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第5話 作り笑いは嫌い


くだんの週末。

凉花は仕事を積み上げようとするも、院長命令を受けた同僚の医者達が凉花の仕事を全て(うば)っていき、果てには実家から病院まで迎えの者が来た。

ため息をつく間もなく準備が進む。

結納も祝言も座って作り笑いを浮かべているだけで、(とどこお)りなく過ぎ去り、気がつけば、着ていたはずの(しろ)()()は片付けられていた。


「はぁ」


()まっていたのだろう()(ろう)がどっと体にのしかかる。

早戸家の両親は笑顔で凉花を送り出した。

送り出したというより、たたき出したと言っても過言ではない。

一方、立河家の両親は()(げん)な顔をしながらも、事業のために早戸家の後ろ(だて)がほしいと、(かん)(げい)してくれた。

そして、今、凉花は用意された寝室で初夜の布団の前に正座している。


「……」


静かに引き戸が開き、浴衣をきた佳入が現れる。

凉花はそれを見て、頭を下げた。

(たたみ)とにらめっこしながら、表情筋を取り戻す。


「もう作り笑いはいいぞ」

「…ん?」


凉花が固まる。


「疲れただろ。(ちゅう)(かい)(にん)はいないし、もう休むといい」

「……」


凉花の隣を通り過ぎ、布団から離れる佳入。


軍学校で一緒だったとはいえ、凉花は佳入と話をしたことはない。

軍の地位も所属も違う。

ほぼ他人。

無表情の美男子。第一部隊の若き隊長。

様々な噂の方が、本人よりも強く印象に残っている。

そんな彼が、凉花の笑顔を見抜いていることが意外だった。


「その作り笑いはここでは必要ない」

「……いつから」


凉花は顔を上げて、体の方向を変える。

静かに佳入をにらみあげた。

そんな凉花に動揺しない佳入の(すず)しげな無表情は、余計に凉花をいらつかせた。

凉花の笑みは長年共にしていた早戸家の両親が唯一褒めるところだったというのに。


「いつから気付いていたんですか?」

「いつからもなにも」


佳入は気にしていないように、()()()の上で胡座(あぐら)をかく。


「最初から。俺は君の作り笑いは好きじゃない」

「そんなことは聞いていませんが」

「強いていうなら」


佳入は目を細めて凉花を見()えた。


「君はその方がいいと思う」

「……会話になってませんよ」


「俺の前で作り笑いはするな」ということらしい。

自分は無表情のくせに?

かといって、それをやめろとも思わない。

凉花は全てを(あきら)めて、話を変えることにした。


「結納でも話をしましたが、私は病院の仕事に日々追われています」

「ああ。知っている」

「基本的に家に帰ってくることはなく、多くの日を病院で過ごしています」

「そうだったな」

「つまり」


凉花は笑みを浮かべることなく、姿勢を正した。


「この家で夜を過ごすことはほとんどないでしょう」

「……」


佳入の黒い瞳が、凉花の真意を探ってきたかと思うと、立ち上がる。

そして、にやり、と意地の悪い笑みをうかべ、凉花を見下ろした。


「つまり、俺を(さそ)っているのか?」

「気味の悪いことを言わないでください」


ぴしゃり、と凉花は言い放つ。

もうとりつくる必要はない。

かといって、名家同士の結婚だから、(あと)()りの問題は遅かれ早かれ出てくる問題だろう。


「できることなら触れたくないですよ。でも……」

「それなら無理することはないだろ」

「……はい?」


佳入は布団に近づき、二組のうちの一組をつかみ、間を空けたと思うと、その布団の上に座った。


「俺は君に手を出すつもりはない。君は君がすべきことをする。俺は立河家の人間としてすべきことをする。それだけだ」

「それはありがたいですが」

「もし、手を出すとすれば、君がその気になったら、だな」

「そんなことはないです」

「だろうな」


それでいい、と言わんばかりに(うなず)き、彼は「おやすみ」と言って、一人布団に(もぐ)った。

その後ろ姿を(かん)()していた凉花だが、佳入が動かないことが分かり、静かに自分も布団に潜った。

警戒しているのは、軍の隊長でもある彼なら気付いているだろう。

試しに気配を消してみても、寝込みを(おそ)う、という()(ひん)な手を使ってくる様子もない。

凉花は慣れない布団で眠ることにした。

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