第4話 佳入との対面
仕事終わり。
廊下に人が少ないのをいいことに、昨夜のことを思い出す。
「はぁ」
まさか自分に婚姻の話がくるとは思わなかった。
自分はこのまま軍医をしながら、暗殺を重ね、いつか暗殺に失敗して、そこで生涯を終えるのだとばかり思っていた。
名家とはいえ、孤児院からひきとられた養女である凉花は、結婚したとしても暗殺先だと思っていたのに。
立河家は国を支える名家。暗殺先になり得ない。
血に汚れた手を持つ、孤児院出身の養女など、誰がもらってくれるというのか。
「こんばんは、早戸さん」
考え事をしていた凉花にかけられた、落ち着いた声色。
はっと足を止めて顔を上げると、月明かりに照らされた長身長髪の男がこちらを見ていた。
「立河さん……」
「お久しぶりですね」
さらりと流れる黒髪は、わずかに赤みを帯びていて、まことしやかに血吸いと恐れられている。
だが、『死神先生』よりましだろう、と凉花は思っていたし、佳入はそれを跳ね返すほどの美貌の持ち主だ。
「早戸家当主様から、婚姻の話は聞きましたか」
「面白い冗談なら聞きました」
「今週末が結納なので、一度挨拶をしておいたほうがいいと思いまして」
凉花は知っている。
この男は冗談を好む人ではない。
彼と仲がいい同僚が言う冗談でさえ、ピクリとも笑わない。
事実、目の前の男は表情を変える気配はない。
凉花はため息を飲み込んで、代わりに笑みを作る。
「どうやら、冗談ではないようですね。立河家からそんなお話をいただけるなんて、驚きました」
「立河家の方針です」
こちらも似たようなものです。
そう言いかけてやめた。
弱みを握られたくない。
なんとなく。
「立河家の発展と維持のためですから」
「……そうですね」
早戸家にとってもそうだ。
『忍者の奥義』を受け継ぐためには資金が必要で、早戸家の事業だけでは足りない。
そのためにも、何らかの形で資金援助が不可欠だった。
お互いの家に利益のある婚姻だ。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
佳入の無表情からは悪意や拒絶の感情は読み取れない。
こういう感情が読めないところが凉花は嫌いだった。
凉花は作り笑いを一層強めた。