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▼第三十九話「透侵怪盗ディラ」




 この土壇場で、インプトの身体を鍾乳石が貫いたのを見てウプウアウトは正気を取り戻していた。赤い稲妻は、火吹き蜥蜴(サラマンダ)を驚かせはしたが、さほどのダメージはない。


「俺が惹きつける! 毒矢で目を狙え!」ウプウアウトが剣を振り、赤い稲妻を何度も招来する。「みんなを助けられるのは、お前しかいない!」


 メジェドは息を吐きながら、改めて狙いを定めた。手の震えは、収まった。いま、ここで、やるしかない。


(僕は兄さんのようにはなれない。だけど、ここには僕しかいないんだ。兄さん、力を貸して——)


「やれ、メジェド!!」

「嗚呼ッッ!! 銀雨鳥絶飛弓ぎんうちょうぜつひきゅう・<裂雲断月矢(れつうんだんげつし)>ッッ」


 極限に引き絞られた光を放つ弓から、凄まじい勢いで矢が解き放たれた。光の残像が尾をなし、唸りをあげて虚空を裂く。それは、火吹き蜥蜴の目に深く突き刺さると、眼窩を突き破って頭部の奥深くにまで猛然と達した。矢が肉を食い破り、そしていよいよ内功の力がその本領を発揮し、火吹き蜥蜴の頭蓋骨の内部から爆散した。火吹き蜥蜴は、両目と口から光があふれ出させつつ、悲鳴を上げた。さしもの頭部だけで子供の身体の大きさがある火吹き蜥蜴も、内部からの爆発には抵抗のしようもない。毒の力も相まって、火吹き蜥蜴はその生命活動をそこで終えた。連動して、全身の各所から盛んに吹き上げていた炎が、陽炎のように消えていった。間もなく四肢から力が脱け、その巨体が大地にのしかかった。そのとてつもない目方の生み出す振動は、土煙を巻き上げ、蝙蝠たちを羽ばたかせ、地底湖の湖面を揺らし、幾多もの波をつくった。


 ウプウアウトが振り返った。目を大きく広げて、驚いた顔をしている。「お前……!! よくやった!! あれを、お前がやったんだぞ!!」

「あれを、僕が……? 信じられない」


 ウプウアウトは口に手を当て、呆然としている。出来損ないの自分がし遂げたことだとは、つゆとも思われぬのだった。


 しかし、誰が見ても亜龍種火吹き蜥蜴討伐の第一功はメジェドの手に帰せられる。第六位階の達人たちが徒党を組んで狩るような魔獣を、十二歳かつ第二位階の身でその息の根を止めたというのは、隠れもせぬ偉業だと言わざるを得ない。


 ウプウアウトは手を顔の位置に掲げた。メジェドは最初、わけが分からなかったが、やがて意味を了解した。二人はハイタッチを交わした。


 しかし、喜んでいる暇はない。アヌビスは腹部が内側から何かが突き上げてきていて、いまにも破裂しそうになっているし、レンシュドラはうつ伏せになって血を流して動かない。インプトに至っては、身体に鋭い鍾乳石が突き刺さっている。早く処置をしなければ、三人とも死んでしまう。


 二人が誰をどの順番でどう助ければいいのか逡巡していたそのとき、黒い人影が背後に音もなく忍び寄った。それは、アヌビスが扉を開けた際、わずかに視界の端に感じた、あの黒い気配であった。

 その女は、メジェドとウプウアウトを背後から内功を込めて、目にもとまらぬ速さで連続して蹴った。二人は終わった、と緊張を緩めていたので、不意打ちもいいところで、訳も分からず烈しい痛みを受け、地底に顔をこすりつけた。その蹴りはただの蹴りとはいえ、第六位階の内功のこもった重い一撃である。メジェドとウプウアウトはともに背骨にひびでも入ったのか、痛みで気絶しかけた。


 その女は二人の前に姿を現した。体に沿う素材でできた黒い布をまとい、細身の身体の形がよく出ていた。黄緑色の髪を耳が見えるほどのショートカットにしており、耳にはピアスが何個もついていた。目を隠す黒い鉱石の仮面をつけているため、鼻から下しか見えないが、小さくも形のいい鼻、みずみずしい果実のような唇などから、とてつもなく愛らしい顔を想起させられる。しかし、その内面は顔ほどには可憐ではない。むしろ、毒々しさの塊であった。それもそのはず、彼女は、透侵怪盗(とうしんかいとう)の別号を持つ、怪盗ディラその人であったからだ。


 ディラは物陰からすべてを傍観していた。子供たちがどれほど傷付こうと、彼女には関係がなかった。彼女の心を動かすのは、利のみである。財物さえ手に入れば、余のことはどうでもいい。第六位階の彼女がひとりで火吹き蜥蜴を倒すのは面倒だったから、子供たちの出方を窺っていた。ここまで迷いなく深奥までたどり着いた子らだから、なにか対策があるのだろうと高みの見物をしていたのだ。果たして、障害物は取り除かれた。彼女は闇から姿を現し、すべての報酬を手に入れようと動き、生き延びた二人の子供を蹴倒した。


 彼女は数年前から情報を集め、定期的に辺りを捜索していた。この領域に足を踏み入れる集団があると気付いたとき、彼女は迷わず追跡することにした。なぜならば、その足取りに迷いが一切なかったからである。秘庫の手掛かりを持っているかもしれない、と彼女が思うのも無理はなかった。この時期に彼女が別の場所で活動していれば、いま彼らは死に瀕することもなかっただろう。疫病神と恐れられたアヌビスの不運が、本領を発揮した。そもそも、ウプウアウトが発狂しなければ危険は少なかったはずなのだが、これもアヌビスの不運が働いたと言えよう。


 彼女は奥の祠に足を踏み入れた。両の岩壁に突きさされた松明が、その祠を照らしている。祠の奥は上がる階段が五段ばかりしつらえられていて、小高い場所に、各所に宝石がちりばめられた、丸まった大型犬くらいの大きさの宝箱が置かれていた。ディラは宝箱を開けた。なかには、金や銀、宝石の数々が持ち重りするほどぎっしり詰まっていた。ディラはそのなかの一粒を手に取り、頭上にかざした。深紅のルビーが、松明の炎を反射して赤く光を放った。ディラはしばらくその輝きにうっとりと見惚れた。



 ウプウアウトが赤い稲妻を放っていたころ、アヌビスは暴走するチャクラの、気絶するほどの痛みのなかで意識の中に潜り込んでいた。

 心頭滅却すれば火もまた涼し、という言葉があるが、アヌビスもそのように意識と肉体とを切り分けることができた。この切り分ける巧みさは、チャクラを失っていた期間が長かったことと関係があるのかもしれない。


 アヌビスはなにが起きたかを確認するために、チャクラを心に映し出した。それは直視に耐えない状況であった。内部で、あたかも鉱物のような硬さの力の波が暴れまわっていて、現実のアヌビスの腹部と同じように、いつ突き破られてもおかしくない状況だった。それを見て取ると同時に、アヌビスは、チャクラのあちこちが、熟しかけたバナナのように所々黒ずんでいることに気が付いた。そして、アヌビスの直感が、その黒い部分に内功を送って癒すことを閃いて教えた。それはまるで、パズルのピースがハマるような感覚であり、これで正しい、という確信であった。心が導くというのは、これか、とアヌビスは不思議に思った。誰からも教わっていないのに、やり方までもがわかるのだった。


 アヌビスはまず、暴れまわる魔炎と交感し、なだめることにした。その大きな力は、エネルギー量にふさわしい衝動を有していた。魔炎は、アヌビスの中に入ることができたうれしさに、我を忘れて興奮しているのだった。


(おい、そんなに嬉しいか)とアヌビスは魔炎に語り掛けた。(気持ちはわかる。嬉しいんだよな。けどな、そのまま暴れてると、お前の力が大き過ぎて、俺が死んじまう。徐々にでいいから、落ち着いて欲しいんだ)


 しかし、獰猛なるエネルギーの奔流にはアヌビスの言葉が耳に入らない。とにかく嬉しくてたまらないのだった。魔炎は、アヌビスの深い深い器に、芯から参ってしまっていた。アヌビスは落ち着かせるために、心火の量を調節することにした。この心火に興奮しているのかもしれない、という仮説を立てたのだ。果たしてその直感は正しかった。アヌビスは精細なるコントロールをもって、心火の火勢を調節し、魔炎の勢いまでをも操ることに成功した。アヌビスは落ち着いた魔炎を抱き締めてやった。なつかしさの波動が、胸の芯からずんずんと響いてくるようだった。魔炎は主人に出会った犬のように喜んでいる。


(お前の力、貸してもらうぞ!)

(もちろんだよ! 喜んで!)


 アヌビスは魔炎の力を用いて、黒ずんだ場所に処置を施した。それは熟練の職人が必要な補修箇所をあらかじめ把握していたかのような手際で、じつに素早く適切な処置を施した。アヌビスには、すべて感覚で最適解がわかるのだった。魔炎の力をチャクラに練り込んでいくと、次第にアヌビスのチャクラは光を放ちはじめた。生まれ変わろうとしているのだ。


(つづく)

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