第1話 死神先生と呼ばれる理由
軍の医者が働く病院では、今日も多くのけが人が運ばれていた。
人の流れを縫って、凉花は無表情で目的の場所へと進む。
「『死神先生』だ……」
「『死神先生』よ」
「『死神先生』のご登場かぁ……」
周囲からのささやき声はいつものこと。
堂々と、微笑みを崩さず、足早に歩いて行く。
「失礼します」
自分が担当する部屋に入ると、そこにはすでにけがを負った多数の軍人がいた。
けが人は、凉花の名前を見ると一瞬顔が引きつる。
『死神先生』の噂はここまで届いているらしい。
凉花は気にすることはなく、きれいな笑みを浮かべた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「お名前と症状を教えてください」
名前と症状を聞いた凉花は、次々処置の指示を出していく。
その笑みが崩れることはない。
帰宅を指示される者。
入院を指示される者。
ある者は絶望の表情を、ある者は安堵の表情を浮かべた。
「せ、先生……私は、治りますか?」
凉花は安心させるかのように男に微笑みかけるのだ。
「善処します」
* * *
「失礼します」
人気のない廊下を歩いていたところで、声をかけられた。
小柄な男がこちらを見上げ、小さな紙を差し出していた。
凉花は何も言わず、無表情でその紙を受け取る。
「よろしくお願いします」
逃げるように去って行く影。
それを横目で追ってから、ちらり、と紙を覗いた。
いつも通り、最低限の指示。
暗殺対象者の名前が羅列されて、最後に『忍』の丸印がある。
「……」
この国には『忍者』がいる。
一般的には現在いないとされているが、凉花の実家 早戸家は『忍者の奥義』を継ぐ家だった。
凉花を孤児院から引き取った早戸家は、凉花に勉学と『忍者の奥義』を教え込んだ。
そうして凉花は軍の医者になったと同時に、『忍者』として暗殺に関わっている。
「早戸先生?」
「はい」
後ろから声をかけられ、すぐ無表情を笑みに変える。
振り向けば、別の医者が焦った顔で走り寄ってくるところだった。
「先生の患者さんの様子がおかしくて……!」
「今いきます」
思い当たる節がある。
多分、二週間前に入院したあの人だろう。
暗殺者リストに名前がある、あの人。
「お願いします」
『死神先生』と呼ばれる理由は凉花が担当する患者は大きく二分されることにある。
五体満足で元気に治療を完了する患者と、命を落として病院から帰れない患者に。