を上げたドゥラコンは……降参した。
この二人に迫られて、最後まで誤魔化すことはできなかった。
「わかった。
だが、聞いたらお前たちも協力しろ」
「協力するようなことがあるんですか?」
「意外に、手強そうだからな」
面倒くさいことは避けてきたはずなのに、なぜかツェリルに関してだけは自分から関わろうとしている。
そんな自分の気持ちの変化を、ドゥラコンはまだ自覚していなかった。




