第21話 お気に入りの場所
数日後、二人は海を眺めていた。
波の音と潮の匂い。
目の前に広がる青い視界。
佳入は軍服ではなく私服の洋服を身に纏っていた。
凉花は少ない手持ちを取りだそうとしたが、強制的に着せられたのは洋服。
薄い桃色のワンピース、というもの。
なぜか、佳入が持ってきた。
「あの…こんな格好で目立ってないですか?」
「ほう、目立つか気にするのか」
「まぁそりゃぁ」
凉花は目立つのを好まない。
それは仕事柄からか、早戸家に引き取られた孤児だからなのか。
「他の『忍者』に見つかることが嫌か?」
「…そういうことにしておきましょう」
どれだとしても目立ちたくない。
「にしても、こんな服……いつの間に用意したんですか…」
「先日」
「私の好みは無視ですか」
「殺されかけたんでな」
ちらり、と凉花が佳入を見ると、口元が弧を描いていた。
それによく聞くと喉の奥で笑う、低い音が聞こえる。
決して先日のことを怒っている訳ではないらしい。
むしろ楽しんでいるのかもしれない。
何が楽しいんだろうと、他人事のように呆れる。
洋服を着ているせいか、落ち着かないし、彼の考えていることがわからない。
「洋服を着たのは初めてです……」
「好みが分からんだろうから、こちらで選ばせてもらったんだよ。よく似合っている」
『似合っている』だなんて。
着物でも言われたことはなかった。
凉花には返す言葉がとっさにでてこなかった、そんな自分にも嫌気が差す。
「でも、いただく訳には……」
「君はもう立河の嫁だから、こういうことをしておかないと角が立つ」
「それに」と彼は肩をすくめた。
「結納以来、君には物を送っていないからな」
「そんなことで私は機嫌が悪くはなりませんよ」
むしろ放置しておいてほしいぐらいだ。
「世間体っていうのがある」
「……大変ですね」
嫌みの様に言った凉花の気持ちをくみ取ったのか、くみ取っていないのか。
彼は苦笑しただけで、何も言わなかった。
二人の間に沈黙が漂う。
初めて海に来たのに、妙に波音が耳に突き刺さる。
「それよりも、なぜ突然海に?」
「この景色を見てもらいたいと思って」
佳入の目線は柔らかく宙を飛び、海面が描く水平線にぽとりと落ちる。
無表情の噂はうそだと思うぐらい、ころころと表情が、雰囲気がかわる。
「海をみていると、空回っていた思考が落ち着く…だから、休日は時々ここに来ているんだ」
「お気に入りの場所なんですね」
「だから、君にも気晴らしにどうかと思って」
いつもと同じ声色なのに、どこか柔らかい。
知らなくていいものを知った気がして、凉花も水平線へと目を向けた。
その水平線を、外国の船が横切っていく。
「あれが外国船……」
「ああそうだ」
川を下る小さな船は何度か見たことがあった。
しかし、外国船はそれと比べて随分と豪華で大きい。
この外にある国は、ここより海を越えた先にあるのだという。
外はもっと多くの国があると聞いている。
凉花の知っている世界は、それに比べるとかなり小さいのだろう。
「この国はちっぽけだ。それなのに争いが絶えない」
ぽつり、と佳入が呟く。
その言葉に対して凉花は何も答えることができなかった。
凉花の暗殺という行為は大きな争いを少なくするための方法だと昔教わった。
本当なのか確かめるすべもなく、でもそうだと強く信じる。
先日も、奈須を殺すことで今後予測されていた第一部隊の内部崩壊は避けられたはずだ。
予測や予想しかできない以上、事態を悪化させる確率を下げるしかない。
やっていることは、凉花も佳入も方法が違うだけで、目的は同じだ。
「この国を守るのは男の役割だと思っていた」
馬鹿にしているのか、と凉花が佳入を見上げると、寂しげな瞳でこちらを見下ろしていた。
「女性は内側から家を守るのが役割だと。だが、君をみていて、そうではないと思うようにしていた」
「哀れんでいるのですか?」
「いや」
佳入の手が凉花の頭に乗る。
暖かな手のせいで、頬が熱くなる。
「これは俺の想い、希望。君にはきれいな仕事だけをしていてほしいと願ってしまう」
「なぜ?」
「危険に合わせたくない」
それがどんな思いなのか、凉花は理解ができなかった。
「俺は君に暗殺をさせたくない」
顔が熱いせいで、もっとよく分からなかった。




