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第五話

 結論から言えば、私は「生き返って」正解だったのかもしれない。


 意識が目覚めると、薄闇の中にいた。

 今回はあの時のような完全な暗黒ではない。

 ただ、部屋の電気が消されているために暗いだけだった。

 カーテンの隙間から見える空は少し白みつつあり、おそらくそろそろ日の出なのだろう。

 ベッドからそんな空を見るのは何年振りだろうか。

 言うて年ぐらいかもしれない。


 …日の出?

 今はいつだ。

 いやいつでも関係ない。

 夏だとしても、この明るさの時はすでに駅に着いていなければいけない時刻のはずだ!


 慌てて飛び起きようとして、やっと私は今いる場所が自宅の部屋ではなく、病院のベッドである事を認識した。


 医療ドラマでしか聞いた事がないような、ピッ…ピッ…という心電図の電子音が耳に届く。

 腕には管が刺されており、その先に繋がった薬液のパックから少しづつその中身が入ってきている。


 ベッドを仕切るカーテンは見当たらない。個室なんだろうか。

 そんな部屋に入院できるお金あったかなあとか考えていると、ベッドの横の椅子でうつらうつらと船を漕ぐ女性の姿が目に入った。

 母の姿だった。

 実家から来てくれていたのか。


 暫くすると病室の扉が開かれた。

 そこには小さいビニール袋をぶら下げた父の姿があった。

 買い出しにでも出てたのだろうか。

 彼は状態を起こしている私の姿を見て硬直していた。


 …まあ、私は死にかけていた。というか一時的にはたぶん死んでいたのだから。それもそうか。

 そして父は私の名を呼び、手に持っていた物をごちょりと落とした。

 割れ物がなければ良いが。

 そして、私に駆け寄り涙を流して私の生還を、実は文字通りの「生還」を、喜んでくれた。

 その騒ぎで母も目覚め、彼女も涙を溢れさせた。


 …あの時、私が安易に「転生」を、死を選んでいたら彼らを悲しませたままだったのだろう。

 あの「近代化」された地獄において親不孝で賽の河原へ飛ばされる事は無いかもしれないが、まあ、避ける事ができる悲しみを避けられたのなら、それが一番なのかもしれない。


 私は一週間ほど昏睡していたらしい。

 尤も、危険だったのは最初の日のみで、それ以降は意識さえ戻れば後は大丈夫という具合だったそうだ。

 運び込まれた当初は、もはや手の施しようがないと思われていたようだが、いつのまにか、何故か傷が塞がり、神経が繋がり、骨が治っていたのだという。

 まさに「奇跡」としか言いようがない現象がここに起きていたのだった。


「奇跡」が起きていたのは私の体だけではなかった。

 なんと、私の勤め先は、私が死んでる間にあっちも死にかけていたのである。ざまあみろ。

 どうやら、件のケチ臭い会長は先月死んでいたそうなのだが、そこから生前の悪行が出るわ出るわで、地上げ、談合、天下りの斡旋、脱税、贈賄、偽証罪、風説の流布、粉飾決算、インサイダーとどこかで聞いた事のある罪状がザクザク堀起こされ、司法八法から袋叩きにあい、株価は連日断崖を削り、一応倒産まではいかないものの、むしろ倒産すらさせてもらえず、全ての業務が止まり生ける屍となっているそうな。

 そんな状態なので、もはや怪我した社員一人に構う暇はあれども余裕がなく、私はゆったりと体の回復を待つことができた。

 しかも、ちょっとでも見てくれを良くしたいのか退勤後の私の事故を労災と認め、休暇と見舞金を出してくれたのだ。あの会社が。


 まあ、私はもう既に退職の決心を固めていたのだが。貰うものは貰ってから去るとしよう。


 事故の発生から、ひと月ほどの時が経過した。

 怪我は痕が残る事もなく無事に完治し、両親は安心して故郷に帰った。

 私は退職代行を使って赤西産業開発株式会社に辞表を叩きつけた。思ったよりは気楽だった。

 今、私は新たな生活を始めるべく、改めて職を探しているところである。


 そして、今日、たまたま、偶然、あの時、あの晩、私が事故に合わせさせられた横断歩道の所にいる。

 正直、生き返ったとはいえ、ここにはトラウマしかないからあまり近づきたくはなかった。

 しかし、今日はここに来なければならない気がした。


 そこにはトラックがあった。

 側面には青魚の姿が描かれており、青花水産という文字が書かれている。


 運転席の窓が開く。

 中には中年の男性の姿がある。

 そして、彼は「あの」特徴的な訛りで私に話しかけた。



「お久しぶりです。閻魔庁の再編が終わりまして、地獄の業務が再開されましてん。今からでもご案内できますが、如何します?」


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