27-2
「条件って、その人に会うダケ?簡単ジャン」
「ミャン…君は黙っていてくれ…」
ライアがミャンを嗜める。
その声には、どこか諦めにも似た響きがあった。
確かに、条件自体は簡単だった。
シンシア先生に会う。それだけでいい。
長らく会っていない恩師との再会。
本来ならば、心躍るはずの出来事なのに、私の胸には鉛のような重さがのしかかっていた。
「意図が、わからない…」
「確かに。年数が経っているとはいえ、罪人と会うってのはね…」
ヴァネッサも眉をひそめながら言葉を発する。
彼女の言葉は、私の心の奥底に沈殿していた罪悪感を再び揺り起こした。
罪人である私が、恩師に会う資格などない。
「ナミ。それは先生の判断?研究所は把握している?」
「レーヴ様の判断です。研究所も把握してます」
「そう…」
ますますわからない…。
シンシア先生は、研究所の長という重責を担う人物だ。
その立場でありながら、なぜ私のような罪人に会おうとするのだろうか?
「レーヴ様は、エレナ様のことをすごく心配していました。その気持ちは、私にもわかるくらいに。私が方からエレナ様の事を知っているかぎり話もしました。でも、一目会いたいようで、それで条件に…」
「そう…」
先生が、私のことを心配してくださっていた。それは素直に嬉しい。でも…。
リスクがあるにも関わらず、私に会いたいと…。
それほどまでに先生は私を案じてくださっていたというのか?
「手紙ではいけないのですか、と提案したのですが、会う事で、会っていなかった時間を取り戻せると、おっしゃって…」
シンシア先生が、そこまで思ってくれていた…。
その一途な想いに、胸の奥が締め付けられる。
「取り戻せるじゃなくて、取り戻したいんだよ…」
ヴァネッサがそう話す。
彼女の言葉は、私の胸に深く突き刺さる。
「エレナ。あんた、愛されてるね」
シンシア先生に愛されている?
私は、シンシア先生を心から慕っていた。
先生の知性と優しさに、どれほど憧れたかわからない。しかし、先生が私をどう思っていたかは、わからない…。
魔法研究に関しての相談には、親身になってくれていたが。
「エレナは会いたくないの?」
ウィル様の穏やかな声が、沈黙を破る。その視線は、私の心の奥底を見透かすように真っ直ぐだった。
「いいえ…」
咄嗟に否定したものの、私の声はわずかに震えていたかもしれない。
「そう?君の態度からは、会いたくなさそうな雰囲気なんだけど…」
「決してそのようなことは…」
「ならば、何故躊躇する?」
今度はライアが訊いてきた。
「今の私を見て、失望するのではないかと…」
今の不甲斐ない自分。
かつて先生が期待を寄せてくれていた頃の私とは似ても似つかない、惨めな私を見て、先生はどう思うだろうか?失望するのではないか。
「まさか」
「なぜ、そう言える?」
「君は、ちゃんと反省しているし、魔法士として人として成長している」
「成長?転移魔法すら作れないのに?」
自嘲気味に呟いた私の言葉に、ライアは少し語気を強めた。
「転移魔法に関しては、確かに停滞しているが…シュナイツは君の魔法で何度も救われている。つい先日だって…」
「私のせいで、あなたは翼を失った…」
忘れたくても、忘れられない。辛い思い出。
あの日の光景が、今でも鮮明に蘇る。
「それはもういいと、何度言えば…」
彼女は頭を抱える。
「あんたは嫌だろうけど、会うのが条件なんでしょ?なら、拒否権はない」
「ええ。わかっている」
先生と会う事に、こんなにも気が重くなるとは…。
喜びよりも、不安と緊張が押し寄せてくる。
「それで、期日は?」
「十日後の夕方にと言って、リカシィで別れましたので…」
ナミは指を折って数える。
「明日の夕方ですね…」
「了解した」
話が終わったのを察してか、ライアとミャンは静かに執務室を出て行った。
私も、重い足取りで椅子から立ち上がった。
「明日、あたしも行くから」
「は?」
ヴァネッサの突然の言葉に、私は困惑し、一瞬言葉を失った。
「なぜ、あなたが?あなたは関係ない」
「関係ないんだけど、どんな人か気になってね」
気になるから?…。
「ファンネリア様の友達なんでしょ?」
「はい」
ナミが頷く。
「向こうもどんな奴とつるんでいるか、気になってるんじゃない?」
「わからないけど…」
シシンシア先生が、そんなことを気にするだろうか?聡明で、常に先を見据えている先生が、そんな些細なことに心を留めるとは思えなかった。
「僕も気になってるんだよね」
今度は、ウィル様までが、興味深そうな表情で話す。
「エレナの話では、聡明な人物のようだし」
「ウィル様のおっしゃる通り、とても聡明な方です。言葉に言い表せないくらい偉大な魔法士であることは間違いありません」
「そ、そう…」
彼は苦笑いを浮かべている。
「あんた、恩師だからって入れ込みすぎだって…」
「あなたも、シュナイダー様の事を偉大な竜騎士だと思うでしょう?」
「偉大とはいかないまで、一番だとは思ってるよ」
「ねえ、気づいてる?二人とも同じ事を言ってるのよ」
リアン様とウィル様が、顔を見合わせて笑っている。ナミも、微笑みを浮かべている。
私とヴァネッサは、視線を交わしたが、すぐに逸らしてしまった。
「と、ともかく、あたしも行くから」
「僕は?」
「やめてよ。会う機会はまだあると思うよ」
「そういうと思った…」
残念そうなウィル様はリアン様とともに、執務室へ向かう。
「エレナ」
「なに?」
少し間を置いてから、ヴァネッサが話しかけてきた。
「治癒魔法の件がなくて、あんたの恩師が会いたいって言ってきたら、どうしてた?」
「どう…シンシア先生は所長だから…」
「所長でもなくてさ。一魔法士、恩師として」
「…会っていたと、思う」
「そう…」
ヴァネッサは、私の言葉を聞いて笑顔で立ち上がる。
「リスクがあるのに、あんたに会いたいって事は、それだけ心配していたって事だよ」
「わかっている」
「気にかけてくれる恩師がいるって幸せじゃない?」
ヴァネッサの恩師は、シュナイダー様だ。
しかし、もうこの世にはいない。
会いたくても会えない。
会える私は、幸せなのか…。
「エレナ様」
ナミがそばにくる。
「今思い出した話なんですけど…レーヴ様は、エレナ様と別れてから、心配で仕事が手につかなかったそうです」
「そう…先生が」
「それで、当時の所長であるディナトス様は、レーヴ様に、お前は子離れできん親か、と叱咤したそうで…」
そんな事が…。
私の知らないところで、先生がそこまで私のことを案じていてくれたなんて。
「そう言われたレーヴ様は嬉しそうに、そうですね、とおっしゃったそうです」
「そう」
「そうって…あんた、意味分かってないでしょ?」
ヴァネッサが呆れた顔で、ため息を吐く。
「あんたの事を、自分の娘だと思ってる事でしょ?違う?」
「私もそう思います。レーヴ様にお子さんはいません。だから、エレナ様の事を、ご自分の子どものように思ったいたのではないかと…」
「シンシア先生が?…まさか…」
先生が、そこまで私のことを?信じられない思いだった。
「そうじゃなければ、リスクを被ったりしないよ。だから、愛されてるって言ったでしょ」
そういうことだったのか…。
今になって、ようやくその言葉の意味が、じんわりと私の心に染み渡ってきた。
私は、なんて愚かなのだろう。今頃気づくなんて。
シンシア先生は、実の娘のように、私のことを深く思ってくださっていたのだ。胸の奥が、温かいもので満たされていくのを感じた。
「ヴァネッサ、ナミ。ありがとう。二人に大事な事を気づかされた」
「礼なんていいんです」
「これ、貸しにしといていい?」
ヴァネッサが、いたずらっぽく笑いながらそう言った。
「ヴァネッサ隊長…」
ナミが苦笑いを浮かべる。
「返済期限は無期限にして。私には返すあてないから」
「え?…ふっ…」
私の言葉にヴァネッサが笑いながら去っていった。
Copyright©2020-橘 シン




