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「この者が本日よりドゥラコンさまのお世話をするツェリルです」
女官長の言葉に、ツェリルは頭を下げた。
すると、首筋で一つに結った長い髪がはらりと前へと垂れてくる。
自分の髪はずっと肩すれすれの短さで揃えていたし、色も黒かったが、今回の偽物の髪は茶髪なので視界に入ったら違和感が大きい。
「ツェリルです。
よろしくお願い致します」
「……ふーん」
目の前には足を組んで椅子に深く座り、肘掛に頰づえをついてこちらを見ている男がいる。
先日の様子から考えて、ツェリルがこんな行動をとると面白がるだろうと予想していたのに、意外にも不機嫌そうに眉間に皺が寄っていた。
今回のツェリルの行動は、かなりの予想外だったのかもしれないと思うと、今朝まで胸の中に渦巻いていた苛立ちが晴れるような気がした。
もしかしたら、あの時のくちづけが心の奥底に刻み込まれて緊張するかと思ったが、どうやら自分は思った以上に図太かったらしい。
だいたい、あれはくちづけではなく、単なる一方的な接触だ。
(それにしても、本当に皇太子らしくない)
昨日会った時も簡易な服装だったが、今宮殿内にいるドゥラコンも華美な服や宝飾も身につけていない。
贅沢をしないことはいいことだろうが、それにしては腰に下げたままの二本の剣が少々物騒だ。
その間にもじろじろと観察するような眼差しが居心地悪いといえばそうなのだが、どうやら普段から素行が悪いドゥラコンのその行動を女官長は別の意味にとったらしい。
「ドゥラコンさま」
「何だ」
「この娘はアリイェさまからお預かりした者です。
くれぐれも安易な慰み者になどなさらないように」
仮にも皇太子であるドゥラコンに散々な言いようだが、ドゥラコンも女官長のその言葉に苦笑しながら軽く手を振って退出するように促した。
まだ言い足りないような感じだったが、女官長は優雅に礼をとると、そのまま部屋から出ていってしまった。
狭い部屋の中にドゥラコンと二人、取り残されてしまったツェリルは意を決して真っ直ぐに男を見つめる。
ドゥラコンもその視線を受け止め、しばらくは無言の時間が過ぎた。
「……髪」
「え?」
しばらくしてドゥラコンから切り出されたのは、唐突な言葉だ。
どんな意味なのかわからず、ツェリルは男の次の言葉を待った。
「数日で髪の色も長さも変えられるのか?
性別を偽った神官かと思えば、女官として現れた。
いったいお前は何者だ?」
こう切り出されるのは覚悟していた。
アリイェにも、あらかじめ相談し、その場合の答えも教えてもらっていた。
しかし、ツェリルはドゥラコンの前に立った時、この男に嘘をつくことはしたくないと思つた。
そもそも、この男は安易な嘘など簡単に見破ることができるだろう。
もしかしたらもう、ツェリルの身分を推測しているかもしれない。
まだドゥラコンの身体に水鏡に映ったような痣があるかどうかはわからないが、仮にも現在バラッハ帝国の皇太子の座にいる男には真実を話した方がいい。
ヤッフェに見出された自分なら、万が一ドゥラコンが皇帝の座に就くために策略を巡らしたとしても、きっとその嘘を見抜くことができるはずだ。
『私がお前を選んだ』
ヤッフェが信じてくれる聖女としての自分の力を、ツェリル自身も信じる。
「皇太子、ドゥラコン殿。
私はヤッフェさまの跡を継ぐ聖女だ」
「……ヤッフェ殿の?」
それまでの余裕があった様子から一変、ドゥラコンを取り巻く気が変化したのを感じた。
「……それで?」
促すということは、一応ツェリルの言葉を聞いてくれるということだ。
わかってもらうためにもツェリルは真摯に説明しようと思った。
「私は次期バラッハ帝国の皇帝になる者を神託によって告げられた。
その者は腰にバラッハ帝国の紋章を背負った者。
確認するためにも、現皇太子のあなたの身体を見せて欲しい」
「……ああ、それで『脱げ』か」
ドゥラコンも、先日ツェリルが言ったことを覚えていたらしく、今の告白でその意味がわかったらしい。




