第二話 三年後
毎度お馴染み神奈膝です。風邪を引きました。
ようやく新キャラ、そして主人公の名前がでます。
叫び声とともに、ドロップキックが命中した。
「ギュルヒィンッ!」
魔物の体が宙に浮き、脇の茂みに吹っ飛んだ。
「あれ?」
声を上げたのは少年だ。御者台に座る青年は、呆気に取られて、口が開いたままだ。
思った以上に威力があったのだ。
いくら鍛えているとはいえ、普通の人間があれだけの威力を持った蹴りを放てる訳がない。
前世の記憶があるというだけで、彼は基本的には人間なのだ。ディアナルトにすむ人間だって、魔物を普通の蹴りで吹っ飛ばすことはまず、無理だろう。
「ルヴォオオオオオオオオオオ!」
自分の蹴りの威力に、呆気に取られたが、流石に蹴りだけで、魔物も倒れる訳が無く、再び叫び声を上げて茂みから飛び出す。
舌打ち一つ。彼は即座に拳を固く握りこんで、目の前に飛び出てきた、魔物へと打ち込む。
骨を砕く、メキメキという音が、耳まで届き、不快感が拳から全身へと伝わった。
再び、茂みに吹っ飛ぶかに思えたが、魔物は四つ足を踏ん張らせ、飛んでいく体にブレーキを掛けたのだ。頭蓋骨が砕かれたはずだが、魔物は唸り声を上げながら、少年を見据えていた。
流石の生命力に舌を巻いた。奴らの生存本能は尋常ではない。かつてであれば、魔力を乗せた、剣で一刀両断するのだが、残念ながら剣はない。
ならば、魔法は?
状況が変わったことを、少年は感じていた。
さっきまでの一刻を争う状況は過ぎ去り、今は予想以上に素手での攻撃が威力を持っていたことも関係し、少しばかりの余裕がでた。
余裕といっても、魔法が使えるか使えないかの、確認程度の余裕だが、彼にとって、その余裕は大きく意味をした。
拳に、彼はイメージを流し込む。魔法に大切なのはイメージ。イメージに大切なものはそれに対する知識。
魔法とは、魔力を現実に具現化する方法を指す。
無から有を生み出す、“創生”。生み出すためには、緻密なイメージと、それを裏付ける知識。
例えば火を起こすにしても、火の色や熱さ、焼ける匂い、音など、それらを具体的にイメージし、その現象が何故起こるかを説明できる知識が必要。
しかし、それも曖昧で、科学の発展していない、この世界では、現象の説明なんてものは、神様の仕業とか、そんなふうに考えられ、大気中に広がる魔力と、杖などの触媒を利用して無理矢理現象を起こしていた。
その中で、少年は雷をイメージした。高校の教科書に載っていた、放電の原理を思い出し、知識の裏付けを用意。
バチリと静電気が弾けて音を鳴らす。
膨大な情報量が彼の中で巡り、拳を突き出す。
紫電が走り、雷鳴が轟く。周りの草木に衝撃が走り、少年の雷を孕んだ拳が魔物をえぐり、返り血すらも、雷が分解した。
後に残るのは、沈黙と、ピブロックと呼ばれる魔物の無惨な姿だけだった。
少年は突き出した拳をマジマジと凝視した。魔法は使えた。しかも想像を超える威力で。前世の最盛期でもこんな威力は出せたかわからない。
「あ……」
沈黙を破ったのは御者の青年だった。
搾り出すような声に振り向くと、青年はビクンと身体を震わす。
「………大丈夫ですか?」
少年は気遣って声を掛けた。
青年は真っ青な顔で硬直していた。
(まぁ…怖がっても仕方ないよな…)
少年が同じ立場なら、同じ反応を取るだろう。
ふと馬を見ると、腰を抜かしたのかうずくまっていた。いや、よく見ると前足が魔物に折られたらしく、立っていられないのだ。
馬の痛がる息遣いが心苦しく、少年は近寄ってしゃがみ込む。
攻撃魔法は使えた。ならば治癒はどうだろうか。
「すいません。水があったらいただけないですか?」
「え?」
「水、この馬、足折れてるみたいだから、治そうと思って…」
「?」
青年は怪訝な顔をした。まるで、言葉が通じていないような…
「――あ」
少年はそこで、自分が日本語で話し掛けているのに気付いた。
慌てて、この世界の共通語に直す。
「あぁ、すみません。えっと…馬が怪我しているみたいなんですが、治してあげたいので少し水を、頂けませんか?」
ようやく、意思の疎通が取れて、青年は荷台から、水筒を取り出し、少年へ渡した。
少年は水筒の口を開けると、それを馬の前に置き、祈るように手を組んだ。
「――癒しよ」
少年は魔力を水に流した。魔法を使うとき、儀式的なものを省略するのに使う、触媒の変わりとして水を使ったのだ。
ちなみにさっきの雷なんかは、魔法の構成が単純だから、詠唱も触媒も必要とせずに具現化できた。
しかし、治癒魔法は、構造が複雑で、詠唱破棄や触媒抜きに発現することは困難極まりない。
少年が謡うように、詠唱すると、水が薄く光りをもち、水筒の口から漏れた光りが、馬の足を包み込んだ。
数秒もすると、馬の脚は元の位置に収まり、うずくまっていた馬は立ち上がって二、三度蹄を鳴らすと、感謝するように少年の顔を舐めた。
魔力を流した水は人体には毒なので、さっと捨てて、空になった水筒を青年に渡した。
水筒を渡すと、青年ははっとなって御者台から飛び降りると、額を地面にくっつけて叫ぶ。
「あ、ありがとうございます! どこの高名な魔導師様かは存じあげませんが、お助けくださってありがとうございます!」
「あー…良いって。そんなんじゃないし。ただの旅人だよ。それよりアンタ、商人かい?」
「は、はい!」
「ちょっと道に迷ってさ、街に出る途中なら、馬車に乗っけてくれないかな? もちろん迷惑でなければのはなしだけどさ」
「そんな事くらいでしたら、是非乗って行ってください。命の恩人のお頼みを断ろうなら、末代まで笑われてしまう。ここからほんの一刻もすれば、セイルの街ですよ」
♂♀
青年、レビ・ブロークと名乗った若き商人が言った通り、一時間程度で、セイルの街についた。
その間少年は、連続する出来事に疲労して、荷台で寝かせてもらった。
街に着くとレビ青年に起こして貰い、食事をおごってくれるというので、厚意に甘えた。
セイルの街は、活気に満ちた街で、記憶によればビオレッタ王国の首都ケネルからそれほど遠くない街で、商人が拠点とする街でもあった。レビ青年もここの商会に所属しているらしい。
地震の少ない国だから、地球でいう石造りの西洋建築の町並みで、レビ青年に案内された、この街の行きつけの店もまた、レンガで作られた、ちょっとこ洒落た店だった。
彼いわく、店は綺麗で、料理は美味く、何より安いところが良いらしい。
「それで、アイリさんは、首都に行くんですか?」
向かい側の席に座った、レビ青年が少年に聞いた。 アイリというのは少年の名だ。高原愛理と、可愛らしい名前をもつが本人自身は気に入ってはいない。
「んー、まあな」
「アイリさん、リオンルッツの方ですよね? ビオレッタにはどういった用件で?」
運ばれてきた、フォルチニと呼ばれる山菜スパゲッティのようなものを食べながら、アイリは眉をひそめた。
「なんでオレが、リオンルッツ人だと?」
「え、だって髪が金色で目は空色ですし…違いましたか?」
「……いや、違わない。リオンルッツの出だ、俺は」
なんだ、やっぱりと笑うレビ青年はどこかまだ、あどけなさが残っていた。
アイリは苦笑いをしながら髪の毛を押さえた。
母親がイギリス人で、その血を色濃く受け継いだがゆえ、日本人らしさがなく、金髪に碧眼という容姿であり、それで日本の学校では大分からかわれたが、こんなところで役に立つとは。アイリはこの髪の色にそっと感謝した。
もちろん、単純にその髪色が多いだけで、リオンルッツ人の全員が全員が金髪碧眼ではない。そう考えると、レビ青年には他意はないだろうが若干差別的な目で見られたのかとも思う。 余談だが、ビオレッタ人の髪の色は結構ごっちゃりしていて、茶髪に銀髪、赤毛も金髪もいる。ちなみにレビ青年は短い茶髪だった。
「それで、どうしてビオレッタに?」
レビはニコニコしながら尋ねる。
「あー…まぁ旅行かな。友達に会いに行くんだ」
適当に嘘をつく。
ビオレッタとリオンルッツは友好関係にあり、旅行者も多い。
しかし、友達なんて…。と思ってから、疑問が浮かんだ。
「なぁレビ…今年は新暦何年だっけ?」
「今年ですか? 新暦1996年ですけど」
それが何かと首を傾げる。
新暦1996年。
リラが死んだのは1993年だから、その三年後。
「……そうか」
(カムイ…)
前世の伴侶を想う。
リラの死から三年。彼はどうしているだろうか。
地球にいたときから、彼と自分の子供達を考えていた。
転生し、違う世界に生まれ落ちても、彼は妻であり母である。
そして、今こうして、前世の忘れ形見に会えるチャンスを得た。
何故自分がこの世界に来れたか、未だ不明だが、今はそれに甘んじる。
彼にとって本当の世界は、ここだから。
「レビ…この街で金を稼げる場所はあるか?」
今必要なのは金だ。
「路銀が足りなくてさ、少しばかり稼いで行きたいんだ」
「あぁ。なら街役場に行ってみたら良いですよ。街のギルドの依頼状も集まってますし、アイリさん強いから、すぐに稼げますよ」
レビは笑って答える。
「それと…こっからケネルにでるには、どれくらいかかる?」
「セイルからだと、馬車をつかってもだいたい、二、三日かかりますよ。うー、本来ならお送りしたいんですが、いかんせん、首都には行かないもので」
「いや、そこまでしてもらったら悪いよ」
「すみません。あぁそうだ! かわりにといってはなんですが、しばらくセイルにいるなら、知り合いの家に泊めてもらうよう頼んでみます。それとギルドへ紹介状も書きましょう!」
「え! いやそれは願ったり叶ったりだが、良いのか?」
「命の恩人ですからね。商人は金と恩は忘れません」
レビはニカりと笑った。だからアイリも、笑って、厚意に甘える。
相手の厚意は、受け取って、必ず返す。それが礼儀だと思っているから。
「ありがとう」
彼は笑って礼を言う。
携帯で書くと面倒臭いこと書きたくなくなるから、自分にとっては簡潔な文章がかけてます。
次話、調展開予定。