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だが、もっと驚くかと思っていたのに、見た限りではドゥラコンの様子に変化はなかった。
ツェリルが世話係として現れた時の方がよほど驚いた表情をしていたように思える。
自身が皇帝になれるかなれないかの大切な問題なのに、どうしてこんなにも飄々としているのが不思議だった。
「聞くが」
「何だ」
「その物言いは地か?」
「え?」
「あの夜も今も、到底女らしい言葉遣いじゃない。
ヤッフェ殿もそうだし、聖女というのは誰もがお前たちのような話し方をするのか?」
言葉の中に僅かにからかう気配がしたのが気になるが、ここで文句を言ってドゥラコンの機嫌を損ねるわけにはいかない。
「聖女は皇帝と共にこのバラッハ帝国を支える存在。
その身を神に捧げると誓った時から、性別など無になるのだ。
私の物言いが気に食わぬのなら謝罪する」
自分は今、聖女としてドゥラコンに対している。
ならば聖女らしい言葉で話すのが道理だと思ったのだが、不躾だと思われたのかもしれない。
そこは素直に謝罪するつもりだったが、ドゥラコンの反応は予想していたものとは違った。
「いや、なかなか面白い」
「面白い?」
ドゥラコンは言葉の通り口元を緩ませながら立ち上がった。
改めて見ても長身の、しなやかな肢体の男だ。
気取らず、庶民的にさえ見えるところが女の気を引くのかもしれないが、ドゥラコンの外見にツェリルはいっさい興味がない。
それよりも正直に目的を話したことで、ドゥラコンの協力を得られればと願うだけだった。
視線を逸らさないままでいると、ドゥラコンはゆっくりとツェリルの側に近づいてくる。
その近さに数日前のくちづけのことを思い出してしまい、身体が無意識のうちに逃げてしまった。
「……」
「……っ」
ツェリルの行動を逐一見ていたドゥラコンに目を細められ、悔しくて恥ずかしくて顔が一気に燃え上がるほど熱くなる。
いつでも対抗するぞと何とか足を踏ん張ったツェリルの耳元に身体を屈めたドゥラコンが、声まで楽しそうに囁いた。
「嫌だ」
「ドゥラコン殿っ!」
まさかそんな答えが返ってくるとは思わず、ツェリルは驚いて声を上げてしまつた。
だが、ドゥラコンはそんなツェリルの反応を意にも介していないようだ。
「聖女のお前は知らないかもしれないが、男は身も心も重ねる女にしか肌を見せないものだ。
残念ながら、お前は違うだろう?」
「そ、そんなのは逃げ口上だ!」
「それならそう思ってもいい。
ただ、お前の前で服を脱ぐ気はないから」
ドゥラコンは身体を起こし、呆然と目を見開くツェリルに続けて言う。
それが単なる駆け引きなどではなく、ドゥラコンの本心からの言葉だというのが伝わってきた。
信じられないが、ドゥラコンは痣があるかどうかも口にしないまま、自身は候補に手さえも上げないと言っているのも同様だ。
もしかしたら、ドゥラコンには痣がないのかもしれない。
当人はそれを知っているから、わざわざツェリルの申し出に頷くこともないと考えている可能性だってある。
それでも、国の一大事なのだ、きちんと誠意をもって対応してもらいたくて、ツェリルはさらに言葉を継ごうとした。
だが、そんなツェリルを尻目に、ドゥラコンは部屋を出ていこうとする。
閉じられかけた扉の取っ手を慌てて掴むと、ツェリルは待てと叫んだ。
「話はまだ終わっていない!」
「俺の意思は伝えた。
これ以上は話すこともないだろう」
それはそうかもしれないが、ツェリルもここまで来てむざむざ引き下がることなんてできない。
「どちらに行かれるっ?
私も供をするっ」
こんな男に対しては、もうしつこいくらい、いい加減にわかったからと降参させるまで、くっついていた方がいい。
相手に合わせているといつまでも話は平行線のまま、次に進むこともできない。
一応脚をとめてくれたドゥラコンは、ふんっと馬鹿にしたような眼差しを向けてきた。
「せっかく綺麗に着飾ったんだ。
俺が部屋に戻るまでおとなしく待っていればいい」
ひらひらとした女官の衣裳を徒に摘まれ、ツェリルはさっと身を逸らす。
その反応に満足したようなドゥラコンの顔が何だか憎らしく、ツェリルは改めて一歩前へと踏み出した。
「神殿に召されてから、私も多少は護身術を習っている。
皇太子であるあなたを守るためになら、この身を盾にすることなど造作もない」
「おい、強がりは……」
「今部屋から私の剣を持ってくるっ。
戻ってくるまで絶対に部屋から出るな!」
そう言うが早いか、ツェリルは私室に与えられた部屋へと急いだ。
今の自分の言葉が皇太子に向かってどれほど不敬なものかその時はまったく思いつかず、ただ女だからと馬鹿にされたことが悔しかった。
当然のことながら実践に使ったことはないが、それでも役に立たないなんて言われたくない。
走るたび纏わりつく裾が邪魔でしかたがないが、ツェリルはとにかく走った。
「……あいつっ」
だが、急いで戻ってきた部屋には、既にドゥラコンの姿はなかった。




