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聖女は秘密の皇帝に抱かれる  作者: アルケミスト


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「ばあばさま!」


 ナメルの前から逃げ出し、今度はヤッフェの私室に突進したツェリルは、扉を開けた瞬間に望む姿を見つけて泣きそうになった。


 いや、多分泣いていたと思う。


 椅子に腰かけて茶を飲んでいたヤッフェの側に跪き、今では自分よりも小さく細くなった腰に抱きついた。


「あ、あんな男たちが国の重鎮なんて、とても信じられません!」


 半泣きになりながら、ツェリルはここ十日あまりの出来事をヤッフェに訴えた。


 どんなに言葉を尽くしても、絶対に服を脱いで肌を見せてくれないドゥラコン。


 生真面目な顔をしていたのに、堂々と尻を触ってきたネツ。


 神の前で、にこやかに変態発言をしたナメル。


 神殿にいた時はまったく見なかった種類の男たちに気持ちを搔き回され、情けないが混乱をきたして、一向に皇帝探しができない。


 しかし、細かなことも一つ一つ例をあげながら言っているうちに、不思議とツェリルの焦燥は薄れてきた。


 ヤッフェは黙って聞いているだけで、慰めの言葉など言ってはくれない。


 それでも、皺だらけの手で優しく髪を撫でられていると、まるで母親の側にいるような錯覚を起こした。


「……」


「もう終わりか?」


 いつの間にか、歩日は何も言わずにヤッフェに抱きついた状態になっていた。


 幼い頃、聖女の修行の合間に甘えさせてくれていたのと同じ格好だ。


「ツェリル」


「……すみません。

 私の、我慢が足りませんでした」


 言葉にすると、自分がただの世間知らずなのがわかる。


 もちろん、三人の自分に対する嫌がらせじみた行為は許せないが、それでも聖女としてきっぱりと受け流すこともできたのではないだろうか。


 何のために変装までして宮殿に行ってきたのか。


「手強いだろう」


 ツェリルが落ち着いたのがわかったのか、ヤッフェがふっと笑いながら言った。


「あの三人には昔から手を焼いた」


「ばあばさまもですか?」


「神殿には祈りを捧げに来るものだと言い聞かせたが、堅苦しい宮殿の中よりなぜか居心地がよかったらしい。

 泉で水浴びをしたり、剣を交えたり、己たちの庭のようだったな」


 昔を懐かしむようなヤッフェの言葉を聞きながら、ツェリルの中でふと記憶の片隅に残っていた映像が頭をもたげてきた。


(三人で、神殿に……?)


 ヤッフェの言う昔からというのは、いったいいつを指しているのだろうか。


 もしかしたら、ツェリルのやってきた十年以上前からのことだとしたら?


「あ……!」


 そこまで考えて、いきなり記憶が鮮やかになった。


 十年前、ツェリルが聖女候補として初めて宮殿に来た時、馬車の中から見たはずなのだ、あの赤い痣を。


 形は鮮明ではなかったが、位置や色は先日水鏡に映ったものと同一のものだと思う。


 あの時もそこには三人いた。


 初めて王都にやってきたツェリルが、王都の豊かさよりも、建物の素晴らしさよりも、なぜか目を引かれたあの光景。


 思えば、ヤッフェに対してそのことを告げたからこそ、自分は聖女として神殿に残れたのではないだろうか。


 ツェリルはじっとヤッフェの顔を見つめる。


 真意を問う真っ直ぐな視線にもヤッフェは目を逸らさず、さらに深い笑みを目じりに湛えた。


(……やっぱり)


 きっと、ヤッフェは次期皇帝が誰なのか知っている。


 そのうえで、ツェリルにその人物を探させようとしているのだ。


 次期聖女としてのツェリルの力を、行動力を、今回のことで最終的に見極めようとしていると思うと、何だかじわじわと身体の中が熱くなってきた。


 それは恐怖や不安からではない。


 ヤッフェの期待に応えたい、この十年間頑張ってきた自分の力を試したいという思いが、まるで泉のように心の奥底から溢れ出てきたのだ。


 あれだけ、次期聖女になるということに不安を抱いていた自分がこんな気持ちになるなんて不思議でたまらなかったが、自覚していないうちに少しずつ覚悟は固まっていたのかもしれない。


 ツェリルは大きく深呼吸をし、改めてヤッフェを見上げる。


 ツェリルの決意を感じ取ったのか、ヤッフェも少し目力を強くしてこちらを見た。


「……ばあばさま、ドゥラコンさま方は昔からずっと、三人ご一緒なのですか?」


「各々の役職に就くまではそうだった」


「十年前も?」


「そのずっと前からだ」


 やはりと、ツェリルは確信した。


 神殿の敷地内、それも巡礼に来る人々が通る道からはまったく違う方向の泉に、容易に入って遊ぶ者なんて限られている。


 それが皇太子なら、何の問題もないはずだ。


 あの時に見た三人組はドゥラコン、ナメル、ネツの三人で間違いはなく、あの三人のいずれかの腰に、次期皇帝の証である痣が刻まれているのだ。


 ツェリルにとっては最悪の出会いだったが、そのおかげで意外にも早く候補が絞れた。


「ばあばさま、次期皇帝はあのお三方の中のお一人です」


「他に候補はいないのか?」


「いません」


 確信を特って言えば、伸ばされてきたヤッフェの手に頭を撫でられた。


 こんなふうに子供にするように撫でられるのはいつぶりだろうか。


「よかった国中を回ることもなくて」


「まだ安堵するには早いぞ」


「ばあばさま」


 三人に絞ったことで聖女としての初仕事の八割がたを終えた気になっていたツェリルは、続くヤッフェの言葉に居住まいを正した。


「困ったことに、あの三人には地位や名誉に対する欲がない。

 むしろ、無条件に与えられるそれには嫌悪さえ抱きかねないだろう」


「……」


 ドゥラコンは現皇帝の第一皇子だったからこそ、必然的に皇太子の座に就いた。


 ナメルは明晰な頭脳と神通力により、最年少での司教に指名されたと聞いたことがある。


 きっとネツも、人並み以上の才をもって、親衛隊長になったのだろう。


 そんな恵まれた才気に満ちた三人だからこそ、安易に皇帝になることを望まないというのだろうか。


 だが、神は既に次期是帝を示した。


 そして聖女のツェリルは、その皇帝を探し出し、無事に譲位させることが最初の仕事で、それができなければヤッフェの跡を継ぐことなんてできない。


「……頑張ります」


 未来の憂いをなくすためにも、正しい道を示すのが自分の役割だ。


(どんなことをしても、皇帝を見つける)


 それこそ、身体を張ってでも、だ。

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