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ブレイバーズ・メモリー(3)   作者: 橘 シン


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26-40


 翌日以降もカレンさんの研究書の捜索は続いた。


 広大な資料室のどこかに眠っているはずの研究書を、職員たちが総出で探している。


 私たちは部屋で待機するか、食堂で他の職員と交流するくらいしかできることがなかった。


 それと並行して、レーヴ様以下上級職員による会議が開かれる。


 会議の内容は、治癒魔法に関する取り扱いである。

 

 今現在、ナミさんにしか治癒魔法を扱えない。


 治癒魔法もシファーレンの研究所で、調査・研究をするが、ナミさんにしか扱えないので、どうすべきかと苦慮している。と漏れ聞いた。


 当然ながら、ナミさんをシファーレンの研究所に招くべきだという意見が出たらしい。その話を聞いた時、私の心臓は嫌な音を立てた。



「ナミさんを、このまま帰さないって、強硬な意見を言ってる人達がいるの」


 会議に出入りいしている事務官が、こっそりと教えてくれた。


「は?」


 ナミさんはシファーレンの出身だが、今現在はシュナイツの所属で、王国の研究所から治癒魔法の調査を依頼されてここにいる。


 無理矢理ここに留め置くなど、ありえない。


「無理矢理過ぎるでしょ!」


 思わず、声が大きくなってしまった。


「そう言ってるのはごく少数で、その意見が通るとは思えない。なによりレーヴ様が許可しないはず」

「でしょうけど…」

 

 事務官の言葉に、少しだけ安堵する。

 

 しかし、もし万が一、その強硬な意見が通ってしまったら…。

 

 いざとなったら、ここを無理にでも出ていかなければいけない事態になる。

 

 わたしの心は、不安でざわめいた。


「ナミさんには言った?」

「いいえ」

「そう…」


 ナミさんはディナトス様に呼ばれてどこかに行っている。


「彼女には、絶対に言わないで」


 ナミさんを動揺させたくない。


「ええ…でも、遅かれ早かれ伝わるわよ」

「わかってる…」


 

 荷物は預けたままだ。


 着替えも用意してくれる厚遇だったので、完全に気を抜いていた。


 まさか、こんな事態になるとは夢にも思わなかった。


「ねえ…ここをこっそり出るとなったら、協力してくれる?」


 言っておいて、自分でバカかと思った。

 

 彼女はシファーレンの事務官なのに、ちょっと仲良くなったからって、相談できる相手じゃない。


「構わないわ」


 事務官の意外な返事に、私は目を見開いた。


「え?いいの?」

「私は魔法士じゃなし」

「そうだけど…」

「常識非常識はわかってるつもりよ」

「そう…ありがとう」

「でもレーヴ様がいるから、きっと大丈夫。あの方は強硬な手段は取らない」

「ええ…」


 ここは祈るしかないか。



 

 私はディナトス様に呼ばれて、書斎に出向いていた。


「あの、ディナトス様は会議にお出にならなくてもよろしいのですか?」

「わしは、もう引退しとるから出る必要はない」


 そう言って、お茶に一口飲む。


 その顔には、どこか達観したような笑みが浮かんでいた。


「出てほしいのなら、言ってくるだろう。まあ言って来ても、断るがな」


 ディナトス様はそう言って笑う。


「じじいに頼るようではいかん」

「経験豊富だからこそ、頼りたくなるのでは…」

「大した経験はしとらんよ。所長なんぞをやったが、他にやるもんがいなかっただけだしな」


 他にやる人がいないからって、それをやすやす引き受ける。


 それができるだけの才があるからだろう。


 その言葉の裏には、謙遜と、しかし確かな自信が感じられた。



「マンジュウは嫌いか?」

「いえ、好きです」

 

 マンジュウを一口食べて、お茶の飲む。


 マンジュウは、小麦粉などを練って作った生地でアンコなどの具を包んで、蒸したお菓子。


 甘さ控えめで、上品な甘さが口の中に広がる。美味しい。



「お前は古代語は読めるか?」

「読めます」

  

 古代語は普通、習うことはない。.


 ベッキーと一緒に通っていた共同学校に古代語を知ってる先生がいて、教えてもらった。


 その先生は魔法士ではなくて、学者さん。


 田舎を回り、子ども達を教育するのという慈善活動をしている人だった。

 

 ベッキーやその他の友人は、全然興味を示さず、私だけが古代語を習っていた。


「ほお。興味本位とはいえ殊勝な心がけじゃな」

「殊勝かどうかはわかりませんが、習っておいてよかったと思っています」


 エレナ様の授業は、古代語が交じるもの多く、私以外の隊員は苦労していた。


 ベッキーは、習っておけばよかったと後悔していたのを覚えている。



「これが読めるか?」


 ディナトス様は一冊の書物をテーブルに置く。


 古びた革の表紙に、見慣れない文字が刻まれている。私はその書物を手に取り、ゆっくりと開いた。


「…読めますが、かなり難しい内容で…半分もわかりません」

 

 専門用語が多数あり、魔法に関する論文?である事しかわからなかった。


 私の知っている古代語とは、また違った専門的な知識が必要なようだ。


「ディナトス様が書かれたものでしょうか?」

「わしではない」


 ディナトス様は首を横にふる。


「それは、エレナが書いたものだ」


 その言葉に、私は息を呑んだ。


「エレナ様が…」

「十五の時にな」

「え?十五才の時に?」


 どう考えても十五才で書ける内容ではない。

 

 その書物からは、並々ならぬ知識が感じられる。

 

 エレナ様の才能に、改めて驚かされた。


「聡明な子じゃった…シンシアがいたく買っていた。あんな事がなければ、ここで素晴らしい成果を出しておっただろうな…」

 

 エレナを失った事は研究所にとって、多きな損失だったと、ディナトス様は話す。

  

「お前はエレナの元で魔法を習っていたのだろう?あいつは元気か?」

「はい。元気です」

「そうか。ならばよい」


 ディナトス様は小さく頷く。


 その表情は、エレナ様の無事を知って、心から安堵しているようでした。


「エレナ様は、ここで起こした事件を悔やんでいました。自分の欲望のままに行動した事を…」

「うむ…反省しているのなら、人として成長したのだな」

 

「魔法以外の事には興味がないようだった。友人も作らんと、暇があれば試験場で、実験しておったわ」

「エレナ様と出会った当初は、あまり会話をする方ではなくて…ちょっと苦労というか…」

「ほほほ」


 ディナトス様には、私が言いたい事がわかったようで、苦笑いを浮かべた。


 今のエレナ様は違う。


 普通の会話できるし、たまに冗談を言ったりする。


「レーヴ様も心配していたようです」

「シンシアが一番心配していたな。しばらくは仕事が手につかん状態じゃった」


 気持ちはわかるが、しっかりしろと発破をかけたという。


 その言葉から、レーヴ様とエレナ様の間に、師弟関係以上の深い絆があったことが伺える。


「シンシアは、子に恵まれなかったからか、余計にエレナが心配だったのだろう」


 そうだったのか…レーヴ様…。


「お前は子離れができん親か、と言ったら、嬉しそうにそうですねっといいおった」


 傍目から見て、親子に見えた事にレーヴ様は喜んだのかも?。


 私は、追放されたエレナ様のその後のことを、ざっくりと話した。


「そうか…エレナがいなくなった事は研究所にとって損失だったが、エレナ本人にとっては良い影響だったようだな」


 ディナトス様の言葉に、私は深く頷いた。


 エレナ様が、あの事件を乗り越え、新たな場所で自分らしく生きていること。それが、何よりも大切な事のように思えた。



 カレンおばあちゃんの研究書はまだ見つかってない。


 さらに三日滞在することになる。


 部屋の窓から見える景色も、食堂のメニューも、もうすっかり見慣れてしまった。


「もう四日目よ…」


 ソニアさんが、ベッドに寝転がりながら、天井を見上げて呟いた。その声には、明らかに飽きが滲み出ている。

 

「さすがにやる事がなくてきました」


 治癒魔法の体験は、研究所の魔法士ほぼ全員が体験した。


 しまいには、事務官やメイドにまで及ぶ。



「お金がかからないとはいえ、さすがに…」

「気が引けるわよね…」

「はい」


 しかし、待つ事しかできないのも事実。


「外出許可をいただかこうかと思っているんです」

「外出と言ってもどこに行くの?」

「あの…テオ君にお礼を…言いたいなって…」

「ほほう…」

  

 私の言葉に、ソニアさんがニヤリと笑った。


「べ、別にお礼だけで、それ以外に用は、ないですから!」

「そんなに照れなくてもいいんじゃない?」

「照れてなんていないです」


 顔が熱いのは自覚してる。


 帰る前にもう一度、彼に会っておきたかった。


「ダメ元で聞いて見ましょうか?」

「はい」


 私達は、事務官を通じレーヴ様に外出許可を願い出る。


 しかし、許可どうこうの前にカレンおばあちゃんの研究書が見つかったとの連絡が来た。


「やっと見つかったみたいね」

「はい…やっとですね…」

 

 カレンおばあちゃんの研究書か…。

 

 私の心は、様々な感情でぐちゃぐちゃになった。

 

 不安や期待、嬉しさや怖さ、楽しみ。

 

 私に読み解くができるだろうか…。もし、読めなかったら。もし、期待外れだったら。

 

 しかし、それ以上に、ひいおばあちゃんの残したものが、ついに目の前に現れるという興奮が勝っていた。


 そんな感情を抱きながら、所長室へ向かった。



Copyrightc2020-橘 シン


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