第17話 静かな戦い
「ッ……」
突然二人の前に現れた男は、声を発することなくそのまま息の根を止めた。
正確には止められたといったほうが正しい。
凉花の手にある苦無の切っ先は男の心臓を捉えていた。
「本当は……」
凉花は苦無伝いに男の体を支えながら、反対の手で巻物を取り出した。
「我々の力をみたものは全員暗殺対象者です。死人に口なし。そうして私達の『奥義』は守られてきました」
「……」
ちらり、と凉花が佳入をみると、彼は戦闘態勢のまま、固まっていた。
いつも無表情の佳入の目がわずかに見開いている。
まるで目の前のことが信じられないかのように。
「佳入さん?」
「あ、ああ……」
「あなたが死んでいないのは、私の反撃をその手で止めたからですよ」
話をしながら、凉花の手は止まらない。
男の頭から巻物を地面まで落とす。
男の体と地面の間に布が広がっていく。
「本当は消されるべき人です。でも、私の反撃を止めた、そして、私の夫であり第一部隊の隊長でもある。それらの理由で、あなたは私に殺されずに済んでいます」
「……心しておこう」
「そうですよ。むやみに女性に声をかけてはいけません。しかも気配まで消して」
凉花は佳入に微笑みかけた。
凉花の予想通り、佳入は思い切り眉間に皺をよせ、不機嫌な顔をした。
それを内心面白いと思うあたり、凉花は変わっているのだと思うし、かわいくないところなのだろう。
「それは……どうするんだ?」
「回収してもらいます」
凉花は手際よく、巻物が広がってできた敷物で男を包んでいく。
最後に男の顔を隠す手ぬぐいをとった。
「なっ……」
小さく後ろの佳入が息をのむのがわかった。
凉花は表情を変えずに、しかし、確実に捉えた。
男が己の持つ暗殺対象リストに入っている人物であることも理解した。
「……さて、佳入さん。今から死体の回収が始まりますが、これ以上知らない方がいいです。こちらに背を向けて、目を閉じて、動かないでください」
「こうか?」
案外素直に言うことを聞いてくれるものだ、と凉花は軽く驚く。
一方、佳入は死体と凉花に背を向け、通りに体を向ける。
こうも素直に“敵”に背を向けるのか、と驚きは呆れに変わった。
「……念のため、目は覆わせてもらいます」
凉花は自分の手ぬぐいで佳入を目隠しするように手を伸ばす。
「それぐらい、自分でしよう」
伸ばした凉花の手に佳入の手が触れる。
その暖かさに一瞬手がこわばった。
その間に佳入が凉花の手ぬぐいを奪っていき、自分の頭の後ろで結ぶ。
「これでいいか?」
「…はい」
手ぬぐいはきちんと佳入の目を覆っているように見えた。
今なら殺せるかもしれない、とあらぬ方向に思考が流れるのを思いとどめる。
「…殺すか?」
「え?」
「今なら俺を殺せる」
「……いえ」
思考が読まれていた。
あるいは、凉花から殺気を感じたのかもしれない。
まだまだだなと凉花は頭を振る。
「死体が増えるのは面倒です」
「そうか」
くくっと喉の奥で笑うのが聞こえた。
ちらりと見上げた佳入の口元は弧を描いていた。
笑っている……?
あの無表情で有名な第一部隊の隊長が?
無表情の美男子が?
凉花には、佳入が何に楽しさを感じているのか、本当にわからなかった。
彼も凉花と同じで、変わり者なのかもしれない。
『シュパッ』
凉花は佳入に背を向け、夜空に合図を送った。
それは『忍者』の仲間を要請する合図。
すぐに二人ほどの黒い服に身を包んだ仲間が屋根から降りてくる。
「通りで襲われたから、殺しました。対象者です」
「ご苦労」
布でくるまれた中身を確認することなく二人は持ち上げた。
うち一人の目線がちらり、と佳入に向くのがわかった。
「関係者です。問題ないかと」
その目線が佳入の頭に巻かれた手ぬぐいを確認している。
凉花は淡々と言葉をつなぐと、全てを理解したのだろう、一人が頷いた。
挨拶もなく、二人が闇夜に消えていく。
凉花は小さく、しかし深く息を吐いた。
もう少しで面倒なことになるところだった。
振り返って背中を向けて棒立ちの無防備な佳入を見た。
暗殺するなら。
いや、佳入を殺すなら。
先ほど捕まれた手の力を思い出した。
暗殺ではなく、戦って勝って殺したい、と思った。




