13
神殿でも、この宮殿でもまだ会ったことのない男だった。
ドゥラコンよりもまだ長身で、体躯も一回り立派だ。
陽に輝く茶色い髪に、蜜のような色の瞳を持つ美丈夫は、服装から武官だとはわかる。
ツェリルの不注意でぶつかってしまったが怒った様子もなく、ただ静かな眼差しでツェリルを見下ろしてきた。
「大丈夫か?」
「は、はい、申し訳ありません」
即座に謝って身体を引こうとしたが、なぜか男は腕から手を離してくれようとしない。
「ありがとう、ございました」
「……」
「あの……」
「……」
ツェリルからぶつかってしまい、倒れるのを助けてくれたことには感謝するし、謝罪も礼も伝えた。
暗に、離して欲しいと腕を引こうとしているのに、相手はまったく気にした様子もなくツェリルを見下ろしてくるだけだ。
このまま力任せに振り払ってもいいものかどうか、迷っている間になぜかぐっと抱き寄せられてしまい、あろうことか大きな手で尻をさわっと撫でられてしまった。
「あ、あのっ」
「どうした?」
「どうしたって、手、手がっ」
今肌にある感触がまるで自分の気のせいかと錯覚しそうなほど、目の前の男の表情にはまったく変化がない。
それでも夢ではない証拠に、尻を撫でてくるさわさわとした感触は徐々にいやらしくなってくるのだ。
「手、手をっ」
「少し、小さいな」
「え?」
「これじゃあ安産できないぞ」
言われた瞬間は、男がいったい何を言っているのかわからなかった。
ただ、何だか嫌な響きは感じて、ツェリルは必死に男から身体を離そうと身を振る。
だが、それに対抗するかのように男の拘束はますます強くなっていった。
「ほら、もっと俺の手に押し当ててこい」
低く響く無駄に良い声が耳元で囁く。
「小さいが、柔らかで形が良い尻だ。
このままここで、生で触ってみたいな」
「ひ……っ」
信じられない言葉を聞いた途端、ツェリルは自分でびっくりするほど強い力で男の胸を突き飛ばした。
(へ、変態だっ、この男!)
立派な武官の服装をした、容姿だって整っている男が、こんなにも堂々といやらしい言葉を言ってくるなんて信じられない。
怒りより驚きが強過ぎて次の言葉が出ないツェリルは、それでも男を牽制するために睨み続けるのをやめなかった。
非難の視線を浴びてもまったく動揺した様子のない男は、改めて観察するようにじろじろとツェリルの身体を見てくる。
尻を触った手の動きはとてもいやらしかったのに、この眼差しはまるで剣の切れ味を確かめているかのように冷静だ。
「初めて見る女官だな。
名は?」
「あ、あなたから名乗りなさいっ」
「私は親衛隊長のネツだ」
ツェリルが反論すると、意外にも男は素直に自身の名を口にする。
(親衛隊長の、ネツ……って)
それではこの男が、先ほど女官たちの話題にあがっていた男ということか。
親衛隊長という立派な地位にいながら、初対面の女の尻を無遠慮に撫でるなんて、さすが女遊びが激しいと言われるドゥラコンの幼友達だ。
「お前は……」
「失礼しますっ」
いずれ名前はバレてしまうだろうが、今は何が何だか気持ちが混乱している状態で冷静に対応できる自信がない。
ツェリルはネツを振り切って宮殿の外に飛び出すと、ただただ一生懸命に走って神殿に向かった。




