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治癒魔法が発動し、淡く光を放つ。
院長先生は、男の子を胸に抱いて、傷口を見せないようにしていた。
「大丈夫ですからね」
「うん…」
男の子は少し体を震わせていた。
「深そうな傷のようですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。これより酷い傷を治した事があるので」
「そうですか。それなりの経験を積んでいるようですね」
「経験なのでしょうか…そうしなければ、友人が死んでしまうから…」
したくした経験じゃない。
あの時は、アーロン君を助けたくて必死だった。
「それを経験というのです。経験に勝るものはありません」
「はい」
「頭では分かっていても、いざ実践となるとできない者の方が多い」
それは魔法士だけでなく、全ての人に言える。
「この子はどういう子なんですか?」
「この子ですか?…そうですね、子ども達のリーダー的な存在です」
「へえ」
「皆の手本となる子だと、思っていたんですが…約束を破るなんて…」
院長先生は小さく息を吐く。
「先生の力になりたかったんだ」
院長先生の腕の中から、そう声が聞こえた。
私と院長先生は視線を合わす。
「先生は忙しいから、少しでもいいから手伝って助けたくて…」
男の子は泣き声で話す。
「ありがとう。でも、もう少し大きくなってから、薪割りをして頂戴」
院長先生は、そう言いながら男の子の頭を撫でる。
「うん…ごめんなさい」
「いいのよ。大丈夫」
院長先生が優しい笑顔を見せた。
よかった。無感情な人じゃなかったんだ。
「すみません!遅くなりました」
「大丈夫です」
「ど、どうですか?」
「もう止まってるはず」
私はそっとハンカチを取る。
「ほんとだ…」
「代わりの当て布を」
「はい、どうぞ」
当て布をして、またそっと押さえる。
「まだ痛いよね」
「痛くない」
いや、まだ痛いはず。
血を止めただけなんだから。
私達に心配させまいと、耐えている。
「血は止まりましたが、これは一時的なもので放って置けばまた出血しまう」
「そうなんですか…」
「次は傷を塞ぎます」
「お待ちなさい」
「はい?」
院長先生が、私を止める。
「治癒魔法も魔法力を消費するのではありませんか?」
「はい、もちろん」
「あなた自身の魔法力の消費が心配です」
「これくらいなら全然…」
「本当ですか?傷を塞いだはいいが、あなたが倒れては本末転倒ですよ」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。ご心配には及びません」
院長先生は、私をじっと見る。
私も院長先生を見つめ返した。
「わかりました…お願いします」
「はい」
男の子の傷を塞ぐため、魔法を発動させた。
「ちょっと、痛い…」
「もう少し我慢して」
「うん」
力強い言葉。やっぱり男の子なんだね。
弱いところは、できるだけ見せたくないんだ。
「傷が塞がっても、無理はさせないでください。また傷が開く可能性があります」
「わかりました」
「完全に塞がって痛みが取れるまで、当て布と包帯をしたほうがいいとおもいます」
「はい」
一度、傷口を確認する。
「もう少しかな」
「ほんとに傷が治ってる。院長先生」
「ええ。こんなものがあったとは…自分の知識の浅さを実感しました」
「大げさですよ」
魔法を再開。
「もう少しだからね」
「うん」
男の子はもう泣いていなかった。
「傷跡って残ります?」
「残ると思いますが、縫ったものよりは目立たないかと」
「そうですか…よかった」
職員は胸を撫で下ろす。
もう一度傷口を確認。
少し赤みはあるものの、傷は塞がっている。
「よし。これで大丈夫でしょう」
「本当にありがとうございます」
「はい。包帯をお願いします」
「はい。よかったね」
「うん…ありがとう…」
「いいえ」
男の子は、泣いたせいで目が赤いが、しっかりとお礼の言葉を述べた。
「わたくしからもお礼を言わせてください。ありがとう」
「礼を言われるほどの事はしてません。たまたま、居合わせだけですので…」
「そんな事はありません。あなたは、自ら怪我人を見たいと言ってくれた。無視する事もできたにも関わらず」
「何もせずに後悔はしたくなかったので…」
「そういう気持ちが大切なのです。逆の立場だったら、できていたかわかりません」
「院長先生にだって、できていたはずです」
「私もそう思います」
職員が、男の子の涙の跡を拭きながら話す。
「子ども達を守るためなんですから」
「そうですね…」
院長先生は目尻に溜まった涙を拭いた。
「とりあえず、大事にならなくて、安心しました」
「ナミさん!助けて!」
ソニアさんがこっちに走ってくる。その後ろには子ども達。
「ソニアさん。まだ追いかけっこしてたんですか?」
「はあ…したくて…はあ…してたわけじゃ…ふぅ…ないから…はあ…もう…」
彼女は深呼吸して、息を整える。
「参ったわ…」
「盗賊なんて、言われてましけど?ふふっ」
私はつい笑ってしまった。
「先生!そいつは盗賊だ!」
「だから…」
「剣を持ってるんだ」
「皆さん落ち着いてください!」
院長先生がそう呼びかける。
「この方は、盗賊ではありません」
「剣持ってるのに?」
「身を守るためのものです」
子ども達は納得いってない顔ばかり。
「剣など武器を使って、脅したり傷つけてお金を盗むのは、悪い事です。しかし、この方は違います。一度も剣を抜いていないでしょう?」
「抜いてない」
「脅したりしましたか?」
「してない」
「そうなら、盗賊ではありません」
子ども達が静かになった。
さすが、院長先生。
「やっと、疑いが晴れた?…」
「すみません…」
「いえいえ…」
職員が頭を下げる。
「この人は盗賊じゃない!」
怪我をした男の子が、私達の目前に出る。
「この人が、俺の怪我を直してくれた。その人の友達なら、絶対に盗賊なんかじゃない!」
男の子が、包帯を巻いた腕を見せた。
「え?もう治ったの?」
「マジで?」
「魔法で治しくれたんだぜ?すげえだろ?」
「すげえ!」
男の子の周りに子ども達が集まる。
子ども達の興味が、怪我をした男の子に集まってしまう。
「怪我は、まだ治っていませんよ!無理をしてはいけません!」
子ども達は怪我が治った事で盛り上がり、話を聞こうとしない。
「お勉強の時間ですから、中に入ってくださ-い!」
職員達が集まり、子ども達を建物内に誘導する。
最後尾にいた怪我をした男の子が、私に向かってきちんと頭を下げた。
「いい子ね」
「悪い子なんていませんよ」
「さてと、わたくしは研究所へ言って来ます」
「馬をご用意します」
「お願いします」
職員が去っていく。
「あなた達は、ここまでどのようにしてきました?」
「歩いて来ました」
「そうですか。ここにある馬は限らています。わたくしは馬で先に行くので、あなた達は城の正門まで来てください」
「わかりました」
「申し訳ありません。取って返すになってしまいますが」
「いいえ。私達のほうこそ突然の訪問で、ご迷惑をかけてしまって…」
私達が来なければ、いつも通りの日常だったろう。
「あなた達が来なければ、怪我人で大慌てだったでしょう。むしろ、幸運といえます」
「痛み入ります」
職員が馬を引いてきた。
「院長先生。どうぞ」
「ありがとう」
院長先生は馬に乗り込む。
「紹介状と曽祖母からの手紙を持って行ってください」
「紹介状はわかりますが、曽祖母さんからの手紙はよろしいのですか?」
「構いません。証拠としてお持ちください」
「わかりました」
「よろしくお願いします」
「では、城でお待ちしています」
「はい」
院長先生は馬で駆け出した。
「私も、行きましょう」
「ええ」
私は、子ども達と職員に見送られて、城へと向かった。
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