第24話 夜中の甘酒
夢にでてきた縁側や庭と違って静かで暗い。
日が昇るまでにはまだ相当ありそうだ。
縁側に座り、暗い庭を眺める。
「はぁ」
脳裏にかすめるのは、荷物の中にある毒が入った小さな瓶。
決して強くはない、だが凉花なら、佳入と食事をする度に混ぜれば、いずれ殺すことができるだろう。
毒を混入させる隙はあった。
だが、しなかった。
その理由を凉花は説明できなかった。
「八方塞がりか……」
たとえ、この毒を使って凉花が殺したという証拠がなくても、何も知らない周囲や世間は『死神先生』である凉花のせいにするだろう。
そうなれば、凉花は怪しまれるし、いずれ『忍者』であることもわかる。
今は民衆の間で密かな伝説として噂される程度のものが、表に知られてしまう。
それは『忍者の奥義』から反するのではないか。
「凉花さん」
「佳入さん……」
結論のでない思考に飲み込まれそうになる。
隣に人の気配があり、見上げると佳入が湯飲みを二つ持って立っていた。
「落ち着いたか?」
「え、ええ……」
許可もしていないのに、凉花の隣に座り、二つのうち一つの湯飲みを差し出した。
「…甘酒を持ってきた」
「あ、ありがとうございます……」
気がつけばその湯飲みを受け取っていた。
悪夢と夜風で冷えた手が暖まる。
甘酒特有のまろやかな香りが鼻腔をくすぐる。
「いただきます」
よく知る甘酒。変な味はしない。
暗殺に気付いた佳入が凉花の甘酒に毒を入れた可能性もあるが。
例えそうだとしても、暖かい甘酒が安心感を与えてくれた。
ちらり、と隣を見ると、佳入も静かに甘酒を飲んでいた。
「落ち着いたか?」
「はい」
「随分とうなされていた」
「起こしてしまってすいません」
「いや、構わない」
二人の声色は静かな夜の空気に溶け込んで消えていく。
「俺でよければ話をきくが」
「いえ、お聞かせするほどの話ではないので……」
まさか自分自身が殺される夢だとは思うまい。
それに佳入なら、自分が本当に暗殺対象なのでは、まで考えが至りそうだ。
二人に沈黙の時間が漂う。
「…以前より疑問だったのですが……」
空になった甘酒。
悪夢に引っ張られもやのかかっていた頭が回り始める。
他の人が起きてくるような気配はない。
空になった湯飲みの底をみていると、今は聞いてもいいかもしれないという邪心が顔を出す。
「佳入さんは、どなたから『忍者』の話をきいたのですか」
「ん?ああ……」
気の抜けたような佳入の声が返ってくる。
「軍に母方の叔父がいて、懇意にしている。そこから裏切り者の件と共に聞いた」
「軍の中……」
「といっても、俺が隊長だから教えた、という雰囲気だった。軍全体の動きではない」
「でも、軍がそのことを把握しているということですね」
「それもどうかわからない。確かに叔父は総隊長の下につく副総長の一人ではあるが、個人で動いているようにも思う。軍としては手を出す予定はなさそうだ」
どうだか。
優秀な隊長といえど、どこまでの情報を把握させられているのかはわからない。
少なくとも唯一『忍者』に対応できそうな、優秀な人材が集まる第一部隊は“まだ”動いていないというのが事実だろう。
「そうですか」
養父が言っていた。
―――「最近軍の関係者が『忍者』についてこそこそ嗅ぎ回っているという情報もある」
凉花は静かに察した。
「…今度、出かけるか」
「…はい?」
突然の佳入の提案に凉花は疑問を浮かべる。
情報収集?あるいは関係者との密会?何の話だ?
「同僚から睡蓮が咲くという庭園を勧められた。今度の休日、どうだろうか」
「は、はぁ……」
真面目な話をしていたのは凉花だけだったらしい。
かといって断る気にもならない。
暗殺する機会は多い方がいいし、毒を入れたりするのも容易だろう。
「…いいですよ」
やっぱり暗殺対象者であることを言うのはやめようと思った。




