27-3
ヴァネッサが、ソニアの様子を見に行くというので、私とナミも行く事にした。
医務室のドアをノックし、中に入る。
「失礼します」
「おはよう、先生。ソニアの様子どう?」
「今のところは大丈夫だな」
トウドウ先生の落ち着いた声に、わずかな安堵を覚える。
私達は、ソニアが横たわるベッドへとゆっくりと近づいた。
彼女の顔色はまだ優れないが、呼吸は穏やかだ。
ソニアは私たちに気づき、起き上がろうとわずかに体を持ち上げる。しかし、すぐにシエラに優しく制止された。
「安静していてください」
「もう大丈夫ですよ…」
ソニアはそう答えるが、その声はまだか細い。
「ソニア。先生達の言う通りにしてな」
「はい…」
ソニアは渋々といった感じだ。
その表情には、まだ抗いきれない疲労の色が濃く残っている。
「痛みは?」
ヴァネッサが尋ねると、ソニアは健気に少し微笑んで答えた。
「昨日よりだいぶいいです」
笑顔を見せる彼女の顔には、痛々しいアザが残っていた。
見ているこちらの胸が締め付けられる。
「本当にご苦労さま。あなたとナミを行かせたせいで、怪我を…申し訳ない」
「やめてください。エレナ隊長。こうなることは予想の範囲内です」
「そうかもしれない。しかし…」
「その予想に対処できなかった。ナミさんに怪我を負わせてしまったのは、わたしの責任です。わたしのほうこそ、申し訳ありませんでした…」
ソニアの自責の念に満ちた言葉に、ナミが慌てて割って入った。
「ソニアさん。謝らないでください。私は軽症だったんですから」
ソニアは苦笑いを浮かべて頷くだけ。
その表情からは、まだ割り切れない思いが読み取れる。
「ゆっくり休んで」
「はい」
ナミが少しここにいると言って、椅子に座り、ソニアと何かを話し始めた。それにシエラも加わった。
私はトウドウ先生の所へ。
「実の所どうなの?先生」
ヴァネッサが声を潜めて、先生に尋ねる。
「大丈夫だろう。ミラルドとも意見は一致している」
ミラルド先生も、その言葉を裏付けるように頷く。
「昨日は痛みで、食事はほぼ食べていませんが、今日の朝食は完食しています」
「そう…なら、大丈夫かな…」
ヴァネッサは安堵しているようだが、私は不安なままだった。
「食べたものが普通に排泄されるまでは、安心はできませんが、経過は良好です」
今は先生達を信じ、ソニアの回復を待つしかない。
「子どもができないなんてことはないよね?」
ヴァネッサは声を潜めて先生に尋ねる。
私ははっとして、トウドウ先生を見る。
ソニアは腹部を強く強打されていた。
「そいつはわからん」
「長期的な影響が出ないという保証はありません」
「確率は?」
「そんもんはわからん」
先生はため息を吐く。
「ハンスとやらせて見れば、わかるんじゃないか?」
突然、トウドウ先生がニヤリと笑いながら、言った。
「先生…」
「先生が言うことじゃないでしょ…」
「おう、すまんすまん」
先生が苦笑いを浮かべた。
「やらせるとは、どのようなことですか?」
私の言葉に、ヴァネッサと先生達が黙りだす。
「今の話の流れで、わかるでしょ?」
「いいえ」
「ふふふ…」
ヴァネッサは頭を抱え、トウドウ先生は笑いを堪えきれないといった様子で、肩を震わせている。
「ヴァネッサ隊長はソニアさんは妊娠できない可能性はないかと尋ねましたが、それに関してはわからないというのが、今の見解です」
「はい」
「それで、フリッツ先生は、実際に性交渉としてみればわかると…ここで言うことではない非常識な発言をなさったのです」
「なるほど…」
「なるほどって…すまん!」
トウドウ先生は、まるで逃げるように慌てて医務室を出て行った。
廊下からは、彼の抑えきれない笑い声が聞こえてくる。
ナミ達も何事かと、私達のほうを見ていた。
「なんでもないよ」
ヴァネッサが、そう取り繕う。
「エレナ、あんたって…まあいいや」
彼女は何かを言いかけたが、やめてしまった。
「久しぶりに大笑いしたわ」
先生が廊下から帰ってくる。そして、椅子にどっかりと座った。
「ここまで、下ネタが通じんとはな…」
「あたしもびっくり」
「ヴァネッサよ。エレナは、一生一人かもしれんぞ」
「いいんじゃない?らしくてさ」
二人は、私のことを話しているようだが、この時の私には彼らの言葉の意味がよく分からなかった。
「じゃあ、あたしはこれで。ソニアのこと、よろしく」
ヴァネッサは軽く手を振ると、戸口に向かう。
「よろしくお願いします」
私は深々と頭を下げた
「おう」
「おまかせを」
私とヴァネッサは医務室を出る。
「今の所は大事ないと」
「ええ」
「よかったよ。二人が出発する前から、嫌な予感がしててさ…」
「なんですって」
私が思わず、ヴァネッサの腕を強く掴んだ。
「なぜ、それを教えてくれなかったのか」
「なぜって…教えたってしょうがないでしょ」
「知っていれば、二人を行かせはしなかった」
「嫌な予感はしてたけど、二人のことかどうかわからなかったし、その後に事件も起きた。そっちかなって…まあ、その後も嫌な予感はなくならなかったんだけど…」
「はあ…」
なんてこと…。
私は頭を抱えた。
ヴァネッサの嫌な予感を知っていれば、何かしらの対処はできたのではないか?。
ウィル様は、当初、竜騎士を一人同行させたいと言っていたはずだ。
ソニアは、剣術も体術もできるからと、油断してしまった…。
「ソニアとナミが怪我をしてしまった責任はあなたにもある」
「は?いやいや!それは、ないでしょ」
ヴァネッサが反論する。
「責任の一端は確実にある」
「行かせたのはあんたでしょ?」
「ええ。当然、私にも責任がある。そんなことは、百も承知」
私とヴァネッサの間に、張り詰めた空気が漂う。
「やめなよ、二人とも…」
ウィル様が、そう言いながら階段を降りてくる。
「いまさら責任を明確にしてどうする?」
「そうだよ」
ヴァネッサが、ウィル様の言葉に同意する。
「ですが…」
「エレナの主張が正しいなら。僕にも責任があるんじゃない?」
「ウィル様に、責任など…」
彼は、私とヴァネッサの間に割って入った。
「もう一人、行かせるべきだったと、後悔しているんだ。そう思ってるのは僕だけじゃないはずだ」
小さくため息を吐くウィル様。
その表情には、私たちと同じく後悔が滲んでいるように見えた。
「後悔は先に立たないんだよ、絶対」
「わかっています…」
「わかっているなら、責任について話すのは、やめよう。だいたい、責任を取る方法もないんだから」
「はい…」
ウィル様は、私とヴァネッサの肩を軽く叩いてから、医務室へ入っていった。
「先生。滋養の薬をください」
「調子が悪いのか?」
「なんとなく、なんですけど…」
ウィル様は、医務室のドアを締めた。
「あたしだって後悔してないわけじゃないんだよ…」
ヴァネッサが、ふと呟いた。
「ええ…わかっている」
わかっているからこそ、この後悔を誰かに、何かに、ぶつけたくなってしまう。
それにも後悔して、自己嫌悪に陥る。
「何をしているんだ。二人とも」
ライアが不思議そうに館の出入り口から見ている。
その目は、私たちの間の重い空気を訝しんでいるようだ。
「別に何も」
「そうか?なら、剣術の相手をしてくれないか?」
「いい動き見つけた?」
「どうかな。それを確かめたいんだ」
「わかったよ。すぐ行く」
「ああ」
ライアは頷くと、踵を返して去っていった。
ヴァネッサが右手を出してきた。
「仲直りってわけじゃないけど…モヤモヤは残したくないから」
「ええ。先ほどは、言い過ぎた。申し訳ない」
「あたしも…」
私達は固く握手した。
Copyright©2020-橘 シン




