26-45
朝食を食べた後、試験場へ行く。
廊下を歩く足音は、昨日までのそれとは少し違う。もう、ここを去るのだという、かすかな寂しさが混じっていた。
試験場には すでにレーヴ様とディナトス様。それから主だった所員の方々が集まっていた。
ナミさんは、一人ひとりと丁寧に挨拶を交わしている。その姿は、以前の自信なさげな彼女からは想像もつかないほど、凛としていた。
この試験場からリカシィへ転移する。
転移魔法について、ふと疑問に思ってレーヴ様に尋ねた。
「転移魔法ってすごく便利だと思うんですけど、何か制約があるのですか?」
「特に決まりはありません。が、できるだけ控えるように、と言ってあります」
「どうしてです?」
「転移魔法は周囲に何かしらの影響を与えてしまうのです」
「影響?…」
「最近の研究でわかった事なので、まだ詳細は判明していません。極々小さな現象なのですが、念の為に控えています」
緊急時以外は使用しないらしい。
今回は特別。
「すみません。お待たしました」
挨拶を終えたナミさんが、ようやく私たちの元へやってくる。
彼女の頬は、わずかに上気し、晴れやかな表情をしていた。
「元気でな」
「はい。ディナトス様もお体にはお気をつけてください」
「うむ。ありがとう」
ディナトス様と握手をした。
わたしは、知り合った事務官やメイド達に手を振る。
みんなが笑顔で手を振り返してくれた。
「では、参りましょうか」
「はい」
「お願いします」
レーヴ様が魔法を発動させた。
次の瞬間、一瞬の閃光が視界を真っ白に染め上げた。強烈な光に目を閉じ、開ける。
目が慣れてきて、周囲を確認すると、そこはもうリカシィ。
港を見下ろす小高い丘。
眼下には広大な港が広がり、行き交う船や人々のざわめきが聞こえてくる。
潮風が頬を優しく撫でる。
エレナ隊長もここに転移していた。
「ありがとうございます。レーヴ様」
「いいえ。わたしのほうこそ、礼を言わなければいけないわ。治癒魔法を教えてくれた事に」
「私は何もしてません。カレンおばあちゃんが導いてくれたのだと思います」
わたしもそんな氣がする。
そして、カレンさんはナミさんを見守っているんだ。
「シュナイツはどの方向になるかしら?」
「あちらです」
ナミさんが北を指差す。
その指先が示す方向には、青い空と広がる緑の丘陵が続いている。そして、雪をいただく山脈。
「あちらですか…」
レーヴ様が、シュナイツがある北を眺める。
その表情には、エレナ隊長の事を想うような、切なさが漂っていた。
「…」
「ご一緒に行ってみられますか?」
ナミさんがそう提案したが、レーヴ様は寂しそうに首を横に振った。
「それは…できないわ」
「そう、ですよね…」
「そうしたい気持ちはあるのだけれど…それに…」
「それに?…」
「あそこまで行くのは、大変そうね。体力的に」
レーヴ様は苦笑いを浮かべる。
確かに大変だ。
リカシィからはほぼ全部登りが続く。
「十日後の夕方に、ここで待っています」
「エレナ様をお連れすればいいんですね」
「本人が会いたいと思うならば」
「エレナ様は、絶対会ってくれます」
「そう願っているわ」
レーヴ様はそう言ってから、わたしとナミさんから離れていく。
「では、十日後に」
「はい」
わたしたちはレーヴ様に頭を下げた。
次の瞬間、一瞬の閃光とともに、レーヴ様は姿を消した。
「帰りますか。シュナイツに」
「はい」
そんなこんなでポロッサに到着。
「やっとここまで来たわね…」
「はい…」
明日の早朝、ポロッサを出発すれば、夕方にはシュナイツに着くはずだ。そう思うと、疲労の中にも、ようやく帰れるという安堵がじんわりと湧いてきた。
翌日の早朝、ポロッサを出発した。
何度も通った道。
軽く右に曲がる道を行く。
道端には新緑の木々が、朝日を浴びてひときわ鮮やかに映っている。
「天気が良くて、気持ちいいです」
「うん」
横を歩くナミさんが凛々しく見える。
出発した当初は、自信なさげで、心配だった。
心が折れた事もあったけど、持ち直し(テオドールさんのおかげかな)治癒魔法士として生きていく事を決心したようだ。
これからが、大変らしい。
どれくらい大変なのかは、わたしには当然わからない。
でも、ナミさんなら、きっと大丈夫。
わたしはそう信じている。
昼食と休憩をして、再び歩き始める。
しばらく歩いたところで、わたしはふと足を止めた。
「ソニアさん、どうしました?」
「誰かいる…」
「え?」
道の先。
どう見ても、カタギには見えない者達が、こちらを見ている。
その視線は、私たちを品定めするような、不快なものだ
四人か…。
わたしはいつでも剣を抜けるように手を添えた。
「どうしましょうか?…」
「そうね…」
四対一なら、分が悪いし逃げの一手なんだけど。
今は、ナミさんがいる。
彼女を庇いつつ、一点突破。
シュナイツへ一目散。
でも、体力が持たない。賊が追って来たら追いつかれる。
戦うか…一対一なら、問題ないんだけど…ナミさんもいるし…。
「話し合いは…無理ですよね…」
「お金が目的なら、見逃してくれる可能性はなくはない」
結構な額のお金は持ってる。
お金渡して、「はいさようなら」、なんて都合よくいくわけがない。
わたし達の殺ってから、物色すればいいんだから。
一点突破しつつ、一人づつ対処するしかないか。
「ナミさん。閃光で賊の目を潰してもらえる?」
「閃光ですね。わかりました」
彼女は魔法の杖を取り出す。
「できれば、動きを止める魔法もお願い」
「一人だけですよ。あの時みたいのは…」
「わかってる」
あの時は、アーロンさんが切られて、ナミさんが怒り心頭で魔法を使い、海賊十数人の動きを止めた。
いわゆる、火事場の馬鹿力。
今回はそれは望めないだろう。
「ギリギリまで近づいて、わたしの合図で閃光。怯んだところで、走って突破する。そのまま走りつづけて。できる限り」
「はい…ソニアさんは?」
「状況を見ながら、賊を倒す」
「わかりました…」
ナミさんは不安気だ。
わたしは、彼女の右手を強く握った。
「行くわ」
「はい」
私たちは、覚悟を決めて賊に向かって歩き出した。
ナミとソニアが出発してそろそろ一ヶ月になろうしている。
その間、ずっと悪い予感があった。
漠然とした不安が、私の胸の奥に澱のように溜まっている。
悪い予感の事は、ソニアにしか言ってない。あ
他の隊員たちに、余計な心配をかけたくなかったからだ。
「隊長」
「…」
「ヴァネッサ隊長!」
「え?あーなに?」
サムに呼ばれてたのに、気付かなかった。
「相手してくれませんか?」
彼は模擬剣を差し出す。
午後は、基本的に自主訓練で、剣術の相手はしない。
「ああ。いいよ」
今みたく気が向いた時にしかやらない。
サムが相手だと、気合いが乗らないんだだよね…。
で、頼んできた本人がそっぽを向く。
「サム!あんたから頼んでおいて、よそ見してじゃないよ!」
「すみません…でも、あれなんすか?」
「は?」
サムが北西方向を指差す。
その指先を追って、私は空を見上げた。
「なんだ?…」
光の細い筋が空に向かって伸びていた。
光の筋は左右に揺れる。手を振ってるように…。
あれは魔法だ。
あたしの体をビリっと何か走る。
悪い予感の正体が、これだったのかと、直感的に悟った。
「竜の準備をしな」
「え?」
「竜に鞍を付けろって言ってんだよ!早くしな!」
「はい!」
私の怒鳴り声に、サムは慌てて厩舎へ走っていく。
他の隊員たちも、私の剣幕に驚き、一斉に厩舎へ向かい始めた。
「隊長、どうしんたです?」
レスターは、訝しげに話しかけてくる。
「ナミとソニアだ…」
「え?」
あたしは、魔法士隊の所に駆け出した。
「どきな!」
剣兵隊隊員が自主訓練中を突っ切る。
「あんた達、千里眼は使えるかい?」
「千里眼ですか?」
「そうだよ!」
魔法士隊は、ぼーっとしている。
「使えるの?使えないの?どっち!」
のんびりした空気に、私の苛立ちが募る。
「わたし、使えます」
リサがてを上げる。
「じゃあやって、今すぐ!」
「はい!でも、そんなに遠くまで見れませんよ」
「さっきの光の筋見たでしょ?」
「はい」
「あの辺りをみたいんだよ」
「わかりました」
リサの手の中にシュナイツが映し出される。
「またですよ。光の筋が」
あたしは振り返る。
「あれって魔法でしょ」
「それ以外のなにものではないかと…」
エデルがそう答えた。
「嘘でしょ!?」
リサが声を上げる。
リサの千里眼が映し出した光景に、ナミとソニアが映っていた。それと賊も。
二人は賊から暴行を受けているように見えた。
あたしの全身に、怒りの震えが走った。
「どうされたのですか?」
「なになに?どしたノ?」
ジルとミャンがやってくる。
「ナミとソニアが賊に襲わている。すぐそこで…」
「マジで?」
「わたくしが行ってきます!」
ジルが駆け出す。戦闘用の矢と弓を持って。
「アタシも行ク!」
ミャンも短槍を持ち駆け出す。
「レスター!」
「はい!」
「スチュアートとミレイをすぐに出せ!」
「二人をですか?」
「速さが欲しいんだよ!」
「了解」
「ジルとミャンを拾っていけって。あんたも準備しな!」
「装備は?」
「速さがほしいって言ってるでしょ!それくらい、あんたが判断しなよ!」
あたしは部屋に戻り、胴鎧と剣を取りに部屋へ向かった。
Copyrightc2020-橘 シン




