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▼第四十一話「銅板と魔炎」




 取引を了承したディラは、子供たちを介抱した。まずインプトの身体から鍾乳石を抜くと、出血を防ぐために内功で血流を圧迫しつつ、火吹き蜥蜴(サラマンダ)の肉を薄く切ったものを湿布のように傷口に貼って処置した。幾多もの苦境を乗り越えた武人らしく、こういったことの対処には慣れ切っているようだった。平らな場所にインプトを寝かせてやったのち、今度は火吹き蜥蜴の血を飲ませた。この血には、多分な内功と薬効が含まれており、低位階のインプトらには、非常な効き目がある。ディラは地底湖のほとりで倒れているレンシュドラにも同様に手当てしてやった。


「お前も飲んでおけ。傷が速く治るぞ」とディラが言った。「お前にはこれから大仕事が待っている。だから、肌をきれいにしておけ。せっかくの造詣が台無しだぞ」


 アヌビスはどういう意味なのかよくわからないまま、その血を飲んだ。しかし、その直後に喉を抑えてのたうちまわった。とにかく熱く辛かったのである。唐辛子を煮詰めたような、燃える辛味があった。アヌビスは口を大きく開けて、舌を出してひいひいと苦しんだ。胃が、燃えるように熱くなり、全身の血流が速くなるとともに、発汗が始まった。「よし、効き始めたな。さっそく運気調息をしろ。傷がすぐに治るはずだ」とディラに言われるがままに、アヌビスは運気調息を始めた。


 ウプウアウトとメジェドは目を覚まして、混乱していた。火吹き蜥蜴を倒したあと、なぜか意識がない。それで、起きたら謎の黄緑色のショートカットの仮面の女がてきぱきと子供たちを介抱しているのだ。いったいどういうことなんだ?? ぼーっとしている二人に、ディラは蜥蜴の血を勧めた。「起きたか。お前たちも火吹き蜥蜴の血を飲んでおけ。滋養がある」自分で昏倒させておいて、面の皮が厚い女である。二人はこの女が誰だか分らぬまま、指示に素直に従った。そして、辛さにのたうち回った。二人は座禅を組み、目を閉じて運気調息をした。


 やがてレンシュドラも目を覚ました。全員無事であることを確認すると、ぼろぼろと泣き始めた。


「ボクの金なんかのために、誰か死んでしもたらと思うと、怖くて怖くてたまらんかったんや」


 アヌビスはレンシュドラの肩を抱いてやった。


「話を持ち掛けたのは俺だ。お前じゃない。だから気にするな。それに、俺も同じ理由で震えるくらい怖かったよ」


 インプトは血を飲んで数分後に、咳き込みながら目を覚ました。まだ傷口は塞がっておらず、呼吸が苦しく、顔がゆがむ。また、火吹き蜥蜴の血を飲まされたがために、喉に異常な辛味まである。目覚めた瞬間に「辛い」と「痛い」とが、どちらも最高潮の強さで押し寄せてきて、インプトはパニックに陥りかけた。


「インプト。落ち着け。大丈夫だ。傷を塞ぐために運気調息をしろ」とアヌビスがインプトの目をじっと見ながら言った。インプトは最初怯えたような驚いたような顔をしていたが、アヌビスの目を見るなり、その暖かさを感じ、不思議なほどに落ち着いた。インプトは言葉を発することもなく、頷いた。まだ状況は把握できないが、アヌビスの言う通り運気調息をした。アヌビスもそれを見て安心し、また運気調息の続きを行なった。


 こうして二時間ののちに、五人は運気調息を終え、一命を取り留めた。怪我の功名というべきか、それぞれが血の薬効を吸収し、一様に内功を増やし、修為が進展したのは幸いだった。みな自分の力が増していることに気が付くと、興奮した。


「さて、火急の事態は脱したようだ」とディラが言った。「ここいらで本題に入ろう」

「そうそうアヌビス、このひと誰なん?」とレンシュドラが言った。全員同じことを思っていたので、一斉にアヌビスを見た。

「いや俺も詳しくは知らないって。……わかる範囲で言えば、俺たちのあとをつけてきて、宝を奪おうとしてた奴だよ。メジェドとウプウアウトを気絶させたのはこの女だ。そのあと、取引をしてみんなの命を助けてもらったんだ」


 メジェドとウプウアウトは目を見合わせた。あのとき意識を失ったのは、ディラの一撃が原因だったのか、と驚いている。そしてディラがまったく悪びれる様子がなく恬然と立っていることにも驚いた。そしてそのような女と取引をしたというアヌビスにも驚き、三つの驚きで頭が満たされた。


「左様。私は怪盗ディラ。透侵怪盗とも呼ばれている。この秘庫は前から私が目を付けていたのだが、お前たちが招き入れてくれて感謝しているよ」

「透侵怪盗だって!?」と全員が驚いた。蒼流(ナイル)の有名王墓の盗掘事件に関与しているとも囁かれる、誰もが知る怪盗の名だった。創作かとも噂されるほどに、確かな情報は世に出回っていない怪盗が、実在し、目の前にいる。

「で、取引っちゅうたけど、何をすればええの?」


 ディラは座禅を組む子供たちを前に、腕を組んであらためてそれぞれの顔を見た。そして各自の名前を聞いて、あれこれと考え、やがて頷いた。


「これから君たちには、ひとつの仕事を手伝ってもらいたい。その仕事とは、もちろん盗みだ。だが、単なる盗みではない。非常に高度な警備が施された、世界最高難易度の場所から盗むのだ。ある意味、この秘庫よりももっと恐ろしい」

「ここよりも!?」とアヌビスが言った。「ちょっと待った。俺たちには無理だよ。降りさせてくれ」

「それは残念だな。ならば契約違反でお前たちを殺すより仕方ない。私の姿を見たわけだしな」とディラは闘気を解放した。第六位階の強大な殺意は、地底湖の空気を震わせ、地底湖に小さいさざ波が立った。アヌビスは再び戦闘態勢に入ろうとした。

「待って!! それに協力したら、私たちにも分け前はあるの?」とインプトが言った。金には誰よりも敏感な少女であった。

「無論だ。私はフェアな女だぞ。だからこそ取引に応じ、こうしてお前たちの命だって助けたではないか」

「おいインプト! これは金の問題じゃない! ここよりも危険なんだぞ! 秘庫は俺が夢で見た情報があったからこそ、準備も出来たし、どうにかなった。でもここより危険なんだったら、みんな死んでしまうぞ!」

「そう慌てるな小僧。私には情報も計画もある。無謀な賭けだが、勝算はある。それは貴様を見て閃いたのだがな。まるでパズルの最後のピースが見つかったかのように」


 ディラはそう言うと、アヌビスに近付き、その火傷の癒えた頬を撫でた。子供特有の柔らかくきめの細かい肌である。ディラはほくそ笑んだ。アヌビスはなんだか不気味でぞっとした。可愛がられているのではなく、まるで自分がなにか美しい道具にでもなって、その機能美そのものを撫でられているような心持ちだった。一言で言えば、気色が悪かった。


「お前たち、腹は空いてないか? 計画は、食事を取りながらでも話してやろう」とディラが言うや否や、アヌビスのお腹が鳴った。ディラはその音を聞いて笑った。秘庫の迷宮を突破し、さらに火吹き蜥蜴と戦闘し、しかも数時間の運気調息をした。腹が空いてないわけがない。アヌビスは顔を赤らめながら、お腹が空いたことを認めた。


 ディラは素早く巨大な火吹き蜥蜴の上に飛び乗ると、腰のあたりの硬い鱗を、黒い黒曜石のナイフに内功を込めて器用に剝ぎ取った。第六位階の魔獣を解体するには、それなりの武功が必要になるが、ディラには苦ではない。その一芸だけでも、ディラが強者であると、全員が改めて理解した。そしてそのナイフで、腰の肉をあっという間にひと塊切り出した。


「サラマンダのサーロインステーキを食べようじゃないか。新鮮で、じつに美味そうだ」


 ディラは腰に巻いている革製のポーチから、薪を何本か取り出した。その薪のサイズは、ポーチを遥かに上回る。どうやって入っていたのか、アヌビスは不思議に思って訊ねた。それは百宝奇嚢(ひゃっぽうきのう)という特別なポーチで、中に家一軒ぶんくらいのスペースがあり、生きているもの以外はなんでも出し入れが可能なのだとディラは言った。メジェドは、それがかつてテーベの大将軍モントゥが持っていたものだと知っていたから、この怪盗の度胸と腕に改めて感心した。モントゥは第八位階の強者であり、蒼流でも五本の指に入る達人だったからだ。


 ディラは薪に火を点けると、その上に細い脚がついた調理用の銅板をしつらえた。一見、小さなテーブルのようにも見える。鉄ではなく銅製なのは、この時代、まだ鉄は隕鉄としてしか存在していないからだ。その銅板を十分に熱したのち、ナイフで表面だけを薄く格子状に切れ目を入れて、筋を切ったサラマンダのサーロイン肉を六切れ置いた。じゅう、と肉の焼ける音が地底湖に鳴り響いた。アヌビスの口からはよだれが溢れている。肉の焼ける匂いがあたりに充満した。魔獣の肉とはいえ、いかにも美味そうな匂いである。ディラは岩塩をポーチから取り出し、それを肉のうえに振りかけた。塩は雪のように肉の油に溶けていくと、アヌビスはもう辛抱がたまらなくなった。しかし、奇妙なことに肉は一向に焼けてこない。匂いはするものの、赤い肉のままである。


「あとどれくらいかかる?」

「さあな。なにせ、サラマンダの肉など初めて調理するからな。しかし、それにしてもなかなか火が通らんな。さすが火の魔獣だ」

「ディラ。俺にちょっとした考えがある」


 そう言ってアヌビスは、魔炎の力を右手に出すと、それを焚火へと移した。すると、炎の色が赤から青に変わり、肉にも火が入り始めた。


「ほう、やるではないか。お前をサラマンダ調理大臣に任命してやろう」

「いや嬉しかねえよ!」


 はたしてサラマンダのステーキは焼き上がった。この時代、フォークはまだ存在しない。ナイフの先に肉を突き刺し、そのまま肉にかぶりついた。肉は柔らかく、噛むごとに肉汁があふれ出し、旨味が口の中で爆発するようだった。全員が目の色を変えて舌鼓を打った。それはこのうえなく美味だった。アヌビスはいち早く食べ終わると、おかわりを要求した。ディラは呆れながらもう二枚焼いて食わせてやった。ウプウアウトとレンシュドラも食べ盛りの少年らしく、追加でステーキを食べた。


「さて諸君、食べながら聞いてくれ。最も危険な場所から秘宝を盗み出す計画を」


(つづく)

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― 新着の感想 ―
一真さま "四十一話&(つづく)"をありがとうございました♡ 私は、欲したり催促するのが苦手だと自覚していました。『美しいモノ程、其の儘であって欲しいから、触れない♡』そんな感覚のことです。 そん…
投稿されたと知りすっ飛んできました! 面白かったです!食事の描写でお腹が空いてステーキ食べたくなりました(*´◒`*)笑
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