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▼第六十四話「破壊と崩壊の化身たち」メンネフェル大神殿編⑰




 メジェドらは再び十狼頭ドゥスウルトゥの大邸宅に戻ると、全員で池に飛び込んだ。ドゥスウルトゥの娘サリスがメンネフェル美少女大賞に出場するとあって、家人を引き連れて応援に繰り出していたため、警備はざるであり、穏身術の使い手たちにとっては、なんらの障害もなかった。空中に浮かぶ炎の隼は、メジェドの指示で、メンネフェルの住人たちに、避難勧告を出していた。ラーの化身と誤認する人々は、その勧告に素直に従い、みな市街地から一斉に逃げ出した。

 一同は水中で呼吸できる魔道具を口に咥えつつ、池の下部から地下水脈を遡っていった。当然のことながら、地下水脈にはなんの明かりもなく、武功の未熟なものにとっては危険極まりない。方向感覚があっという間に失われるばかりか、上下、天地すら不明になるほどである。また水温も冷たく、体力を蝕んでいく。が、第六位階ディラが気感を駆使して先導し、続くマスダルの生徒らもこれをよく捕捉した。


 そしてメンネフェル大神殿の地下、地底湖の岸辺に四人は上陸した。あたりは静寂と闇に覆われており、耳が痛くなるほどの無音である。神殿長ジャルエルドがどこにいるのかがわからないため、明かりも付けず、隠密に行動せねばならない。また、この地底湖から歩いて数分の距離に、あの巨大ミミズ・シュルマトがいる。どれだけ用心してもし過ぎることはない。四人は、息を潜めながら、百宝奇嚢の中に地底湖の水を大量に収納した。


 そして宝物庫の壁の裂け目に到達すると、メジェドは弓を構えた。矢の先端に、綱の付いた百宝奇嚢をぶら下げている。


 周囲が無音なだけに、心臓の音が、いやにうるさく響く。呼吸が荒くなり、手が痺れる。これから自身の起こす破壊的な天災を想うと、躊躇いすら覚える。しかし、メジェドは(かぶり)を振り、雑念を払った。——僕が、やるんだ。僕しか、やれないんだ。アヌビスくんを助けられるなら、僕は、悪名を甘んじて、背負う。

 そして、深呼吸し、心のざわめきを抑えると、手の震えが収まった。


 地獄に落ちる覚悟が、出来た。


 そして、メジェドの武功・銀雨鳥絶飛弓ぎんうちょうぜつひきゅうのなかでも、最も命中精度の高い技・<止水飛天(しすいひてん)>が、シュルマトに向かって、ほとんど無音で放たれた。それはとぐろを巻くシュルマトの中央に刺さり、百宝奇嚢の中から、大量の水があふれ出た。


 ミミズは、雨が降ると、地中から地上へと這い出る。メジェドは、その習性を、巨大ミミズであるシュルマトも持つ、と仮定していたのだ。


「頼む、動いてくれ……!!」


 一拍ののちに、シュルマトは激しくのたうち回った。その振動は、巨大地震かと思うほどの揺れであり、地上の大神殿も、あちこちが軋み、揺れた。地底湖にも大波が立ち、さらに地下空間上部から岩がいくつか地底湖に落ち、巨大な水柱を立てた。そしてシュルマトは、天上の岩をいとも簡単に食い破り、物凄い勢いで地上に向かって行った。それは封じられし悪神の目覚めである。


「やった!!」とディラが叫んだ。そして急いで綱を握り締めた。四人は綱とともに、地上に舞い戻った。



 山のように巨大な闇の狼が、廃墟と化した大神殿の中央で、巨大ミミズ・シュルマトの頭に思い切りかぶりついた。総重量何十トンというシュルマトを咥え、セトは振り回しながら噛み千切ろうとする。シュルマトは身をくねらせて抵抗し、その巨体を縦横無尽に動かした。すでに徹底的に破壊された神殿の名残である巨石が、シュルマトの身体に跳ね飛ばされ、それが大砲のようにメンネフェル中に降り注いだ。街には逃げ惑う人々で溢れ、瓦礫の雨が建物や道路に深々と突き刺さった。

 シュルマトが暴れるにつれ、大神殿がさらに瓦解し、莫大なる砂埃をあげた。メジェドがあらかじめ避難指示をしておいたので、民衆の被害は出なかったものの、もしそうしておかなければ、何万人もの人命が失われていただろう。それほど怪物同士の争いは凄まじい。巨石建築ですらも砂の城かのように易々と破壊され、第九位階同士の対決が天変地異の規模であるということを、改めて実証しているかのようであった。

 シュルマトは光を放ち、大地が鳴動した。そして、マグニチュード10の巨大震災が神殿直下で起こった。大地が地鳴りを起こしながら、激しく揺れ動き、大神殿はおろか、アヌビスらの泊まっていた迎賓館ですらも崩壊し、豪奢な内装も、華美な調度品も、すべてが砂埃のなかに消えていった。兵舎も崩れ、幹線道路も裂け、すべてが瓦礫になっていく。人類の叡智の結晶であるメンネフェルの文明社会は、為す術のない破壊の只中にあった。

 セトはすべての力を込めて天に向かって吠えた。その音声(おんじょう)は次元を超えた場所から届き、巨大震災の莫大なるエネルギーを霧散させるべく、力と力が衝突した。激しい閃光が地中から溢れ、衝撃波が辺りの建築物を根こそぎ破壊していった。焦土である。人々の営みは、破壊と崩壊の化身たちによって蹂躙された。それは立ち向かうことさえも考えられぬ、災厄そのものであった。地下空間はこの巨大エネルギーに耐えられず、すべてが土砂の中に埋まっていく。



 そのとき、粉々に破砕された大神殿跡地の宙空に浮かんでいた闇の球の内部から、魔炎と赤き雷が噴き出した。

 そして、闇の球から、二人の少年が新生するようにしてこの世界に戻ってきた。


 崩壊した世界の空中で、アヌビスとウプウアウトは、瓦礫の山々や破壊されつくした街並みを見て、戦慄し、時が止まったかのように感じた。


 そのとき、懐かしい声がした。


「アヌビスくん!! こっちだ!!」メジェドが崩壊した瓦礫の陰から叫んだ。

「いま、どうなってる!!」とアヌビスが叫んだ。

「シュルマトが溺れるほどの水をぶっかけて、地中から地上へとおびき出した!!」

「イカレてるなお前!!!!」とウプウアウトが言った。


 二人は、もはや神殿であったとは信じられぬ、柱や壁であったものの残骸のなかに着地した。


「さあ、逃げよう!!」とメジェドが二人に手を差し伸べた。


 しかし、ウプウアウトの顔は暗い。何かに思い悩んでいる顔をしている。


「どうしたの、ウプくん。さあ、行こう」とメジェドが催促した。時間の猶予など、ありようはずもない。

「……悪い」とウプウアウトが言った。

「えっ?」


 ウプウアウトは顔を上げた。その顔には、もうなんの迷いもなかった。


「俺はここに残る」


 マスダルに戻り、アヌビスらと楽しく暮らす生活も、身が裂かれるほど魅力的であった。頭では、そうしたいと望んでいるのだ。アヌビスが弟と判明した以上、兄としてもはや分かちがたいほどの親密さを感じている。この快い仲間たちとも、離れがたい。


 しかし、ウプウアウトの心は、魂は、父を理解したいと願っていた。

 父を知り、理解したうえで、憎むかどうか、判断したかったのだ。


「お前ならきっとそう言うと思った」とアヌビスは寂しそうに笑った。

「弟よ、元気でな」


 ウプウアウトは、アヌビスを抱き締めた。


「お前もな。殺されるんじゃないぞ」

「馬鹿野郎、俺が簡単に死ぬわけないだろう」

「また絶対に会おう」

「もちろんだ」


 事情を知らないメジェドらは混乱しているが、もはや猶予はない。


「もたもたするな、時間がない!!」とディラが怒鳴った。


 そのとき、瓦礫の山から、噴火するかのように、岩の破片があちこちに飛散した。中から出てきたのは、血まみれになった銀面剣龍ウォルギルヴルである。


「待て、これは貴様らの仕業か!! 逃がさんぞ!!」


 全身に激しい打撲があり、骨も何本か折れているとはいえ、さすがはメンネフェルの将軍である。気丈さは天下一だ、とアヌビスは舌を巻いた。


「ここは俺が引き受ける。さあ、行け!!」とウプウアウトが言った。

「ありがとう、兄さん!!」


 そのとき、インプトが手製の煙幕弾を投げた。


「煙幕ごときで俺の気感が誤魔化せるかよッ!!!!」

「お前の相手は俺だ!!」


 第四位階になったウプウアウトが、赤き雷を呼び、ウォルギルヴルの行く手を阻んだ。


「小癪な!!」


(つづく)

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