表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブレイバーズ・メモリー(3)   作者: 橘 シン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/95

26-36


 レーヴ様は、エレナ様からの手紙をゆっくりと読み進めている。


 私は、ソファに座りながら、その様子をじっと見つめていた。時折、レーヴ様は小さく頷いたり、ふっと口元に笑みを浮かべたりする。


 エレナ様が、遠い異国の地で、確かに元気に過ごしているのだという証拠が手紙の中にある。


「エレナは元気にしてるようですね」


 そう言いながら、読み終わった手紙を封筒に戻す。


「はい」

「エレナの事は、心配していました。国外追放以降、情報は入ってきませんでしたから」


 エレナ様からレーヴ様へ手紙は今回は初めて。


 この手紙が、どれほどレーヴ様にとって待ち望んだものだったのか、その言葉の端々から伝わってくる。


「何かトラブルのようなものに巻き込まれたようで、王国から彼女について問い合わせはきたけど、無関係だと返答したのみよ」


 レーヴ様はそれくらいの事しか知らず、特に調べもしなかった。


「なぜ、お調べにならなかったのですか?」

「知ってしまえば、どうしてもやきもきしてしまう」


 そう言って胸を押さえる。その仕草に、エレナ様への深い愛情と、それゆえの苦悩がにじみ出ているように感じられた。


「なるほど…」


 私はようやくその真意を理解した。

 

 知ることで、余計な心配や感情の波に囚われてしまう。


「わたしの精神状態を保つ意味もあります。全くわからないのも、大変だけれど」

 

 エレナ様の事、本当に心から心配していたんだ。


「エレナの事については、また後で伺います」

「はい」

「あなた達は治癒魔法を調査しに来たそうね」

「はい」

 

 これまでの経緯をレーヴ様に説明する。


 事の発端から、この研究所へ来るまでの出来事を言葉を選びながら、できるだけ正確に話した。


「…という、事がありまして…」

「そして、今こうして話していると。ここまで来るのに、かなり苦労したようね」

「はい…まあ…」

 

 レーヴ様は苦笑いを浮かべる。


 苦労はしたが、こうして研究所に着き、レーヴ様とも話している。


 その事実が、私の胸に達成感をもたらした。これまでの苦労は、決して無駄ではなかったのだ。報われた、そう強く感じた。



「レーヴ様は治癒魔法についてはご存知でしょうか?」

「ごめんなさい。治癒魔法があった、程度しかわからないの」

「レーヴ様がお謝りなる事ではないです」


 それだけ、治癒魔法が主流ではない、珍しい魔法だということなのだろう。

 

「魔法に関する知識はあると自負していたのけれど、まだまだという事ね」


 そう言って、レーヴ様は小さく微笑んだ。その微笑みは、自分の無知を認めることへの謙虚さと、それでもなお探求心を失わない研究者の顔が混じり合っていた。


「今、調べてもらっています」

「そうですか…」

「あなたのひいおばあさんに関しても」


 それはありがたい。


 ひいおばあちゃんの情報も少ない。


 私が知っているのは晩年のみ。

 

 どんな人物だったのか、どんな魔法士だったのか、ずっと知りたいと思っていたから。



「わたし自身は、カレン・カシマという魔法士を知らないの。年齢などから考えて、会っていてもいいはずなのけれど…入れ違いかしらね」


 確かにそう。


「研究所で研究していないのかもしれないわ」

「ここで研究せずに、どこでするのですか?」


 ソニアさんがそう尋ねる。


「どこでもできますよ」


 レーヴ様は、当然のように答える。


「そうですが、曽祖母は都で研究してたようです」

「資料という観点から見れば、都がいいでしょう。研究所の蔵書が役に立ちますし」


 資料か。


 何もなしに研究はできない。膨大な知識の蓄積が、研究の土台となるのだろう。


「非常勤だった可能性がありますね」


 そういう人もいるんだ。


「曽祖母が書いた研究書が一冊あるようなのですが、それについても…」

「ええ。もちろん、それも調べています。ですが、時間がかかるかもしれません」

「そうですか…」

「ここの蔵書保管室は地下二階分ありますから」

「地下二階分…」


 私は思わず、言葉を失う。想像を絶する広さ…。


「もう、無駄に広くて…あ、こんな事、所長のわたしが言ってはいけないわね」


 そう言って小さく笑う。


「実際、多すぎてわたし自身も把握しきれてないの。もしかしたら、治癒魔法に関する書物が、意外に多くあるのかもしれないわ」


 カレンばあちゃんは、その膨大な蔵書の中から、治癒魔法に関する書物を見つけ出したのかもしれない。



 レーヴ様との雑談は続く。


 何名か経過の報告に来たが、それ以外に動きはなかった。


 私は、この聖域のような場所で、レーヴ様という偉大な魔法士を前にしているという事実に、いまだ緊張感が抜けずにいた。


「はあ…」

「大丈夫ですか?」

「え?ええ…大丈夫です」


 ヨウカンを少し食べて、お茶を飲む。


「あの…」

「なにかしら?」

「私が、治癒魔法を披露しなければならないですよね?…やはり…」

「ええ。ぜひ見せてほしいわ」


 ぜひ、ときた。


「今、披露するというはいかがでしょうか?調査に時間がかかっているようですし」


 治癒魔法を披露するのが、一番緊張する。


 今はレーヴ様だけで、ほかの魔法士はいない。


 研究所前にいた集団の前で、披露しろと言われたらうまくやれる自信がなかった…。


 私の小心さが、そう訴えかけてくる。


「今じゃなくても大丈夫よ。所内の主だった者達の前で披露してもらいます」

「そうですか…」

 

 主だった者達ってどれくらいの人数なんだろう。



「すみません。ちょっと聞きたいことが…」


 ソニアさんが手をあげる。


「このヨウカンって、買ってきたものですか?それともここで作ったものですか?」


 ソニアさん!?今、それ聞くんですか!?。


 私の心の中で、大きなツッコミが入った。この緊張感の中で、まさかヨウカンの出所を尋ねるなんて…。


「これ?」

「はい」

「さあ、わからないわ」

「そうですか」

「気にいったかしら?」

「はい」

「そう」


 レーヴ様は、にこやかに頷いた。


「誰か、ヨウカンのおかわりを頂戴」

「はい!だたいま!」

 

 メイドがすぐに駆けつけ、新しいヨウカンを運んできた。


「どうぞ」

「ありがとう」

「このヨウカン、どこで手に入れたものかしら?」


 レーヴ様がメイドに尋ねる。


「このヨウカンは、城内で作ったものでございます」

「だそうよ」


 城内には菓子職人が、日々新しい菓子を研究しているのだとか。


 出来上がったものは、レシピを公開し広く普及させてもいる。


「門外不出にして特産品として売れば、収入になりませんか?」

「そうね。でも、公開するする事で、他者にひらめきを与える事ができるのではなくて?」

「なるほど」

「それに独自のアレンジや改良が行われるかもしれない。元のレシピ以上のものが誕生する可能性もある」

「確かに言われて見れば…そういうの世の中たくさんありますよね」


 あれ?深い話になってきた?ただのヨウカンから、こんな哲学的な話に発展するとは。


「魔法に関しては、逆ですよね?」


 今度は私が尋ねる


「ええ、そうね。わたし個人としは、公開していいと思ってるの。理由は今言ったとおり。でも、当研究所としては、できる限り非公開としています」

「攻撃的、破壊的はもの以外もですか?」

「ええ」

 

 そうなんだ…。


「という事は、もし曽祖母が書いた研究書があった場合、それをいただく事はできない…ですよね?…」


 恐る恐る尋ねる。


「それは…そうね」

 

 当たり前か…。


 研究所の貴重な資料を、簡単に渡してくれるはずがない。


 もらう事ができないなら…。


「写しを貰う事はできませんか?」

「写し…写本ね?」

「はい。原書を貰う事はできない。それはわかります。当然の事です。ですから、写させてください。写本の魔法を覚えて来たんです。エレナ様から…」


 私は焦ってまくし立てた。言葉が、次から次へと溢れ出す。何としても、ひいおばあちゃんの研究書を手に入れたい。


「落ち着いて」

「あ…はい…すみません…」

「あなたの気持ちはわかったわ。善処します。王国の研究所からの紹介状もある事ですし」

「よろしくお願いします…」


 手ぶらで帰るわけにはいかない。


 頭を下げ、深くお願いする。手ぶらで帰るわけにはいかない。

 


「写本の魔法ってどういう物か、教えていただける?」

「はい、もちろん」


 レーヴ様の言葉に、私はすぐに鞄を漁った。

 

「その魔法、エレナが作ったの?」

「いいえ。…あった。これです」

「そう…」

 

 レーヴ様は首から下げていたメガネをかけた。


 写本の魔法陣を興味深げに見る.


「なるほど…考えたわね」


 笑顔で写本の魔法を見ていた。その表情は、まるで難解なパズルを解き明かしたかのような、知的な喜びで満ちている。


「ふふ…」


 笑いを漏らすレーヴ様。


「どうかされました?」

「ええ、ちょっとね…」


 そう言いながらレーヴ様はお茶を一口飲む。


「魔法陣というわね、作った人の癖が出るの」

「へえ。そうなのですか」

「この魔法陣、古い友人が作ったものよ。向こうの所長でしょう?」

「はい、そうです」


すごいなあ。見ただけでわかるんだ。エレナ様が教えてくれた写本の魔法陣が、レーヴ様の旧友が作ったものとわかるなんて…。


「お互いに、所長をなんてやる日が来るなんてね」


 レーヴ様は目を細めて写本の魔法陣を見つめていた。




Copyrightc2020-橘 シン


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ