第十二話 最初で最後のひと
一連の騒動が収束し、ビビアナに操られていた国王も正気に戻った。王宮の人々もだ。
アーノルドはヒューデリカの追放と、騒動の責任を取って廃嫡。一兵卒となって前線送り。ビビアナはお家お取り潰しは免れたが、その分本人の罪状が重く、処刑されることとなった。一番の罪状はヴァイジャヤの呪いを使い、王子ヴァレンシュタインの命を脅かしたことだ。
そして正式にヴァレンシュタインが王太子となり、ヒューデリカはその婚約者に内定している。
「なんで言わなかったのよ」
「わぁい、お嬢の顔が怖い」
オレルアン公爵家の賓客室、訪ねてきて顛末を説明したヴァンデッシュ、もといヴァレンシュタインを睨み付けたヒューデリカに、ヴァレンシュタインはいつもの調子で笑った。
「だってぇ、すぐ言うわけにいかないでしょぉ?
自分が第一王子だなんて」
「それは、そうだけど」
「俺も言うか迷ってたんすよぉ。
病弱だからってのは建前で、国を割るような争いを起こしたくなくて辺境に行って、王太子の座は弟に譲ったんすけどぉ、まさかこうなるとはそのときは思ってなかったしぃ」
「…そう」
「なぁんて、本当はアーノルドと結婚するヒューデリカを見たくなかっただけなんすけどね」
笑ってそう付け足したヴァレンシュタインに息を呑む。
「アーノルドが立太子する前にヒューデリカとの婚約は決まっていたし、そのとき病弱だった俺に勝ち目はなかったからぁ、まあ、嫉妬っす」
「嫉妬、って」
「ああ、やっぱり覚えてない?」
ヴァレンシュタインは胡散臭いのとは違う、少し拗ねた顔で尋ねる。
「ヒューデリカが8歳の時、王宮に遊びに来た時に迷い込んだ離宮で会ったでしょ?」
「あ」
そういえば、そんなことがあった。迷い込んだ離宮で、一人の色素の薄い少年に出会った。
彼は博識で、でも身体が弱くて剣が使えなくて。
『でも、大きくなったら強くなれるわ。きっと』
そう、自分は彼に言ったのだ。
彼が護法の炎の加護を持っていることを知って、自分も風の加護を持っていると話して、
『ふたりだけの秘密ね』
そう、小指を切った。
「あのときの女性に好きだと言うまでは、死ねないって自分に言い聞かせてた」
そう夢見るように囁いたヴァレンシュタインに、顔が熱くなる。
つまり、ヴァレンシュタインは最初から自分のことを好きだったってことで。
「わかった? 俺の気持ち。ぜぇんぶ、ほんとうっすよぉ?」
「わ、かった。わかった、から」
「でも、俺から言わないのは卑怯っすよねぇ」
そう口にして、ヴァレンシュタインはソファから立ち上がると、ヒューデリカの正面に立って傅いた。
「愛しています。ヒューデリカ。
どうか、私の妻になってください」
自分の手を取って甘く囁いた彼に、「イエス」以外を言えるはずがない。
泣きそうになりながら、その手を握り返す。
「私が、あなたを好きって、知ってましたか」
「知ってたっすよぉ。でも、何度だって聞きたい」
「何度だって言うから、あなたも、何度でも」
好きって言って。
そう告げた自分を立ち上がって抱きしめて、ヴァレンシュタインはヒューデリカの唇をなぞる。
「誓いのキス、もうもらっちゃっていい?」
思わず頷いた自分に嬉しそうに笑って、そっと顔を近づけた。
ヴァレンシュタインが王宮に帰る時、馬車で待っていたアンリが「悪かったな」と謝ってきた。
「背中を押すような紛らわしい言い方しただろ。
お嬢さんに惚れ込んだこいつの惚気を学生時代に散々聞いてたからさ」
「ちょ、先輩言わないでってば!」
「弟になんかあげたくない義兄になりたくないってうるさいのなんの」
「先輩!」
顔を真っ赤にして慌てるヴァレンシュタインが可愛くて、つい笑ってしまう。
「でも、私は嬉しいわ」
本心を口にしたら、アンリがにやりと笑ってヴァレンシュタインが更に真っ赤になった。
呪いをかけた張本人が死ねば呪いは解ける。
だからマゼイラ公爵亡き今、ハミルトン辺境伯は健康を取り戻した。
養子を迎えて、鍛えていくと言っているそうだ。アーノルドがヘマをしなければヴァレンシュタインをヴァンデッシュとして養子に迎える案もあったそうだが。
ヴァレンシュタインの身体にはもう、あの黒い痣はない。
「ヴァレンシュタイン殿下」
「ヴァンデッシュでいいっすよぉ」
「じゃあ、ヴァンデッシュ」
愛称という形でなら、これからもそう呼べるだろう。
「これからも、ずっと一緒にいてくれますか?」
微笑んでそう尋ねた自分に、彼は頬を朱に染めて、
「いるよ。百年は、絶対」
そう、約束してくれた。
アストリア王国。
近い未来、変わらずアストリアの双璧として国を守る辺境伯の話と、王太子妃となった公爵令嬢の話が評判となる。
初恋を実らせて結ばれた王太子と、その妃の話は王都の娘たちが憧れるロマンスとして小説となったという。