子供の悪戯で済ませようとする大人と殺されかけた私
お目に留めて頂きありがとうございました。
初の短編となりますが、宜しくお願いします。
「ゴフッ」
苦しくて息が出来ない。
私の名を叫ぶ母の声が聞こえる。
手を伸ばそうとしても力が入らずドサリと椅子から崩れ落ち、私は意識を失った。
ファレグ・フォアローゼス。この国の公爵令嬢で12歳。それが私だ。
私が倒れたのは、母の親友である王妃殿下に招かれた私的お茶会での出来事だった。
意識を取り戻した時私は自室のベットに寝かされていた。
ベットサイドには母が泣きはらした目で付き添ってくれていた。
「よかった、気が付いたのね」
「おかあ・・・、な、に。この、こ、え」
喉に違和感があり、かすれた声しかでなかった。
自分の声ながら不快に思う様な声。
すぐに医師が呼ばれ診察が行われた。
診断結果としては毒の後遺症で治るかどうかは不明との事。
ああ、そうか私お茶会で毒を盛られたみたい。
あの場に居たのは私と母、それに王妃様と第二王子殿下の4人。
あとは王妃様付きの侍女達。
いったい誰が何故毒を盛ったのだろう。
「お母さま、いったい何が起こったのでしょうか」
そう尋ねる私に対して母はそっと目を伏せた。
言いにくい事なのだろうか。
「落ち着いて聞いてちょうだいね。
貴方はあのお茶会で毒を盛られたお茶をのんでしまったの。
10日も目を覚まさなかったから心配で心配で」
どうやら10日も寝込んでいたらしい。
飲まず食わずの状態で、しかも毒に侵された体でよく生き延びた物だと思う。
「毒を盛った犯人は捕まったのですか?」
母に訪ねてみるも返事が返ってこない。
まだ捕まっていないのだろうか。
「お母さま?」
「毒を盛ったのは…
第二王子殿下よ」
「え?」
私の聞き間違えだろうか。
今第二王子殿下が毒を盛ったと聞こえたような。
毒の副作用で幻聴でも聞こえたのだろうか。
「ファレグ、心配しないで。
貴方が治るまで母様が傍にいるわ」
私と第二王子殿下は初対面だったと思う。
私は何か気に障るような粗相でもしてしまったのだろうか。
「何故殿下は毒を…
私は何か殿下に対して粗相をしたのでしょうか」
「気にしなくていいのよ、所詮子供のした事ですもの。
特に深い意味は無かったりするものよ」」
私は母の言葉に違和感を覚えた。
所詮子供のした事…
私は死にかけたのに?
そう言い掛けた言葉を飲み込んだ。
言ったところでどうにかなるものでもなし、なぜか会話が噛み合わないような気がしたからだ。
何故私は毒を盛られなければならなかったのだろう。
何故殿下が毒を盛る相手が私だったのだろう。
考えてみても判らなかった。
「毒の効果を試してみたかった…ですか?」
「ああ、入手した毒がどれほどのものなのかを試してみたかったそうだ」
夜になり帰宅した父から聞かされた話に私は唖然とするしかなかった。
一国の王子がそう簡単に毒を入手出来、持ち歩けるのもいかがなものかと思うけど
それをいとも簡単に試してみたかったと実行するのもいかがなものか。
「陛下もたかが子供の悪戯に目くじらを立てる事でもあるまいと仰ってな…」
父の言葉に私は絶句する。
人一人の命を奪い掛けて子供の悪戯で済ませようとするの?
「お父さま、私の命とはそれほどまでに取るに足りない物なのでしょうか」
「そんな事はないと思うよ。
だが私も城に勤める臣下である以上何も言えないのだよ。
殿下もまだ子供だ、事を荒立てたくないとおっしゃる陛下のお気持ちも判る」
「そう、ですか…」
父の考えにも私は絶句する。
確かに臣下が王に意見する事は難しいかもしれない。
でも娘の命がかかわっているのに?
所詮子供のした事、たかが子供の悪戯。
そう考えるこの国の大人はどうなっているのだろう。
人の命をどう思って…
どうとも思っていないと言う事なのだろうか。
それとも私だからどうでもいいと思っているのだろうか。
そう考えるとこの王都には居たくなかった。
また何をされるか分かったものではない。
「お父さま、私領地でゆっくり療養したいのだけど駄目かしら」
「ああ、そうだな。それがいい。
本来社交デビュー前なのだから無理に王都に滞在する必要もないからな」
「ありがとう、お父さま」
私への負い目を少しでも感じているのか私の提案はあっさりと認めて貰えた。
こうして私の体調を見ながら領地へ戻る準備をすすめる事となった。
私の体力はかなり落ちており、長旅に耐えれるようになるまでには3ヵ月を要した。
それでも万全という訳では無く、休憩を多めに挟むゆっくりとした行程が組まれた。
母はもう少し体力が戻ってからでもよいのではないかと言っていたが、私としては無理を押してでも早く王都から立ち去りたかった。
明日はいよいよ領地へと向けて旅立つ。
少しワクワクとしていた私を奈落の底に突き落とすような事が起きた。
突然の第二王子の訪問である。
両親が居ない時を見計らって押しかけていたのか、執事などの使用人では追い返す訳にも行かず無遠慮に私の寝室へとやって来た。
「なんだ元気に生きているではないか。
あの毒も大したことはなかったのだな」
何を言っているのだろうか。
どう見れば私が元気に見えるのか。
未だに肌は青白く、長時間座っていることもままならない。
喉の違和感は残ったままで声はかすれ耳障りになっている。
10日間もの間生死の境を彷徨ったと言うのに
あの毒も大したことはなかったとは…
「ふん、まあいい。
ほら見舞だ、受け取るがいい」
そう言って投げつけられたのは血の様な赤い色をした花だった。
受け取るがいいと言われても投げつけられた上に私の腕には軽い麻痺が残ったままだ。
花は私の頭から上半身へと降り注ぐように落ちて来た。
舞い散る花粉を吸いこんでしまい呼吸が苦しくなる。
助けを呼ぼうと口を開けば余計に花粉が入り込んでしまい咽返り吐いてしまった。
「なんだつまらん。
この毒も大したことが無いな」
そう吐き捨てるように呟くと第二王子は帰って行った、毒の花を私に投げつけて…
この人は何がしたいのだろう。
そして何故私にこの様な事をしてくるのだろう。
第二王子と入れ替わるように部屋へ入って来たメイドが悲鳴を上げる。
ああ、貴方はこちらへ来ては駄目よ。
そう伝えたいのに声は出ず、私はそのまま意識を失う事になった。
次に意識を取り戻した時、両親はベットの横で口論となっていた。
「ずっと付き添うと言っておきながら何故目を放した。
こんな時間まで何処へ出掛けていたと言うのだ!」
「私だって少しくらいは息抜きが必要なのよ!
ほんの少しお友達とお茶を飲むくらいよいではないですか!」
「ほんの少しだと?
半日以上留守にしておいてほんの少しだというのか!」
「そこまで仰るなら旦那様が付き添えばよろしいでしょう?」
「私は仕事が」
「お二人共止めて下さい!
付き添いは不要ですから、この部屋から出て行っていただけませんか…」
「ファレグ!」
私は両親にとって邪魔なのかしら…
口論するならどこかほかの部屋にして欲しかった。
まだ何かを言い争っている両親の声を聞きたく無くて、私は頭まで布団に潜り込みそっと目を閉じた。
次の日目を覚ませばすでに両親は不在だった。
昨日の今日で不在とは…
どうやら私は本当に邪魔なのかもしれない。
今回は医師の診察すら受けさせて貰えていないようだった。
生きている事を喜んでもいいのだろうかと疑問が浮かぶ。
予定より遅れる事10日。
私はやっと領地へと向かう事が出来た。
執事やメイド長が気候の穏やかな領地の方が落ち着いて療養出来るのではないかと両親を説き伏せてくれたお陰だ。
執事やメイド長、領地まで付き添ってくれた馭者やメイドには感謝しかない。
領地へ戻ってからは平穏な日々を過ごしていた。
私はあえて領都ではなく片隅にある田舎の村で過ごして居る。
この小さな別荘なら管理人である老夫婦しか居ないので気を遣わずにすむ。
それに静かで自然豊かな村なのでのんびりと心穏やかにいられる。
でもそんな平穏な日常も13歳を迎えた日、母の来訪と共に崩れ去った。
正直何をしに来たのかと思った。
「第二王子殿下から誕生日祝いにと預かって来たの」
満面の笑みで箱を差し出す母。
私は一瞬理解が出来なかった。
この人は、母は何を思いこの箱を受け取って来たのだろう。
私が受けた仕打ちを忘れてしまったのだろうか。
あの王子からなど嫌な予感しかしないのに。
「お母さま、申し訳ありませんが受け取る事は出来ません」
「まぁファレグ。あなたまだ過去の事を気にしているの?
こうして元気になったのだし、過去は過去として忘れてしまいなさい。
せっかくの殿下のご厚意なのよ?」
本気で言っているのだろうか。
私が毒で倒れたあの時 目を真っ赤にしてずっと付き添ってくれていた母は別人だったのだろうか。
それとも私が王都を離れてからの半年で母を変える何かがあったのだろうか。
考え込む私に箱が押し付けられる。
「ほら、難しい顔をしないで開けて御覧なさい」
このまま開けずにいたらずっと母はこの場に居座るだろう。
私は渋々と箱を開けるしかなかった。
「ヒィッ」
声を上げたのは母だった。
私は声を上げる事すら叶わなかった。
箱をあけた瞬間、中に入っていた蛇は待ってましたと言わんばかりに私の手に嚙みついた。
当然ながら無害な訳がない。
失いかけた意識の中でやっぱりという思いと、驚いた勢いで母に箱を投げつければよかったという思いが浮かんだ。
どの位意識を失っていたのか。
目を覚ました時私の視界に移ったのはまたしても目を真っ赤い泣きはらした母の姿だった。
そして私はこの時悟った。
この人は自分に酔っているのだと。
娘を害されて可哀そうな私。
娘を害されたけど子供のした事だからと寛大な心で許す私。
目覚めるかどうかわからない娘を献身的に看病する私。
自分を悲劇のヒロインにでも見立てているのだろう。
そこに母娘の情などある訳も無く、本気で心配しているようにも見えなくなってしまっていた。
そんな母に声を掛ける気力すら湧かず私は再び眠りに就いた。
時折目を開ければ必ずと言っていいほど母の姿は有った。
甲斐甲斐しく少しでもいいからとスープや擦り下ろした果実などを乗せたスプーンを差し出してくるけど
それらを口にすると必ず私は吐血した。
微量の毒でも入っているのだろう。
吐血する私の姿を見る母の口角は薄っすらと上がっていた。
「まだ体に毒が残っているのね。
大丈夫よ、母様が看病してあげるから」
そこはあらゆる手を尽くして治してあげるではないんだ。
やはりこの母は私に治って欲しいのではないらしい。
母の顔がいびつに歪んだ人外の物に見えて恐ろしくなった。
それにしても何処で毒を手に居てどうやって毒を盛っているのだろう。
母が連れて来た使用人達の目もあるのに。
まさか、この使用人達もグル?
いや、女主人である母に物申す事が出来ないのかもしれないけども。
こうなってくると私は疑心暗鬼になり誰も信じる事が出来ず、何かを口にする事すら出来無くなってしまった。
その後は母が傍にいる時には何も口にしなかった。
しなかったと言うよりは出来なかったと言う方が正しいだろう。
体が拒絶反応を起こし受け付けなくなったのだ。
このまま死んでもいいんじゃないかとさえ思った。
また体調が戻った頃に毒を盛られたのではたまったものではない。
何度もこんな目に合うくらいならこのまま回復せずに死んでもいいのではないだろうか。
いっそ母の差し出す物を完食した方が早く死ねるかしら。
そんな事まで考えてしまう。
そんなある日、母の姿は見なくなった。
悪化する訳でもなく、かと言って回復する訳でもなく。
いつ終わるとも解らない献身的な母親を演じる状況にに飽きたのだろう。
母と入れ替わるようにして隣国へ留学していた兄がやってきた。
兄は私の5つ上で18歳だ。
この国で18歳と言えば成人とみなされる年齢となるので帰国したのだろうか。
久々に見る兄の姿からは幼さが抜け、大人びた青年になっていて驚いた。
「ファレグ。なんて事だ、こんな状態になっていたなんて。
もっと早く足を運ぶべきだった。
母上の手紙を鵜呑みにするのではなかった。
すまない」
兄は王都の屋敷に勤めるメイド長から手紙を貰ったらしい。
そのメイド長からの手紙には両親には気付かれないように私を隣国へ連れ出して欲しいと書かれていたそうだ。
2度に渡る第二王子からの仕打ち、それに対する陛下と妃殿下の対応、両親の対応、私の体の状態。
自分達では心配する事しか出来ず助け出す事が出来ないのだとも書かれていたそうだ。
時折家へと手紙は出していたものの、帰って来る返事は皆元気なので心配せず勉学に励めとしか書かれておらずそれを鵜呑みにしていた自分に後悔していると兄は泣いていた。
でもお兄さま、それだけでは無いのです。
そう告げて先日の蛇の件を伝えれば、兄はなんとも言えない表情で固まってしまった。
「ファレグはこの国と両親に未練はあるかい?」
兄に聞かれ首を横に振る。
興味本位で毒殺を試みている第二王子、それを子供の悪戯だからと諫めない国王夫妻と臣下達。
娘の命を狙われたと言うのに抗議する事も無い父、母に至っては擁護する始末。
その上母は自分に酔っている。
こんな状況下でどう未練を持てと言うのかと逆に兄に聞いてみた。
「すまないファレグ。聞いた私が愚かだったよ…」
馬を飛ばせば2日で国境を超える事が出来る。
兄は必要な物はすべて向こうで揃えればいい、住む場所も既に決めてあるから何も心配しなくていいと言った。
老夫婦はすでにこの家から立ち去っていた。
このまま此処に居ては危険が及ぶかもしれないと兄がお金を渡し逃がしたのだそうだ。
私達もその日の内にこの家を出た。
私の体調が万全ではなかった為、予定よりも数日遅れて国境を越えた。
国境を越えてしまえばひとまず安心だからと、私達は少し大きな町まで移動した後2,3日ゆっくり休息する事にした。
てっきり何処かの宿に泊まるのかと思ったのに、向かった先は小さなお屋敷だった。
「お兄さま、ここは?」
「ここは私の恩師の家だよ。
事情は伝えてあってね、寄って休んで行けと言われているんだ」
「そうなのですね」
馬から降り玄関へ向かうと、中から白髪の渋いおじ様が出て来た。
「教授、この度はお世話になります」
「気にせずともよい、さぁ疲れただろう。中に入りなさい」
「お邪魔します。えっと教授?宜しくお願いします」
「んむんむ、ようこそ我が家へ」
長い髪を後ろに束ねていて魔法使いみたいだなと思っていたら、本当に魔法使いだった。
正確には魔導士だったのよね。
就学先の学校で兄に魔法の手解きをしてくれた教授なのだそうだ。
そうか、兄は魔法が扱えるようになったのか。
羨ましい、私も扱える様になるだろうか。
そんな事を思い気が付いた。
私、兄に逢ってから死にたいと思わなくなっている。
これは嬉しい変化かもしれない。
どれだけあの環境が苦痛だったのだろうかと溜息が出る。
そんな私を見つめていた教授が呟いた。
「お嬢さんは中々やっかいな状態になっているようだね」
「と言いますと?」
「何処で手に入れたのか、お嬢さんに使われた毒は巫蠱が使われているようだね」
教授の説明によればありとあらゆる有毒生物を1か所に集めて戦わせ、残った1匹の毒を採取し使用する古い呪術のようなものらしい。
その毒は完全な解毒は不可能とかつては言われていたそうだ。
え?…
だとするとずっと私この変な声で、軽い麻痺も残ったままなのかしら。
「心配はいらないよお嬢さん。
かつては、と言っただろう?」
「では妹の毒は解毒可能と言う事ですか!完治出来るのですか!」
「勿論だとも、そのためにもまずは体力を回復させないとだな。
しばらく此処に滞在するといい」
「でもご迷惑では…」
「お嬢さん、子供は子供らしくこの年寄りに甘えておけばよいのだよ」
教授はそう言って頭を撫でてくれた。
甘えていいの?
あまり甘えた経験の無い私は戸惑った。
「ファレグ。大丈夫だよ。
教授は信頼出来る優しい方だよ」
兄の言葉を聞いて私はコクリと頷いた。
教授は食事を用意してくれ、3人で食卓に着く。
大丈夫だろうか、食べる事が出来るだろうか。
また体が拒絶反応を示したらどうしよう。
そんな不安は無用だった。
教授が用意してくれた食事は温かなスープだったのだけど、ホンワリとした優しい光に包まれていたのだ。
その優しい光が安心感を与えてくれて私はスープを飲む事が出来た。
残念ながらパンやお肉などはまだ無理だったけど。
次の日、兄は色々な手続きをしてくるからと王都へ向かった。
3,4日で戻って来るからと言われた。
その間、私は教授に本を見せて貰ったり魔法を見せて貰ったりと楽しい日々を過ごさせて貰っていた。
書庫には大量の本があり、難しい本だけではなく子供向けの本まであって驚いた。
教授は私に本を読み聞かせてくれる時、セリフに合わせて声色を変えてくれる。
「だって涙がでちゃう。女の子だもんっ」
ぶふっ…
教授は真面目な顔で読み聞かせてくれているつもりだ。
でも声色を変えると表情まで変わっているので私は一人芝居を見ている気分になれた。
しかしながら上目遣いで可愛くしゃべるのは止めて頂きたい。
私の腹筋が大変な事になってしまう。
「なんじゃ、笑いたければ笑うとよい。
ここにはお嬢さんと私の2人キリだからな、遠慮はいらぬよ。
あぁ但し、私がこうやって読み聞かせをしているのは他言無用だよ?」
「お兄さまにも?」
「勿論だ、こうやって読み聞かせるのは2人の秘密だな」
2人だけの秘密!なんて素敵な響きだろう。
悪い事を秘密にするのは駄目だけど、楽しい事はいいわよね?
でもお兄さまが知ったら拗ねてしまうかしら。
「声色を変えているなどあまり知られたくないしな」
確かに、教授のイメージが壊れてしまうかもしれない。
それは駄目ね。
「解りました教授。2人だけの素敵な秘密ですね」
「何が素敵な秘密なのかな?」
「「 … 」」
お兄さま、何故このタイミングでお戻りに…
結局お兄さまに見つかってしまい、3人の秘密と言う事になってしまった。
一頻り笑った後、ソファに腰を掛けお茶を頂きながらお兄さまの話を聞く。
その内容は驚きの連続で…
お兄さまは通っていた学院で皇太子殿下と級友だったらしく、卒業後は殿下の側近として仕える事が決まっていると言う。
また移住手続きも殿下から話を聞いた皇帝陛下が手っ取り早く養子縁組をしてしまえと言い出したらしく、恐れ多くも先帝の弟君である公爵家の養子となる事が決まったそうで…
この状況に付いて行けず私の頭はパンパンになっていた。
なのに兄はそれだけではないと言う。
まだ何かあるの?…
戸籍登録の為に書類へ魔力を流すのだそうなのだけど、その魔力が公爵様、義父となる方と酷似しているそうで…
まだ詳しく調べなければ判らないけど、もしかすれば公爵家の血筋となる可能性もあるらしい。
私は理解出来ずにいる。
隣国で生まれ育った兄と私がなぜ帝国の公爵様と血縁があるかもしれないのだろう…
ここでまた兄から衝撃の事実を告げられる。
兄もうろ覚えではあるけど、兄と私は誰かに教会前に置き去りにされたらしい。
その後は教会で保護されていたのだけど、髪色と目の色が珍しいと言う事であの両親に引き取られたのだとか。
…
どうりであの両親と似ていなかった訳だと納得する自分が居た。
それと同時にあの両親と血のつながりがなくて良かったと安心する自分も居た。
なるほど、教会から引き取ったのであれば愛情など持てなくても仕方がないのかも…
いや、養子縁組でも愛情いっぱいの家族はいるわよね?
やはりあの両親がおかしいだけなのでは?…
「ファレグ、混乱する気持ちは解るけど落ち着いて。
さっきから表情が面白い事になっているよ?」
「え?…」
どうやら私は眉間に皺を寄せて頷いたり、パッと明るい表情になったかと思えばまた眉間に皺を寄せたりと顔の表情が忙しい事になっていたようだ。
「詳しい事は調査してから判ると思う。
あの元両親やあの国が
余計な口出し出来ない状況を作る事が先だと言う事になってね。
ファレグは魔力を流す事が出来るかな?」
どうだろう。
あの国では魔法を使う人は居なかったし、私自身魔法が使えるなんて思ってもみなかったし。
「流せると思うぞ。
魔力量は十分持って居るようだし、体力も随分と回復してきておる。
コツを掴めば大丈夫だろう」
教授にそう言われ、教えてもらいながら自分の中にある魔力の流れ?をイメージしていく。
トクントクンと流れる血液みたいな感じでいいのだろうか。
指先に集中してごらんと言われて指先に意識を向ける。
バチンと音がして何かが弾かれた。
「ふぅむ、これは先に解毒を終わらせねばならぬか。
どうやら巫蠱が邪魔をしておるようだ。巫蠱は毒でもあり呪いでもあるからね」
なんともやっかいではた迷惑な物だと思った。
私の体力も随分と回復しているのであれば、ついでだから今解毒してしまおうと言う流れになってしまった。
今日だけで物事が目まぐるしく変化していく。
結果だけで言うならば解毒は一瞬で終わった。
教授が何やら不思議な言葉を紡ぐと精霊が現れ、その精霊が私に触れ微笑み光に包まれたら終わり。
一瞬過ぎて本当にこれで終わりなのかと思ってしまった。
でも喉の違和感も、手足の軽い麻痺もかすれた声もすべてが無くなっていた。
嬉しくて手足をバタバタと動かしてみる。
「お兄さま!見て、ちゃんと力が入るの!
ほら、声も戻ったわ」
「ああ、そうだな。
教授、ありがとうございます。
よかったなファレグ」
「はい! 精霊さん、教授。ありがとうございます!」
うふふ、久々に聞いた元通りの私の声。
こんな声だったのだと嬉しくなってしまう。
気が付けば精霊さんは消えていた。
またいつか会えるかしら。
初めてだったからもっとよく見ておけばよかったかしら。
「あ、お兄さま!教授!大変です!
私精霊さんと初めて会えたのにご挨拶を忘れてしまいました…」
「 … 」
「お嬢さんや、精霊にはまた会う機会もあるだろうから大丈夫だよ」
「そ、そうかな。また会えるといいなぁ」
「ファレグ、折角解毒もしていただいたのだから魔力を流してみてごらん」
「はい」
体の中の流れが指先に集まるイメージをして…
ぽわんと小さく光った。
「お兄さま!今のが魔力ですか?」
「ああ、そうだよ。上手に出来たね」
「わぁ。教授!教授!私出来たみたいです!ありがとう」
嬉しくて教授に抱き着いてしまった。
教授は優しく微笑んで頭を撫でてくれた。
なんだかとても嬉しい。
夕食後、今後について相談し2日後に王都へ向かう事が決まった。
教授も一緒に来てくれると言うか本宅へ戻るらしい。
ここは別荘なのだそうだ。
もしかして私達の為にわざわざこの別荘まで来てくれていたのだろうか。
なんだか申し訳なくて、改めてお礼を言う。
すると教授は
「子供が変な気をつかうでない。
大人が子を守り慈しむのは当たり前の事だよ」
その言葉が凄く暖かくて嬉しくて私は泣いてしまった。
そして2日後、私達は王都へ向かった。
馬か馬車での移動になるのかと思ったら転移門と言う物での移動だった。
魔法って凄いね…
あっという間に教授の本宅へと着いたのだけど、ここってお城では?
驚いてキョロキョロとしている私を兄は抱えあげた。
「お兄さま、私小さな子供ではないのです。歩けますよ?」
「そうは言うがファレグ。
毒の影響かあまり成長出来ていないようでまだ8…
ゴホン、10歳くらいの大きさだよ?」
お兄さま、今8歳と言おうとしました?
まさかそんなに小さくは…
小さいかも。
そう言えば毒を盛られてからあまり食事は摂れて居なかったし。
あれ、私、兄以外の子供と会った事がないかも…
「さぁファレグ。考えるのは後にしよう。
陛下と殿下がお待ちかねだ」
「え?」
「心配はいらないよ、私も一緒に行くからね」
教授も一緒なら少しは安心かな。
勿論お兄さまが居るから安心はしているけど、それとは違う安心感があると言うか。
でもどうして王都で最初に会うのが皇帝陛下と皇太子殿下なのだろう。
そんな疑問を抱えていたのだけど、違った。
皇后陛下や皇子殿下、皇女殿下までいらっしゃった…
案内された先には後続の皆さまが揃って座ってらっしゃった。
あの国の王妃や皇子とはまったく威厳が違うというか、笑顔が眩しいというか。
比べる事自体が失礼なのだと思う。
兄に降ろしてもらいカーテシーの姿勢をとる。
教授と兄も腰を折り礼をとっている。
礼儀作法の教育を受けさせて貰っていた事だけはあの両親に感謝したい。
「よいよい、堅苦しいのは抜きだ。
叔父上も止めてくれ。」
叔父上?
今陛下は叔父上と言った? 誰に? まさか教授?…
その後ソファに座るよう勧められ、おずおすと腰掛ける。
そして陛下の傍に立っていた側近さんが説明をしてくれた。
調査の結果、兄と私は12年前誘拐された教授の息子夫婦の子供だったらしい。
教授の息子夫婦、私と兄の実の両親は私達の捜索をしている時崖崩れに巻き込まれて亡くなってしまっているのだそうだ。
つまり…
「私とファレグは教授の孫という事になるな。
陛下や殿下方とは親族となる」
「兄上と呼んでくれると嬉しいかな」
「是非お姉様と呼んでちょうだい」
口々にそう言ってくれるけど悲しいかな、私の頭は情報の波にのまれてしまいそのまま意識を失ってしまったらしい。
ああ、お返事出来ずに申し訳ない。
「知恵熱です! あれほど注意したのに
皆で一斉にあれこれと言えばこうなるのも当たり前でしょう!」
「だがな、長年探し求めていた子等がやっと見つかったのだ」
「だがではありません!いいですか兄上!
この子は成人前の子供で、しかも巫蠱の影響で体付きも幼いのですよ。
一気にまくし立てては頭も心も追いつかないと散々申したでしょう!」
先程から私のベットの横で陛下に説教をしているこの方は、皇弟殿下であり皇族専門の医師なのだそうだ。
私の事を考えてこうやって陛下に注意を促してくれるのはありがたい。
凄くありがたいのだけれども、別の部屋でお願いしたく…
その声が頭に響いて辛い…
「すみませんが陛下、殿下、別室でお願いできますか。
妹が困り果てております」
さすがですお兄さま。
兄の一声で陛下方は部屋を移動してくれたようだった。
兄は難しく考えなくていい、家族が増えたと思えばいいのだと言ってくれた。
確かに広い意味で考えれば家族なのだろうけど、それが皇族ともなるお恐れ多いような。
でも教授が実の祖父だったことは素直に嬉しい。
今後私達はこの皇宮の敷地内にある離宮で教授、お爺さまと暮らす事になるそうだ。
覚えなくてはいけない事柄は多いだろうし苦労もあるだろう。
それでも私は新しい家族を手に入れ、優しい祖父や兄と共に暮らす事が出来る。
なんて幸せな事だろう。
あの時兄が迎えに来てくれてよかった。
生きていてよかった。
解毒をしてくれたお爺さまや精霊さんにも感謝しなくては。
心からそう思えた。
「お兄さま、私をあの場所から連れ出して下さりありがとうございます。
お兄さまのお陰で私は今凄く幸せです」
「ファレグ、私も幸せだよ。
可愛い妹と一緒に居られるのだから。
亡き両親の分まで君を幸せにできるよう頑張るよ。
だからまずは元気にならないとだね」
「はい、お兄さま。
私もお兄さまが幸せになれるように頑張りますね」
「おや、私は仲間外れかい?」
「「 お爺さま! 」」
「勿論お爺さまも一緒です」
「ええ、3人で幸せになりましょう」
知恵熱が下がった後、戸籍取得手続きの際に書類に流した魔力で私と祖父の血縁関係も改めて証明された。
勿論兄はとっくに証明されている。
よかった、これで実は兄とは血の繋がりがありませんでしたなどとなったら私は立ち直れなかったかもしれない。
「さあ、これですべての手続きも終わった事だし我が家へ帰ろうか」
「はい、お爺さま。お兄さま」
祖父と兄の3人で手を繋ぎ本宮殿を後にする。
これが私の新しい人生の第一歩となる。
あの国で過ごしていた時は第二王子に毒を盛られ、理解出来ないような言動を取る大人に翻弄され生きる事を諦めていた。
でも今は違う。
2人の為にも、自分の為にも生きる事を諦めずに幸せになりたいと思う。
~ おしまい ~
読んで下さりありがとうございました。
気が向きましたら評価やアクションを1つ頂ければ嬉しく思います。
皆様の反応次第では連載版に昇格するかもしれません(;´Д`)