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ブレイバーズ・メモリー(3)   作者: 橘 シン


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26-37


「レーヴ様!」


 突然、所長室の扉が勢いよく開き、男性の魔法士が一人、息を切らせて飛び込んできた。


 そして、メモをレーヴ様に渡した。


「そう…間違いなのね?」

「はい。確認いたしました」

「わかりました。ありがとう」

「はい。では失礼します」

 

 魔法士は立ち去ろうする。


「待って」


 レーヴ様の声が、彼の足を止めた。


「はい?」

「上級職員を集めてください」

「上級…というと結構な数になりますが、全員でしょうか?」

「そうね…限界を二度突破して、二十年以上経過している者という条件で集めてください。一番の試験場に」

「かしこまりました」

 

 魔法士は再び一礼し、今度こそ足早に去って行く。



「カレン・カシマと名前が職員名簿にありました」

「カレンおばあちゃは、魔法士で間違いないんですね」


 確認するように尋ねると、レーヴ様は穏やかに頷いた。


「ええ」

「そうですか…」


 カレンおばあちゃは、ここにいたんだ…ここで治癒魔法の研究していたんだ。


 一気に親近感が湧いてくる。


 現実感がなかったものが、はっきりと目の前に現れたような気がした。


「研究書については、まだ調査中。こちらは、やはり時間がかかるようね」

「はい」

 

 研究書がなかったらどうしよう。


 いや、ないわけがない。

 

 探し始めたばかりだ。今は、待とう。



「さてと…」


 レーヴ様が、ゆっくりと立ち上がった。


「では、さっそく見せていただきましょうか?あなたの治癒魔法を」

「はい」


 とうとう来た。来ちゃった…。


 私の手は、知らず知らずのうちに固く握りしめられていた。

 

 これから、私の治癒魔法が、この研究所の魔法士たちの目の前で試されるのだ。

 

 期待と不安が入り混じり、足元がふらつくような感覚に襲われる。


 試験場という場所へ移動する。



「はあ…ふう…」


 深呼吸を繰り返す。


「やはり緊張しますか?」


 正直に答える。隠すことなんてできないくらい、緊張していた。


「はい…」

「自信を持っておやりなさい。初めて行うわけではないのですから」

「はい」

「あなたの友人や孤児院の男の子を救ったそれ比べれば、ささいな事です」

 

 ささいな事かな?…。


「ナミさん。大丈夫よ。自信を持って」

「はい…」

「治癒魔法は、あなたにしかできないんだから、ドヤ顔で見せつけてやればいいのよ」


 ソニアさんはそう励ましてくれる。


 見せつけるか…私ができる治癒魔法はまだ初期のものだけなんだけど…。



 試験場に到着。


 試験場は、単に広い部屋のように見える。


 内部は特別な魔法を施してあるらしく、魔法が外に影響を及ぼさない作りになっているんだとか。


 壁や天井には、複雑な魔法陣が刻まれているのが見て取れた。


「治癒魔法でここを、使う必要はないんだけど、ちょうどいいの広さに部屋がないの」


 そうレーヴ様が話す。



 試験場に入ると十数名ほどの魔法士が集まっていた。


 彼らの視線が、一斉に私に注がれる。


「け、結構いますね…」

 

 全員が限界突破を二回している。


 その魔法士達の前に机が一つ置かれていた。


「あそこでやりなさいって事でしょうか?」

「そうにしか見えないけど…嫌な感じね。ナミさんが悪い事したみたいじゃない」

 

 ソニアさんは、少し憤慨する。



 レーブ様は魔法士達と何かを話してる。


 その間も、私の両手を組んで、震えを止めようと必死だった。


「ナミ。こちらに」

「はい」


 レーブ様に呼ばれて魔法士達の前に進み出る。


「自己紹介を」

「はい。初めまして、ナミ・カシマと申します」


 魔法士達は何も言わず、ただ私を見つめる。


「レーヴ様、本当にこの者が治癒魔法を?」


 魔法士の一人が訝しげに尋ねた。


「ええ。今から披露していただきます。ナミ、いいですね?」

「はい」


 私が頷くと、机の上に小さなうさぎが置かれる。

 

 うさぎの背中の一部の毛が剃られて、皮膚がむき出しだった。


 まさか…このうさぎを使う?。


 そして、その横には、きらりと光る小さなナイフが用意された。


「あの、ちょっ…」

「ちょっと待ってください!」


 私の発言に被せるようにソニアさんが声を上げる。


「なんでうさぎを使うんですか」


 ソニアさんは、怯むことなく魔法士たちに詰め寄る。


「お前は魔法士ではないんだろう?」

「部外者は下がっていなさい」

「わたしはナミさんの友人よ。発言する権利があるわ!」


 彼女は物怖じせずに話す。


「このうさぎを使う意味を教えて」

「治癒魔法を見るためには、まずは傷つけなけれいけない」

「だからって、まだ子どものうさぎを使う必要はないでしょ?。わたしの手を切ればいい」


 それも嫌だけど…。


「それではいけないわ」


 レーヴ様が、ソニアさんの提案を許可しなかった。その声には、一切の感情が感じられない。


「なぜです?」

「何かを細工するかもしれません」

「細工…騙すかもしれないと?」

「ええ」


 レーヴ様は真顔で言う。


「ナミさんは、そんな人じゃない!」


 ソニアさんは、怯むことなく魔法士たちに詰め寄る。その優しさに、胸が熱くなった。


「ソニアさん。私は、いいですから…」


 これ以上、ソニアさんに迷惑をかけたくなかった。


「わたしが、納得いかないわ。細工だ、トリックだと疑うなら、あなた達の誰かが手なり腕なり切ればいいでしょ?そのほうがよっぽど証明できる」

「…」


 魔法士達は何も言わない。


「レーヴ様までナミさんを疑っているとは思いませんでした」

「わたしは、ナミの治癒魔法を信じているとも、疑っているとも、一言も発言していません」


 確かに、レーヴ様は言っていない。


「し、しかし…」


 ナミさんは言い淀む。


「自らの目で見て、観察する事が証左となる…」


 私は院長先生が言った言葉を思い出し呟いた。その言葉が、私の心にストンと落ちてきた。


「そういう事です」

「わかってます。うさぎである必要がある」

「できる限り、人が関わらないほうが正確な事象になります。あなたやここの人が関わられば、そこに何かしらの意思が介在する」

「細工されるかもしれないと」

「ええ。だから、うさぎを使う。可愛そうだけど」


 ソニアさんは何も言えない。


 レーヴ様の言っていることは、論理的には正しい。

 

 感情的には納得できないけれど、この場ではそれが最善なのだと、頭では理解できた。


「ソニアさん。わたしは大丈夫ですから」

「でも!…」


 ソニアさんはわたしを気づかっての発言だ。


 逆の立場なら、私も同じ発言をしていたと思う。



「うさぎの件については、わかりました。それと別で、ナミさんに対して威圧的じゃありませんか?」


 ソニアさんは、まだ諦めていなかった。その言葉に、魔法士たちの表情がわずかに険しくなる。


「威圧?この程度で?」

「いつもならこれの三倍の人数で試験をするんだが」

「それはここの職員の場合でしょう?彼女が能力をいかんなく発揮できるよに配慮すべきです」

 

 ソニアさん…。


 ただ一人の味方であるソニアさんが、私を気遣い、庇ってくれる。その姿に、私は泣きそうになった。


 

「うむ、確かに一理あるな」


 その時、試験場の出入り口から、深く落ち着いた声が聞こえた。その声に、私たちは一斉に振り返る。


 出入り口には白髪のご老人が立っていた。


「魔法士?」


 その服装は、紛れもない魔法士のものだ。


 杖をつきながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 

 杖が床に触れるたびに、コツン、コツンと乾いた音が試験場に響き渡る。


 職員達は、そのご老人の姿を見ると、恭しく頭を下げた。


 その眼光は鋭く、何か言いようのない圧があった。

 

 この場の空気を一瞬で変えてしまう、圧倒的な存在感。

 

「前所長です。わたしの師でもあります」


 レーヴ様の言葉に、私は息を呑んだ。

 

 前所長…。この研究所の、かつての最高責任者。


「いやぁ、すまんな、ちょっと遅れてしもうた」


 その声は、先ほどの威圧感とは裏腹に、どこか親しみやすさを感じさせた。


「いいえ。まだ始まっていませんので」

「そうか?で、カレンのひ孫というは?」


 カレン…呼び捨て…。ひいばあちゃんとはそれなりの仲という事だろうか?。


「こちらです」

 

 私は一歩前に出る。


「お初にお目にかけます、ナミ・カシマと申します」

「ほお。お前さんが、カレンのひ孫か…なるほど、どことなく似ているな。ワシは、ディナトスだ。よろしくな」

「よろしくお願いします。ディナトス様」


 ディナトス様が差し出し右手を、恐る恐る握る。


「んっ!?」

 

 失礼にならないように、できる限り身震いを抑えた。

 

 ディナトス様の魔力も、レーヴ様と同じくらい、いや、それ以上に強大なものだと感じた。


「大丈夫かな?」


 そう言って私の右手を優しく叩く。


「はい…大丈夫です。失礼いたしました…」

「いやいや、構わんよ」


 そう笑顔で言いながら手を話す。


「先生、いかがですが?彼女の魔法力は?」

「うむ、違うな。言葉にできんが、確かに違う」


 頷きながらそう話す。


「して。まだ治癒魔法は見とらんのだな?」

「はい」


 ディナトス様は、一つ息をはく。


「そちらのお嬢さん…」

「ソニア・バンクスです」

「うむ。ソニア・バンクスの言う通りだ。少々威圧的なのは否めん」


 ディナトス様の言葉に、魔法士たちはざわめいた。彼らの表情には、あまり納得がいっていない様子が見て取れる。


「し、しかしながら道士様…」

「若いもんをいじめてどうする?」

「いじめているわけではなく…」

「お前達は、自分達が一流だと思っておるではあるまいな」

「道士様に比べたら、劣りますが、限界は突破は二度しておりますし…」

「バカモン!」


 ディナトス様は、一喝した。

 

 その声は、試験場に響き渡り、魔法士たちは一瞬にして静まり返った。



Copyrightc2020-橘 シン


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