26-39
わたし達の宿泊部屋が用意され、そこに向かう。
「泊まるに決まってるじゃない?」
「無料で食事つきですからね」
金銭的余裕はある。
城下町で待つ選択肢もあったが、当然宿泊費と食費がかかってしまう。
それに、いつ見つかるかわからないので、宿屋を離れることはできない。
わたしとナミさんのどちらかが、宿屋に残っていればいいが、シファーレンといえども単独行動は控えたほうがいいだろう。
何より、研究所の中にいれば、何か進展があったときにすぐに動ける。
「結局、動けないんだから、タダを選ぶ」
「お金の節約にもなりますし…でも、少し恐れ多い気もします…」
まあ普通は泊まるなんてことはできない。
特異な例だろう。
それでも、レーヴ様の配慮に感謝。
用意された部屋は二人部屋。
広い部屋ではないが、泊まる分には全然困らない。
「上宿よ、これ。一泊千ルグはする」
わたしは、ベッドをポンポンと叩きながら感心する。
「実家のベッドよりフカフカです」
しかも、世話をしてくれるメイド付き。
で、食事はというと…。
「広い食堂ですね…」
「ええ…」
研究所専用の食堂があり、ここで食事をいただく。
二百から二百五十人は座れるかもしれない。
天井が高く、窓からは夕暮れの光が差し込み、開放的な空間が広がっていた。
比較的年齢の若い職員が多い印象。
「今日のおかすは何かな~」
職員に一人が、わたし達の横を通り過ぎていった。
その声に、私のお腹が鳴りそうだ。
「おかず…」
そういえば、昼食は食べてないんだった。ヨウカンを二切れだけ。
空腹感が、一気に押し寄せてきた。香ばしい匂いが、食欲をさらに刺激する。
メニューは、日替わり二種類のみ。
カウンターの横にメニュー内容が書かれいた。
「何々…トンカツ?テイショクか、ブタドン?…。ナミさん…」
わたしは、ナミさんに助けを求めるように視線を向ける。
「トンカツは、厚く切った豚肉を、衣をつけて油で揚げたものです。フタドンは豚肉を薄く切って焼いて、甘辛いタレを絡めて、ゴハンに乗せたものです」
「ありがとう、ナミさん」
聞かずとも教えてくれるナミさん。ツーカーである。
「ナミさんはどっちにする?」
「そうですね…ブタドンで」
「じゃあ、わたしも…」
わたしがそう言いかけたところで、ナミさんがある提案をしてきた。
「お互い別々のを頼んで、味見しあいませんか?」
「あ、いいわね」
それぞれカウンターで受け取って席に…ってその席が中々見つからない。
二人で座れる席がない。
職員達が注目している。
「例の魔法士か?」
「ああ。治癒魔法が使えるらしい」
「本当なのか?」
「本当だとさ」
「何かトリックを使ったんじゃないのか」
実際に見ていない者達の憶測が、ざわめきとなって飛び交う。
「あいつら…」
「ソニアさん、落ち着いてください」
ナミさんがそっと耳打ちしてくる。
「ええ…」
ここで、喧嘩をする気はないけど、ムカつくわ。
「こっち空いてますよ!」
右の方から、明るい声が聞こえた。
「こっちです!」
女性魔法士が手を振っている。
「行きましょう」
「ええ」
女性魔法士の方へ向かった。
「ここどうそ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
女性の職員(魔法士や事務官、メイド)が集まっているテーブルだった。
「カシマさんですよね?」
「はい」
「治癒魔法が使えるって本当ですか?」
「まあ…一応…」
ナミさんの言葉に、女性達の目がキラキラと輝き、一気に盛り上がり始めた。
「やっぱり使えるんだ…」
「どんな感じなんですか?」
「魔法力の消費はどの程度ですか?」
「いつから使えるようになったんですか?」
「魔法陣を見せもらえます?」
等など、ナミさんは質問攻めに遭う。
そんな中、わたしはトンカツなるものに夢中になっていた。
目の前の皿には、キツネ色した香ばしい衣、食べ応えある厚い肉。
そして甘辛いソース。一口食べると、その美味しさに思わず目を見開いた。
「え…美味しい!」
ゴハンが進む、進んじゃう!。
ハシが止まらない…。
空腹が、美味しさを倍増させているせいかな。
「ふふ…」
わたしの前に座っていた人が笑っている。
「トンカツ初めて食べるんですか?」
「ええ。王国にはないから」
「え?王国から?」
「王国のどこです?」
「最北の山の中よ」
今度はわたしが質問攻めに遭ってしまう。
ナミさんとは、立場が逆転する。
「あなたは魔法士ではないですよね」
「ええ、違うわ」
「ナミさんの友人?」
「友人よ」
「なぜ、一緒に?」
「付き添い…かな。女一人なら心細いし、危ないでしょ」
「二人でも怖いかも…」
「彼女は剣術と体術が得意なんですよ」
ナミさんは、わたしが得意なことをさりげなく褒めてくれる。
「そのへんの不良に、勝てる程度だけどね」
女性職員との会話は、弾むように盛り上がった。
「話が盛り上がっているところ申し訳ないが…」
男性魔法士がやってきた。
その声に、テーブルの会話がピタリと止まる。
「治癒魔法を見せていただきたいのだが、よろしいか?」
「はい。構いません」
夕食を食べ終えていたナミさんは、すぐに立ち上がった。その表情は、先ほどの緊張とは異なり、どこか落ち着きを払っているように見えた。
「どちらで行えばよろしいでしょうか?」
「そうだな…」
男性魔法士は周りを見回す。
わたしもその視線を追った。
周囲の職員全員がこちらの見ていた。
その中の数名が、下を指さす。
「ここ?いいのか?食堂だぞ?」
「ここでいいって!…」
聞こえないように言ったつもりみたいだけど、しっかり聞こえてる。
「あーここで」
「ここで?…ここで、行っても大丈夫なのでしょうか?」
「特に危険なものではないので、大丈夫かと…」
はっきり大丈夫とは言わない。
まあ、大丈夫だろうけど。
「わかりました」
「ありがとうございます」
ナミさんの言葉に、周囲がざわつき始めた。
「俺が先だろ」
「僕のほうが早かった」
我先にと集まってくる。
その様子は、まるで子供のようだ。
「何なのよ…」
「あはは…」
わたしは呆れて呟き、ナミさんは苦笑いを浮かべている。
興味があるのはわかるけど、落ち着けっての!
「ちゃんと並びなさい!」
「こっち!壁にそって」
「指先をちょっと切るだけにしてよ!」
女性陣で男性魔法士達を誘導する。
「すげええ!」
「なんじゃこりゃ」
「傷が…」
ナミさんの治癒魔法を受けた者達は、一様に驚きの声を上げた。その顔には、興奮と驚愕が入り混じっている。それは、女性陣も同じだった。
「魔法陣見せてもらえます?」
「どうぞ」
「これが治癒魔法…」
「どういう仕組みなんですか?」
「私もまだよくわからなくて…」
「補助魔法に近いのかなって思っていたんですけど、全然違う…」
「白と黒くらい違うわ」
女性魔法士の一人が、自分もやってみると言い出した。
ナミさんから魔法陣の描き方を教わり、真剣な表情で試みる。
「これをこうして…こうか…こうね。これでいいかしら?」
「…はい。あっています」
「じゃあ、始めるわ…」
始めたものの、何も変化がない。魔法陣は、ただの模様としてそこに存在しているだけだ。
「発動しない?」
「魔法力が足りないとか?」
「十分に注いでるわ」
「使う魔法力の特性が違うので、発動しませんよ」
「そうみたいね…」
「ちょっと…」
「え?」
レーヴ様がいつの間にか、女性陣の輪に入っていた。
他の職員は慌てて姿勢を正している。
「レーヴ様!?」
レーヴ様は興味深げに魔法陣を見る。
「初期の魔法にしては複雑よね?」
「はい。私にはまだ意味がわからなくて…」
「これを読み解くのが、これからのあなたの仕事になる」
「はい」
ナミさんはしっかりと頷く。
「わたしにもやっていただける?」
「はい」
レーヴ様は、自分で指先を切り、ナミさんに差し出す。
ナミさんがすぐに傷を塞ぐ。その手つきは、もうすっかり慣れたものだった。
「なるほど…」
自分の指先を観察するレーヴ様。
「魔法を発動させる時に、何かをイメージしてる?」
「はい」
「やはり、血が止まる、傷が塞がる、事をイメージするのかしら?」
「そのとおりです」
「魔法力はどの程度の消費を?」
「指先程度なら、ほとんど消費はしません」
「わたしが来るまでに、かなりの人数を相手に治癒魔法を使っていたようだけど…それでも」
「意外に消費は少なかったです。もっと疲れるのかな、と思ったんですけど…」
どうしてでしょうね、とナミさんは不思議がる。
「そうね…最初に使った時を比べどうかしら?」
「消費量は少なくなってるような…」
「消費量が、少なくなったのではなく、あなた自身の魔法力が増えてたのでしょう。錯覚かと思います」
「そうなのですね。申し訳わけありません」
ナミさんが頭を下げた。
「謝る必要は、ありません。よくある事例です」
「魔法を使う事で魔法力が高まる増えると習いました。治癒魔法もそうなのでしょうか?」
「おそらくそうでしょう。詳しくは、カレン氏の研究書を読み解くか、もしくはあなた自身で経験し、証拠を重ねて証明しなければいけないでしょう」
レーヴ様とナミさんは、この後も食堂で話しこんでいた。
魔法の事や、エレナ様の事など、多岐に渡って。その会話は、まるで尽きることがないかのようだった。
Copyrightc2020-橘 シン




