第6話 新婚生活と暗殺対象
「で、新婚生活はどうですかー?」
「なぁにを言ってんの」
婚姻から数日後。
凉花の日常はすぐに戻ってきた。
病院では、いつも通り働く凉花に驚くものもいたが、『忍者』の暗殺の仕事もこれまで通り回ってきて、なんなら久しぶりに重要人物の暗殺依頼まで来た。
仕事の相方である沙羅は平民の身分だが、凉花と共に『忍者』の修行をうけてきた姉妹同様の仲だ。
「結婚したんでしょー?」
「名ばかりのね」
「契約結婚っていうね。名家の令嬢ではよくあるけど」
凉花と沙羅は、黒い装束を身に纏い、病院の屋根の上に身を隠しながら、暗殺の対象者を監視していた。
「でも、相手は無表情の美貌の持ち主、優秀な軍人が集まる第一部隊の立河隊長。立河家の次期当主。すごいお膳立てじゃない」
「正直私も何でこうなったかわからない」
「世の中のご婦人方の泣き声が聞こえるわ」
「何も聞こえないね」
「強者の余裕よ、それ」
監視している対象者は動く気配がない。
沙羅の表情は見えないが、絶対に笑っている。
「にしても、『死神』と呼ばれる、冷徹かつ暗殺数最高の凉花が結婚なんてねぇ。しかも、暗殺対象に入っていない立河家ねぇ」
「まぁそのうち捨てられるのかもね」
冗談混じりに言うが、半分ぐらいあり得ると思っている。
後継者ができなければ、離縁されるだろう。
ただ、離縁されたとしても、暗殺能力を恐れられて、そのまま暗殺される可能性の方が高い。
暗殺されなければ、医者の能力と暗殺能力を駆使して、生きていけるかもしれないが。
「私が暗殺対象になったら沙羅にお願いしよ」
「ふざけたことを言わないで………対象が動いた」
凉花と沙羅は同時に苦無を手に構えた。
* * *
「立河先生」
昼間の病院。
廊下を歩いていると、見知らぬ男性に声をかけられた。
友好的な雰囲気を出している。
凉花は笑みを浮かべた。
「先生。先日は父がお世話になりました」
「いえいえ」
これまでも知らない人に声をかけられたり、お礼を言われることは時々あった。
多分、どこかで関わった患者だったり、家族だったりするのだろうが、いちいち覚えていられない。
中には暗殺した人の関係者もいる。
もう一種類、凉花に声をかける人物がいる。
「こちらを、先生に。父から感謝の手紙です」
「……ありがとうございます」
そう言って彼が差し出してきた小さな封筒。
紙の手触りでわかる。
表情をかえずに男と別れ、厠へと入り、封筒を開いた。
「……」
書かれた暗殺対象の一覧に目を通す。
その中で一人の名前に目がとまる。
「…所属…第一部隊…」
佳入の部隊に、暗殺対象者がいるようだ。