第四話
「話を色々脱線させてしもて偉うすんません。ここからが木瀬さんにも関わって来る話になります」
ふむ?
もはや何にも驚く気がしないが、自分に関わるとはどういう事だろうか。
「さっき「魂」の数が少ないとは言ったと思うんですけども、足りないならどうするかって話なんですわ」
…なんか嫌な予感がするな。
北峰さんを見るとさっきまでの軽妙な雰囲気が消え失せて、深刻な顔になっている。
これが「検事」の顔なんだろうか。
「本当に、本当にあってはならない話なんですが。閻魔庁の職員が、浄玻璃の鏡を勝手に使って現世の人間を測定して、都合の良さそうなのを見つけたら「こちら」に連れ込んでたという事が発覚しまして」
は?
「つ、つまりそれって…?」
思わず声が上ずる。
「はい、獄卒が現世で人間を殺してたんです」
再度、死の直前のフラッシュバックが蘇る。
そして、そこにある違和感に気づいた。
ある「音」がないのである。
タイヤの擦過音や吸気口奥のエンジン音、信号の光すら記憶に残っているのに。
「ブレーキ音」の記憶が無いのである。
つまり、あの交通事故は事故ではなく、意図された物である…。
と、推理小説ならそういう展開になっていてもおかしくない状況なのは確かだ。
「そして、その回収した「魂」を本来の地獄の裁きを通過させる事なく、先の社の仲介で直接異世界に送り届けてました。そして、その謝礼を社は全て受け取り、獄卒には社からその成果に応じて報酬が支払われていた。これが「キックバック」の正体です」
そして、北峰検事は私が想定した物とほぼ変わらぬ事実を私に告げた。
「木瀬さんもこれの被害者です」
開いた口が塞がらない。
なんという鬼畜の所業。いや鬼なんだが。
「そ、それは確かに地獄も止まるという物ですね…」
「全くです。主犯の獄卒自体は捕まえましたし、社にも強制捜査が入りましたが、閻魔庁の一体どこのどこまでがこれに関わっていたのかが不明で、もはや、先に贈賄で捕まっていた閻魔大王が一番白色に近いとかいう有様。おかげで三途の川はそろそろ船で橋がかかりそうな塩梅です。さりとて極楽の門を全開にして「死ぬなら今!」と呼びこんだら今度は極楽がパンクしますので、死者にはそこで待ってもらうしかなく。なんなら現世で仮死状態で待ってもらってる方もいます。なんで今は死んで貰ったら困るんです」
北峰さんがハァ〜っと深いため息とつく。
「ご理解いただけました?」
「は、ハァ。おそらくは…」
もはやそう答えるしかない。
「なので木瀬さん。この度は大変ご迷惑をおかけしました。彼岸一同心よりお詫び申し上げます」
と言って北峰さんは深々と頭を下げた。
「ああ、いえ、大丈夫です」
元の体が死んでる以上、全く大丈夫ではないのだが。
というか、謝罪よりも聞きたい事がある。
「それよりも北峰さん。私は一体どうなるのでしょうか?」
とりあえず、なんかとんでもなく、かつくだらない陰謀に巻き込まれた挙句死んでしまったのはわかった。
わかったが、これから私はどうなるのだ。どうすればいいのだ。
「生き返って頂きます」
彼はさらりとそう言った。
「い、生き返るって。生きに返るって事であってますか?」
「他になんの意味があるって言うんですか。別に私らは運命とかそういうのを定めてる訳でもありませんし、今回に至っては完全にこちらの落ち度です。今、現世のあなたの体は事故現場近くの病院の手術室に運ばれて治療を受けている真っ最中です。音はヤバい感じのが鳴り響いてますが。そこにあなたの魂を還し、肉体もちょっと良い感じに戻しますので、それで元の生活にお戻りください」
…元の、生活か。
普通はありがたい話なのだと思う。
文字通りに確率的にもありえない話であるとも思う。
しかし、それで戻って来る生活があの味気なく、光量的にも暗い日々かと思うと、正直、気分が晴れるものではなかった。
きっかけはともかくとして、そして実態は結構俗に汚れているっぽい物であるとしても、実際に「異世界転生」があると知れた以上、その機会から離れるのは、少し惜しむ心がある事を否定できなかった。
件の獄卒が、何故その「転生」の取引で私を調達しようとしたのかはわからない。
しかし、私が商品になると考えたのはおそらく事実だ。
ならば、北峰さんに頼み込めば「本来のルート」の転生の列に入れて貰う事はできるんじゃないだろうか。
どうするべきか。
今こそが、何かを変えるべく、その一歩を踏み出すべき時なのではないだろうか。
私はここまで考えて、
しかし、結局何も言う事ができなかった。
私は、恐れたのだろうか。
異界で辿る新たな生を。そして、そこでも結局何も変わらぬかもしれぬと言う事を。
私は、惜しんだのだろうか。
あまり良い事がなかったとしても、それでもこれまで辿ってきた二十数年を。そしてこれから辿る数十年を。
それとも、ただ、私に度胸が、決意が、覚悟がないだけなのだろうか。
結局、私は答えを出す事ができなかった。
そんな私の内面を知ってか知らずか北峰さんが告げる。
「また別の機会でお会いする事もあると思います。それがどれだけ先の話かわかりはしませんが。それでは、木瀬さん。お元気に」
その言葉と共に、
私の意識は再び闇に落ちた。