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王都で一番賑やかな酒場通りの奥。
高い酒と美女が揃っているという噂の店は、金持ちの貴族が常連だ。
その店の奥にはさらに特別な部屋が用意されており、国外の王族などもお忍びでやってくると言われている。
今夜そこを陣取っているのは、たった三人の男だった。
「そういえば」
強い酒を水のように喉に流し込んだナメルが、突然思い出したように口を開いた。
だが、これがわざとだということは、長い付き合いの二人にはよくわかる。
「宮殿の女官に新しい娘が入ったでしょう?」
とぼけることを許さないようににっこりと笑いながら言ったナメルに、ドゥラコンは無言のまま酒を呷った。
この男がこんな言い方をしているということは、とうに名前も身上もわかってのことだろう。
「いつ会った?」
先月から約ひと月ほど、ラブ地区に行っていたナメルが戻ってきたのはほんの二日前だ。
たったその二日であの娘、ツェリルに目をつけるとは、本当に抜け目がないとしか言いようがない。
「二日前、神殿の祭壇で」
「戻ってすぐにか」
「運命を感じましたよ」
その言いように思わず苦笑が零れた。
運命だと、これで何回聞いただろう。
神に仕える禁欲的な立場なのに、この男は人間の欲というものを隠さない。
しかしそれは、表面を取り繕うだけのものよりはよほど信頼できる性質だし、公私を完璧に分けているので、ナメルのこちら側の顔を知る者はごくごく限られている。
何より実際霊力が強いのだから問題はない。
「陽に輝く栗色の髪に、珍しい黒水晶の目。
何より、生命力溢れるあの気が心地好い。
ドゥラコン、まだ手を出していないでしょうね?」
「女に不自由はしていないからな。
それに、あれは手を出すのに罪悪を感じてしまうほど子供っぽい」
絶世の美女とまではいかないが、くるくると変わる表情や、はっきりとしたもの言い、生真面目な思考が楽しいツェリルを、ドゥラコンはツェリル本人が思っているほど嫌ってはいなかった。
いや、 むしろあれほど熱心に纏わり付かれ、事あるごとに「裸を見せろ」と言われて気にしない方がおかしい。
「……確かに、 もう少し成長して欲しいところだな」
不意に会話の中に入ってきた声に、ドゥラコンは顔を上げて聞き返した。
「お前も知っているのか?」
「小さいが、良い形の尻の主だ」
「お前……」
妙に尻に拘りがあるネツは、今の自分の言葉が変だとはまったく考えていないらしい。
寡黙で武人らしく朴訥な人間だと思われがちだが、この男もナメルに負けず劣らず好色だった。
過去、ナメルと何度も女を取り合ったところも見ている。
物心ついた時から共に育ち、遊んできた。
ドゥラコンは皇帝の子、ナメルとネツも貴族の出身で、自分たちが豊かで権力のある特権階級だという自覚も早くからあつた。
だからかもしれない。
望めば何でも手に入る生活が、成長するごとに面白くなくなってきた。
今ではどんなに高価な宝飾も、美しく妖艶な美女も欲しいとは思えない。
それよりは国外に出て、命を懸けて戦ったり、国土を広げるために戦略を練る方が楽しい。
後は、気の置けない友と酒を飲むくらいか。
ナメルもネツも、ドゥラコンとそんなに変わらない思いだろう。
大司教や親衛隊長という役を拝しても、いまだこんなところでだらしなく酒を酌み交わし、翌朝には素知らぬ顔で人々の上に立つ。
(俺は、違うな)
二つの顔を持っていても、ナメルとネツは立派に国を担っているが、ドゥラコンは皇太子という立場ですべての決定権は父である皇帝が持っているのが現状だ。
何の責任も負わず、好きなことをさせてもらっているという後ろめたさが、余計に今の肩書を重く感じさせていた。
血など関係ない、バラッハ帝国の皇位継承。
次期皇帝は神託で決まり、それが現皇帝の子でなければ体制は大きく変わることになる。
現皇帝の皇女は降嫁、皇子は貴族となり、次期皇帝を支える役に就くのが通例だ。
ただし、当人が強く願い、次期皇帝が許せば、降籍して平民になる者も皆無ではなかったらしい。
ドゥラコンの中にも、その考えがないとは言えなかった。
いや、いっそすべてを捨てることができれば、どんなにさっぱりするだろうか。
そこまで考えたドゥラコンは、ふと今朝のツェリルの言葉を思い出した。
『私はこのバラッハ帝国のために、神に祝福された新しい皇帝を見つけたいのだ!』
(あいつの方が、俺よりもよほど国のことを考えている)
はじめは面倒だと思ったが、今ではツェリルの小言を聞くのが密かな楽しみになっている。
仕事をしろ。
女に対して誠実になれ。
神殿で育てられた聖女らしい言葉の数々を鼻で笑うたび、唇を嚙みしめる様が妙に艶めいていた。
そういえば、ナメルとネツはツェリルの髪の色が瞳と同じ黒だとは知らないらしい。
自分だけが知っている秘密だと思うと、少しだけ優越感を感じた。
歴代最高の能力者と言われるヤッフェが選んだ後継者だ、ツェリルは聖女として有能なのだろう。
本人に言うつもりはないが、ドゥラコンはその力を認めていた。
だが、ドゥラコンは聖女としてより、一人の女としてのツェリルに興味があった。
まだ少し幼い面影は残るが、ツェリルは愛らしい顔をしている。
大きな目は気の強さを表してか少しつりぎみで、小さな鼻は愛嬌があり、一度触れた唇は柔らかかった。




