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聖女は秘密の皇帝に抱かれる  作者: アルケミスト


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 基本的に、ドゥラコンは宮殿にいないらしい。


 ドゥラコン付きの女官になって十日、ツェリルは毎朝部屋に赴くものの、そのたびに空になった寝台を見て溜め息をついた。


 初めて会った時のように訓練場に行っているのかとそちらにも向かったが、その姿はそこにはない。


 他の女官たちに聞いてもこれが普通で、何日も戻ってこないこともあると言われた。


「だって、ドゥラコンさまはまだお一人でいらっしゃるもの」


「お気に入りの者も、ねえ」


 微妙な言葉の響きから、どうやら町に気に入りの女がいるらしいというのもわかった。


 もちろん、ツェリルがそれについてあれこれ言うこともないが、いまだ痣を見せてもらえない日々が続くと、いっそのこと女と会っている時にちらりと覗いた方が早いのではないかと下品なことも考えてしまった。


 当然のことながら、その後馬鹿なことを考えてしまった自分に心底落ち込んでしまった

が。


「それでも、夕方には戻られているのでしょう?」


「え、ええ」


「ツェリルさん、よほど気に入られたのね。

 ドゥラコンさまはお好みが激しくて、気に入らない女官が就くと絶対にお顔をお見せにならないし」


「そう、なの?」


 昼食の時間が過ぎた頃。


 手の空いた女官たちは、食堂の隣の配膳室に集まって噂話に忙しい。


 その話題のほとんどは宮殿内の噂や恋の話だ。


 七歲で神殿にやってきてから今まで、 ほとんどそこから出たことのないツェリルにとって、こんなにも多くの同世代の娘たちと話すのは初めてのことだった。


 基本的に、神殿にいる神官は男で、女である聖女はヤッフェとツェリルの二人きりしかいない。


 さすがにヤッフェから恋の話を聞くことはなく、日々聖女としての、心構えを勉強していたツェリルは、尽きることのない楽しげな会話にただただ圧倒されていた。


 はじめは宮殿にあがってすぐにドゥラコン付きの女官になったツェリルに対して嫉妬や羨望の感情をぶつける者が多かったが、たった数日でツェリルがドゥラコンに対して特別な感情を抱いていないことを理解したらしい。


 そればかりか、どこか張り詰めた雰囲気なのを……事あるごとにツェリルが裸を見せろと訴えているので……今では心配そうに声を掛けてくれる者も増えてきた。


 嫌われるよりも良い感情を抱かれる方が嬉しいが、女ばかりのこの雰囲気にはなかなか慣れることがない。


「皆さん、大変なのね……」


「そうよ。

 あ、そう言えば先月からマアラブ地区に出向かれていたナメルさまが今朝お戻りになられたでしょう?

 またドゥラコンさまとご一緒の麗しい姿を拝見できるわ!」


 切り替わった話題に出た名前は、ツェリルも聞き覚えのあるものだ。


「私はネツさまのほうが凜々しくて憧れるけれど」


「そうねえ、男らしい方だもの」


「あの、ナメルさまって、確か」


「大司教さまよ、知らないの?」


 もちろん、知っている。


 神殿で一番位の高い存在として、たびたびその姿はツェリルも垣間見ていた。


 去年、歴代の大司教の中、最年少で位を引き継いだこともあり、神殿の中もかなり騒がしかったのを覚えている。


 ただし、直接指導を仰ぐことの多い神官長のアリイェとは違い、あまりにも位が高いナメルとは面と向かって話したことはなかった。


 バラッハ帝国のために神に祈る大司教と、神の声を聞く聖女はまったく立場が違うとヤッフェも言っていた。


 女官たちの話では、皇太子のドゥラコン、大司教のナメル、そして親衛隊長のネツの三人は幼友達らしい。


 歳も同じく、各自立派な位に就き、何よりもそれぞれが趣の違う美形揃いだということで、国中の女たちは憧れの想いを抱いている。


(冗談でしょ)


 あんな女たらしで意地悪な男のどこが良いのか。


 神に仕える者は皆、身も心も清い者たちばかりだ。


 故郷のアルシェクにあった小さな祈祷所を守っていた聖女も結婚はおろか、男性と個人的な交流を持つこともなかったと思う。


 ツェリルも聖女に選ばれてからずっと、神に対する誠実の証として生涯処女であることを自身に課している。


 そんなツェリルからすれば結婚はおろか、恋をするということも想像ができないが、仮に聖女でなかったとしても、ドゥラコンのような男は願い下げだ。


 容姿など二の次で、ツェリルが好きなのは優しくて、大人で、尊敬できる人だ。


(あれ?)


 そこまで考えたツェリルの頭の中に、おぼろげなはずの理想の相手の顔が鮮明に浮かぶ。


 それはツェリルのごく近くにいる人、アリイェの顔だ。


 どうしてそこにアリイェが出てくるのだと内心で困惑していると、女官の一人が興味津々に聞いてきた。


「ねえ、ツェリルさんはお三方の中でどの方が好き?

 それとも、他に想う方がいるの?」


「え、えっと」


 とっさに誤魔化そうとしたが、その手の話に免疫のないツェリルはどう言えばいいのかまつたくわからない。


 そんな中、いつの間にか周りの視線が自分に集中しているのに焦ってしまい、つい今考えていたことを口にしてしまった。


「わ、私はドゥラコンさまよりもアリイェさまのほうが立派だと思うわ。

 神官として尊敬に値する方だし、人間としても遥かに素晴らしい方だしっ」


 ツェリルにとってそれは紛れもない事実だが、周りの女官たちは口々にそれは違うと指摘してくる。


「それは、男性として好きだというのとは違うでしょう?」


「アリイェさまは素晴らしい方だけど、清廉潔白すぎて恋をする相手ではないわよねえ」


 彼女たちの言う意味がわからず、ツェリルは混乱した。


 人間として立派なのに、恋愛対象ではないという理由がわからない。


 そうでなくても、今までこんなことを考えたことがないツェリルの脳裏に、ドゥラコンにされたくちづけが突然蘇ってしまった。


(な、何を汚らわしいことを考えているのっ?)


 ツェリルはそれを消すため、慌てて首を横に振る。


「あ、ツェリルさん?」


「大丈夫っ?」


 そんな様子に驚いた女官たちに声を掛けられ、ツェリルはハッと我に返った。


 ここには自分以外にもたくさんの女性がいたのだ。


「ご、ごめんなさいっ」


 とにかく一度落ち着こうと、ツェリルは配膳室を出た。


 今日も朝からドゥラコンはおらず、どうせ部屋に行っても何もすることがない。


 少し外に出て気分を変えようと急ぎ足で廊下を歩いていると、


「あっ」


 突然角を曲がってきた人物にぶつかってしまった。


 相手の逞しい身体に弾き飛ばされそうになったツェリルだが、伸びてきた手に腕を掴まれる。


 軽々と引き寄せられてしまい、驚いたまま目の前の人物を見た。


(だ、誰?)


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