26-43
「失礼致します!レーヴ様、支部長をお連れしました」
「ありがとう。下がってちょうだい。あ、ドアを締めてね」
「はい」
支部長だけが残される。
支部長は、レーヴ様の前だからか、明らかに緊張しているように見えた。その顔は、以前会った時の傲慢さはなく、どこか怯えを帯びている。
「レーヴ様…急ぎのようとかで…」
支部長には以前会った時のような威勢はない。
レーヴ様の威厳に、完全に圧倒されているのが見て取れる。
「ええ。あなた、このお二人の覚えているかしら?」
「…はあ…誰です?こいらは?」
支部長は、私たちをちらりと見て、すぐに視線を逸らした。その態度に、私の心にまた不快感が募る。
「覚えていない?」
「知りませんが」
支部長はそう答えた。
「彼女達は、あなたに門前払いされたそうよ」
レーヴ様の言葉に、支部長の顔色が一変した。
「門前払い?…あ!この前の!お前ら、何故ここにいる?レーヴ様、こいらはわけのわからん魔法あるからとレーヴ様に会いたいと…」
支部長は、私たちを指差し、まくし立てるように話し始めた。
「治癒魔法ですね」
「そう!それです!こんな嘘をでっち上げて、レーヴ様にお目通りしようしている輩で、レーヴ様のお手を煩わせてはいけないと追い払ったのです!」
支部長は、自分を正当化しようと必死だった。しかし、その言葉は、まるで火に油を注ぐかのようだった。レーヴ様は、支部長を鋭く睨んでいる。
「お黙りなさい」
レーヴ様の声は、氷のように冷たかった。その一言で、支部長の言葉はピタリと止まる。
「え?」
「彼女達は、王国の魔法研究所から正式は依頼を受けて、ここに参ったのです。それを門前払いするとは、どういう事ですか?」
「王国の?…まさか…しかし…」
支部長がどんどん青ざめていく。その額には、冷や汗が滲み出ていた。
「紹介状もあります。この書状を書いたのは、王国の魔法研究所所長本人です。わたしの古い友人もであります」
「…」
支部長は、たじろぐだけだった。その口は、何かを言おうとして開いたり閉じたりを繰り返しているが、言葉は出てこない。
「治癒魔法という嘘を…」
「治癒魔法は過去に廃れましたが、今復活したのです。ナミ・カシマという魔法士によって」
「…」
支部長は、完全に言葉を失っていた。その目は、恐怖と混乱で揺れている。
「ナミ。本当に申し訳ありません。彼に治癒魔法を見せてあげてくれませんか?」
レーヴ様の声には、支部長への怒りとは対照的な、温かさが含まれていた。
「はい。承知いたしました」
私は支部長の前に立つ。ソニアさんも。
「この前はどうも。雑な、対応をしていただきまして。大変、感謝していますぅ」
ソニアさんはわざとらしく言う。
支部長の顔が、さらに引きつるのが見て取れた。
「手をお出しさなさい」
「はい?」
「手を、お出しさなさい」
「さっさとしなさいよ」
ソニアさんが、痺れを切らしたように言い、支部長の手を掴んだ。
「おい!何をするんだ!レーヴ様?」
レーヴ様は人差し指を光らせている。
「ソニア。手を押さて」
「はい」
レーヴ様は、指先に半透明の刃を作り出す。その刃は、まるで氷でできているかのように透き通っていた。
そして、支部長に何も言わずに、その刃で彼の手のひらを切ってしまった。当然、支部長は驚きで目を見開く。
「うわああ!何をするのですか!?」
私は、すぐに治癒魔法で処置をした。
「なに?…」
支部長の傷は、すぐに塞がる。その光景に、支部長は呆然とした表情で自分の手を見つめている。
「これは…どうなって…傷が…」
「これが、治癒魔法です。あなたは、このような重要な魔法を門前払いしたのです。話も聞かずに」
レーヴ様の声は、静かだが、その言葉には重い響きがあった。
「しかしながら…」
「言い訳は結構。あなたを支部長から解任します」
「そんな…」
支部長の顔から、血の気が引いていく。
「追って指示あるまで自室待機を命じます」
「はい…」
元支部長は、肩を落とし、まるで魂が抜けたかのように所長室を出ていった。その背中は、ひどく小さく見えた。
「あーすっきりした」
支部長が去った後、ソニアさんがそう言いながら微笑んだ。その顔には、満足感が浮かんでいる。
「所員の非礼を詫びます」
「いえいえ…大丈夫ですから」
「本当に恥ずかしい事です」
レーヴ様が悪いわけではない。
「弁明のしようもありません」
申し訳なさそうに話す。
「とりあえず、これで治癒魔法に関して、一段落ついたって事よね?」
「そうですね」
後はエレナ様次第ということになる。
写本を貰えるかどうかは、エレナ様がレーヴ様に会うかどうかで決まる。
私の心が、完全に落ち着くのはまだ先ようだ。
「レーヴ様、大変お世話になりました」
「何を言うのです。礼を言わなければいけないは、わたし達の方です。あなたが…いえ、あなた達が、治癒魔法を持ってきてくれなければ、治癒魔法は廃れたままだったでしょう」
「最初のきっかけは、エレナ様ですから…私は依頼を受けてこなしたにすぎません」
「ナミさん。あなたが、治癒魔法が使える魔法士として生まれた。これが事の始まり」
「それだと、時間がかかりすぎですよ…ここまでくるのに」
「時間がかかってもいいのです」
私の言葉に、レーヴ様は首を横に振った。
「急がば回れという言葉もあります。回り道をして、多くを学ぶ事も大切です」
「はい」
「何を偉そうな事を言っているのでしょうね。わたしは」
苦笑いを浮かべるレーヴ様。
しかし、レーヴ様の言葉は重い。それは、彼女が多くの経験を積み、多くを学んできたからだと思う。
違和感はないし、納得できる。
エレナ様も、レーヴ様の言葉で成長してきたのかもしれない。
「ここからシュナイツまでは、どれくらいの日数がかかるのですか?」
「えーと…半月くらいでしょうか?」
「早くてね。天候に左右されます。船での移動が主ですから」
「そうですか…それは大変ですね」
旅というのはこういうものだろう。
シュナイツから研究所までは、苦労はしたものの、順調だったと言える。
しかし、帰り道は、また別の困難が待ち受けているかもしれない。
レーヴ様は、口元に手を置いて何かを考えている。
「リカシィからこちらにシファーレンに渡ったのでしたね」
「はい」
「それならば、リカシィまで送って差し上げましょう」
「送って?…あ、転移魔法で、ですか?」
「はい」
レーヴ様なら、転移魔法なんて造作もない。でも…
「よろしいのですか?リカシィは王国領ですが…」
「行って帰ってくるだけですから。まあ問題はないでしょう」
「そうですか…ソニアさん、どうします?」
「願ったり叶ったりだけど…レーヴ様に送っていただくのは、気が引ける…かなって」
私も同じ気持ちだった。いくらなんでも、そこまでお世話になるのは気が引ける。
「気にする必要はありません」
レーヴ様は笑顔で言う。
そして、声を潜めて…。
「わたしが行きたいの」
「はい?」
「所長になってから、外に出かける事がほとんどなくなってしまって…」
「あー、なるほど…」
ため息を吐くレーヴ様。その表情には、多忙な日々への疲れと、少しの寂しさが滲み出ているようだった
「孤児院にもあまり行かれてないそうで…」
「そうなの。子ども達の成長を見るのが、楽しみなのに…手紙を出すくらいしかてきていない」
所長として仕事が忙しいからだろう。その言葉に、私はレーヴ様の人間らしい一面を見た気がした。
「わかりました。そういう事でしたら、ぜひお願いします」
「ええ」
リカシィまで送っていただく事に決まった。
日数もだが、金銭的もかなりの節約になる。
そして何より、レーヴ様が喜んでくれるなら、それが一番だ。お忍びだけれど…。
「では、いつ出発しますか?。わたしはいつでも構いませんよ」
善は急げとも言うし、急いているわけではが、早いほうがいいかもしれない。
「今、よろし…」
「ナミさん、ちょっと待って」
ソニアさんが私の肩をつかむ。
「ソニアさん?」
「レーヴ様。出発は明日以降でいいです」
「はい」
「今日、外出許可をいただけませんか?」
「どこか行きたい所があるんですか?」
「はい。個人的な用件なので、詳しくは言えないのですが…」
個人的な用件?…まさか!。私の頭の中に、テオ君の顔が浮かんだ。
「ソニアさん!別にいいんですよ!あれは…」
私は、慌ててソニアさんを止めようとした。
「でも、お礼を言いたいって」
「できればの話で、絶対言いたいわけではないんです」
「なんの話ですか?」
「実は…」
ソニアさんがテオ君の事を話してしまう…。私の顔は、一気に熱くなった。
「あらあら、そういう事ですか…いいでしょう。許可します。事務官を一人つけますので、一緒に行ってきてください」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます…」
「よかったね」
よかったんだろうか?。
「礼は言える時に、言ったほうがいいわ。めったに会えないのなら、余計にね」
「はい…」
レーヴ様はそう言ってくれたけど、どんな顔してテオ君に会えばいいのか、わからなくなってきた。
私とソニアさん。そして事務官(女性)の三人で、城下町へ向かう。
Copyrightc2020-橘 シン




