26-37
「レーヴ様!」
突然、所長室の扉が勢いよく開き、男性の魔法士が一人、息を切らせて飛び込んできた。
そして、メモをレーヴ様に渡した。
「そう…間違いなのね?」
「はい。確認いたしました」
「わかりました。ありがとう」
「はい。では失礼します」
魔法士は立ち去ろうする。
「待って」
レーヴ様の声が、彼の足を止めた。
「はい?」
「上級職員を集めてください」
「上級…というと結構な数になりますが、全員でしょうか?」
「そうね…限界を二度突破して、二十年以上経過している者という条件で集めてください。一番の試験場に」
「かしこまりました」
魔法士は再び一礼し、今度こそ足早に去って行く。
「カレン・カシマと名前が職員名簿にありました」
「カレンおばあちゃは、魔法士で間違いないんですね」
確認するように尋ねると、レーヴ様は穏やかに頷いた。
「ええ」
「そうですか…」
カレンおばあちゃは、ここにいたんだ…ここで治癒魔法の研究していたんだ。
一気に親近感が湧いてくる。
現実感がなかったものが、はっきりと目の前に現れたような気がした。
「研究書については、まだ調査中。こちらは、やはり時間がかかるようね」
「はい」
研究書がなかったらどうしよう。
いや、ないわけがない。
探し始めたばかりだ。今は、待とう。
「さてと…」
レーヴ様が、ゆっくりと立ち上がった。
「では、さっそく見せていただきましょうか?あなたの治癒魔法を」
「はい」
とうとう来た。来ちゃった…。
私の手は、知らず知らずのうちに固く握りしめられていた。
これから、私の治癒魔法が、この研究所の魔法士たちの目の前で試されるのだ。
期待と不安が入り混じり、足元がふらつくような感覚に襲われる。
試験場という場所へ移動する。
「はあ…ふう…」
深呼吸を繰り返す。
「やはり緊張しますか?」
正直に答える。隠すことなんてできないくらい、緊張していた。
「はい…」
「自信を持っておやりなさい。初めて行うわけではないのですから」
「はい」
「あなたの友人や孤児院の男の子を救ったそれ比べれば、ささいな事です」
ささいな事かな?…。
「ナミさん。大丈夫よ。自信を持って」
「はい…」
「治癒魔法は、あなたにしかできないんだから、ドヤ顔で見せつけてやればいいのよ」
ソニアさんはそう励ましてくれる。
見せつけるか…私ができる治癒魔法はまだ初期のものだけなんだけど…。
試験場に到着。
試験場は、単に広い部屋のように見える。
内部は特別な魔法を施してあるらしく、魔法が外に影響を及ぼさない作りになっているんだとか。
壁や天井には、複雑な魔法陣が刻まれているのが見て取れた。
「治癒魔法でここを、使う必要はないんだけど、ちょうどいいの広さに部屋がないの」
そうレーヴ様が話す。
試験場に入ると十数名ほどの魔法士が集まっていた。
彼らの視線が、一斉に私に注がれる。
「け、結構いますね…」
全員が限界突破を二回している。
その魔法士達の前に机が一つ置かれていた。
「あそこでやりなさいって事でしょうか?」
「そうにしか見えないけど…嫌な感じね。ナミさんが悪い事したみたいじゃない」
ソニアさんは、少し憤慨する。
レーブ様は魔法士達と何かを話してる。
その間も、私の両手を組んで、震えを止めようと必死だった。
「ナミ。こちらに」
「はい」
レーブ様に呼ばれて魔法士達の前に進み出る。
「自己紹介を」
「はい。初めまして、ナミ・カシマと申します」
魔法士達は何も言わず、ただ私を見つめる。
「レーヴ様、本当にこの者が治癒魔法を?」
魔法士の一人が訝しげに尋ねた。
「ええ。今から披露していただきます。ナミ、いいですね?」
「はい」
私が頷くと、机の上に小さなうさぎが置かれる。
うさぎの背中の一部の毛が剃られて、皮膚がむき出しだった。
まさか…このうさぎを使う?。
そして、その横には、きらりと光る小さなナイフが用意された。
「あの、ちょっ…」
「ちょっと待ってください!」
私の発言に被せるようにソニアさんが声を上げる。
「なんでうさぎを使うんですか」
ソニアさんは、怯むことなく魔法士たちに詰め寄る。
「お前は魔法士ではないんだろう?」
「部外者は下がっていなさい」
「わたしはナミさんの友人よ。発言する権利があるわ!」
彼女は物怖じせずに話す。
「このうさぎを使う意味を教えて」
「治癒魔法を見るためには、まずは傷つけなけれいけない」
「だからって、まだ子どものうさぎを使う必要はないでしょ?。わたしの手を切ればいい」
それも嫌だけど…。
「それではいけないわ」
レーヴ様が、ソニアさんの提案を許可しなかった。その声には、一切の感情が感じられない。
「なぜです?」
「何かを細工するかもしれません」
「細工…騙すかもしれないと?」
「ええ」
レーヴ様は真顔で言う。
「ナミさんは、そんな人じゃない!」
ソニアさんは、怯むことなく魔法士たちに詰め寄る。その優しさに、胸が熱くなった。
「ソニアさん。私は、いいですから…」
これ以上、ソニアさんに迷惑をかけたくなかった。
「わたしが、納得いかないわ。細工だ、トリックだと疑うなら、あなた達の誰かが手なり腕なり切ればいいでしょ?そのほうがよっぽど証明できる」
「…」
魔法士達は何も言わない。
「レーヴ様までナミさんを疑っているとは思いませんでした」
「わたしは、ナミの治癒魔法を信じているとも、疑っているとも、一言も発言していません」
確かに、レーヴ様は言っていない。
「し、しかし…」
ナミさんは言い淀む。
「自らの目で見て、観察する事が証左となる…」
私は院長先生が言った言葉を思い出し呟いた。その言葉が、私の心にストンと落ちてきた。
「そういう事です」
「わかってます。うさぎである必要がある」
「できる限り、人が関わらないほうが正確な事象になります。あなたやここの人が関わられば、そこに何かしらの意思が介在する」
「細工されるかもしれないと」
「ええ。だから、うさぎを使う。可愛そうだけど」
ソニアさんは何も言えない。
レーヴ様の言っていることは、論理的には正しい。
感情的には納得できないけれど、この場ではそれが最善なのだと、頭では理解できた。
「ソニアさん。わたしは大丈夫ですから」
「でも!…」
ソニアさんはわたしを気づかっての発言だ。
逆の立場なら、私も同じ発言をしていたと思う。
「うさぎの件については、わかりました。それと別で、ナミさんに対して威圧的じゃありませんか?」
ソニアさんは、まだ諦めていなかった。その言葉に、魔法士たちの表情がわずかに険しくなる。
「威圧?この程度で?」
「いつもならこれの三倍の人数で試験をするんだが」
「それはここの職員の場合でしょう?彼女が能力をいかんなく発揮できるよに配慮すべきです」
ソニアさん…。
ただ一人の味方であるソニアさんが、私を気遣い、庇ってくれる。その姿に、私は泣きそうになった。
「うむ、確かに一理あるな」
その時、試験場の出入り口から、深く落ち着いた声が聞こえた。その声に、私たちは一斉に振り返る。
出入り口には白髪のご老人が立っていた。
「魔法士?」
その服装は、紛れもない魔法士のものだ。
杖をつきながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
杖が床に触れるたびに、コツン、コツンと乾いた音が試験場に響き渡る。
職員達は、そのご老人の姿を見ると、恭しく頭を下げた。
その眼光は鋭く、何か言いようのない圧があった。
この場の空気を一瞬で変えてしまう、圧倒的な存在感。
「前所長です。わたしの師でもあります」
レーヴ様の言葉に、私は息を呑んだ。
前所長…。この研究所の、かつての最高責任者。
「いやぁ、すまんな、ちょっと遅れてしもうた」
その声は、先ほどの威圧感とは裏腹に、どこか親しみやすさを感じさせた。
「いいえ。まだ始まっていませんので」
「そうか?で、カレンのひ孫というは?」
カレン…呼び捨て…。ひいばあちゃんとはそれなりの仲という事だろうか?。
「こちらです」
私は一歩前に出る。
「お初にお目にかけます、ナミ・カシマと申します」
「ほお。お前さんが、カレンのひ孫か…なるほど、どことなく似ているな。ワシは、ディナトスだ。よろしくな」
「よろしくお願いします。ディナトス様」
ディナトス様が差し出し右手を、恐る恐る握る。
「んっ!?」
失礼にならないように、できる限り身震いを抑えた。
ディナトス様の魔力も、レーヴ様と同じくらい、いや、それ以上に強大なものだと感じた。
「大丈夫かな?」
そう言って私の右手を優しく叩く。
「はい…大丈夫です。失礼いたしました…」
「いやいや、構わんよ」
そう笑顔で言いながら手を話す。
「先生、いかがですが?彼女の魔法力は?」
「うむ、違うな。言葉にできんが、確かに違う」
頷きながらそう話す。
「して。まだ治癒魔法は見とらんのだな?」
「はい」
ディナトス様は、一つ息をはく。
「そちらのお嬢さん…」
「ソニア・バンクスです」
「うむ。ソニア・バンクスの言う通りだ。少々威圧的なのは否めん」
ディナトス様の言葉に、魔法士たちはざわめいた。彼らの表情には、あまり納得がいっていない様子が見て取れる。
「し、しかしながら道士様…」
「若いもんをいじめてどうする?」
「いじめているわけではなく…」
「お前達は、自分達が一流だと思っておるではあるまいな」
「道士様に比べたら、劣りますが、限界は突破は二度しておりますし…」
「バカモン!」
ディナトス様は、一喝した。
その声は、試験場に響き渡り、魔法士たちは一瞬にして静まり返った。
Copyrightc2020-橘 シン




