26-44
私達三人は、テオ君の友人マレクさんの家に向かって、石畳の道を歩いていた。
「告白しに行くんですか?」
「ち、違いまよ!すお礼を言いに行くだけです」
「ついでに…ね?」
もう一人の事務官さんも、にやにやと笑いながら追い打ちをかける。二人にずっとからかわれっぱなしで、私はもうどうしていいか分からなかった。
「告白どうこうはおいておいて、好きな人がいるっていうは羨ましいわ…」
事務官が小さくため息を吐く。
「いないの?いい人?」
「いるんだろうけど、仕事が忙しくて…」
「研究所って忙しいんだ」
「意外と忙しい。転属する前は、研究所は暇そうなんて思っていたんだけど。他の部署と変わらなかった」
事務官さんは、肩をすくめてそう愚痴をこぼした。
「意外に近くにいるものよ」
「そうかな~…」
「気づいていないだけかもね」
ソニアさんは、余裕のある話しぶりでそう言った。
彼女にはすでに想い人がいるから、その声は軽やかだ。
「行き遅れるのだけは、避けたい!」
彼女は、突然気合を入れるように拳を握った。
「頑張って」
マレクさんの店に到着。
「すみません!マレクさんいますか?」
店のドアを叩く。しかし、返事はない。
「さすがに、真っ昼間に開いてないわよね…」
古めかしい木製の扉には、閉店の札がかかっている。
「もう一回だけ」
もう一回、ドアを叩く。
「マレクさん!」
やはり返事はない。
「ここは店舗のみで、自宅は別かな?…」
そういう事になるのかな。
諦めて去ろうと思ったその時、事務官さんが何かを思い出したように私達を止めた。
「待って…」
「どうしたんですか?」
「建物を構造がおかしくない?」
「え?」
「一階に玄関らしきものがなかったような…」
「まさか」
私達は外に出て、建物の周りを確かめた。
「ほんとだ…」
奇妙な構造。一階には窓しかない。
「二階にあがる出入り口だけですね」
「なんだこれ?」
「二階が玄関で、一、二階が住居なのよ」
「では、マレクさんは一階に住んでる?」
「きっと、そう」
建物の構造を調べて、マレクさんが住んでいるあろう一階にある雨戸を外から叩く。
「すみません!マレクさん、います?」
近所の人が何事かと顔を出す。
「マレクさん!」
「はいはい…」
何度か呼ぶと、雨戸がゆっくりと開いた。そこから、寝起きの顔をしたマレクさんが顔を出す。
「なんですか…ふあぁ…」
彼は、大きな欠伸をする。
「あ…どうも…」
私達に気づき、会釈をした。
「えーと…何事?」
雨戸から顔を出し、近所を見回す。
「テオ君の居場所を教えていただけませんか?」
「テオの?…あいつから聞いてないの?」
「聞いてなくて…あなたに聞けばわかると」
「失礼なやつだなぁ。わかりました。ちょっと待っててください。すぐ用意するんで」
マレクさんは、そう言って雨戸を閉めた。
「すみません。今日はお休みだったようで…」
「いやいや。別に休みっていうわけじゃないです。あはは…」
私達は、マレクさんを先頭に、テオ君が働いている工場へ向かう。
テオ君がいる工場は、都中心部から少し離れた、静かな場所にあった。レンガ造りの建物が立ち並び、職人の町といった雰囲気が漂っている。
「あいつに仕事でも頼むんですか?」
「いえ、違います。お礼を言いたく…」
「そうですか」
マレクさんは後ろを気にしている。
「どうかしました?」
「え?あー、一人知らない人がいるなって」
「あの方は、研究所の事務官さんです」
「研究所の事務官?…研究所って魔法の?」
「はい」
当の事務官はソニアさんと話をしていた。
「へえ、あんな可愛い子がいるんだ…」
マレクさんの独り言のような呟きに、私は思わず聞き返した。
「はい?」
「いえ!なんでもないです!…ははは…」
彼は、照れくさそうに笑った。
テオ君の職場に到着。
「ここです。表は革製品売ってる店ですけど、裏に工場があるんですよ」
「へえ」
「ずいぶん、詳しいんですね」
「時々、昼食の注文をもらって届ける事あって…」
「マレクさんが作ってですか?」
「俺が作る時もあるし、店長の時もある」
マレクさんは、飲食店で働いてるみたい。
「あいつを呼んできますよ」
「はい」
マレクさんは、工場の奥へと消えていった。私の心臓は、ドキドキと高鳴る。どうしよう。なんて話せばいいんだろう。
すぐにテオ君が現れた。作業着姿の彼は、いつもの見慣れた格好とは少し違って見えた。
「よお」
「おはよう…には遅いかな…」
「いいんじゃないか。おはよう」
「うん…」
そばにいたマレクさんは、ソニアさんと事務官に連れて行かれて離れて行く。
「話があるんだって?」
「うん…」
「手短かに頼む。仕事中だから」
そうか、そうだよね。
私は、深呼吸をして、話し始めた。
テオ君に教えてもらった孤児院がきっかけで、魔法研究所に行けたことと、その後の顛末をざっくりとだが話した。
「そうか…よかったな」
私の話を聞き終えると、彼はそう言って微笑む。その笑顔は、とても優しかった。
「うん。テオ君のおかげだよ。ありがとう」
「俺は何もしてないぜ」
「そんな事ない。テオ君が孤児院の事を覚えていたから」
私の言葉に彼は、首を横にふる。
「遅かれ早かれ、研究所には行けたはずだ」
「たぶん無理だったと思う」
「どうして?」
「あの時は、諦め…かけてたから…」
「そうだったのか」
私の正直な言葉に、テオ君は少し驚いたような顔をした。でも、テオ君に出会うことができた。
それこそが、大きなきっかけだった。
「じゃあ…俺が後をつけたのがきっかけか?」
彼は、自嘲気味にそう言って苦笑いを浮かべる。
「そうだよ。ほら、やっぱりテオ君のおかげだよ」
「そうだな」
二人で笑い合う。
二人で笑い合う。久し振りに彼の笑顔を見た気がした。
その笑顔が、私の心を温かくする。
「だから、ありがとう」
「ああ」
テオ君と見つめあう。
一瞬、時間が止まったかのように感じた。
彼の瞳の奥には、優しさと、少しの照れくささが浮かんでいるようだった。
「で、礼を言いにわざわざ来たのか?」
「うん…どうしても言いたくて…」
「なあ…」
「なに?」
「お前の連れが何か言いたそうだぞ」
「え?」
ソニアさんの方を見た。
彼女は何かサインを送っていたが、よくわからない。
しびれを切らしたソニアさんが走ってやって来て、耳打ちする。
告白しなさい、と。
「無理ですよ…」
彼女は私の肩を叩いてから離れて行く。
「大丈夫か?」
「え?うん、大丈夫」
私は、彼の顔を見る事ができなくなってしまった。
顔が熱くて、心臓がうるさく鳴り響いている。
今ここで、告白しても、彼を困らせるだけだろう。
もしかしたら、お付き合いしてる女性がいるかもしれないし…。
でも、彼との繋がりを切りたくはない。
「あの私達ね。明日帰る事になって…」
「そうか」
「でね、私は王国のシュナイツって領地にいるの」
「へえ…そうなのか…」
彼は不思議そうな顔をする。
「だから…その…」
私は、どう言葉を続けたらいいか分からなかった。
「シュナイツだけでいいのか?
「え?」
その言葉の意味を、私は一瞬理解できなかった。
「宛先は王国のシュナイツだけで、手紙は届くのかどうか」
「…うん!届く!届くよ!あっ、私の名前も書いて」
「書くよ。誰宛か、わからんだろう?」
「そうだよね。あはは」
テオ君は、手紙を書くと言ってくれた。その言葉が、私の心をどれだけ救っただろうか。
「必ず返事するから」
「ああ」
「それじゃ…これで…仕事中にごめんね」
「構わないって」
「うん…」
私は少しづつ彼から離れて、ソニアさんの所に行く。
「いいの?」
「何がですか?」
「いや、だから…」
「いいんです。今は…」
「そう」
ソニアさんはそれ以上は言わなかった。
マレクさんにも礼を言って、彼がいる店を離れる。
テオ君とマレクさんは、見えなくまで見送ってくれた。
その姿が見えなくなると、私の目からは、自然と涙が溢れ出した。
ナミさんが涙を拭いている。
「大丈夫ですか?」
事務官がナミさんを気遣い声をかけた。
「はい。大丈夫です…」
テオドールさんと再会は、ナミさんにとって幸運で嬉しいものだったはず。でも、彼とはなれなければいけず、それはこの旅で一番辛い事になってしまった。
「死に別れるじゃないので…」
彼女は涙を拭き、笑顔を見せる。
「そうね」
「治癒魔法の事で、またこっちに来るかもしれないですし…」
「そういう口実で来ればいいんじゃない?」
「口実ですか?…」
「嘘も方便っていうのかな…」
「してはいけない事のような…」
確かにやっちゃいけないと思う。
でも、好きな人に会うためなら、許してあげたい。
ナミさんは真面目だから、絶対にしないと思うけど。
研究所に戻り、帰り支度をした。
ナミさんはギリギリまで治癒魔法を披露し、カレンの研究書を読んでいた。
Copyrightc2020-橘 シン




