26-29
宿屋に帰ってきて、身を投げ出す。
頭の中は先ほど食べたホットケーキのことでいっぱいだった。
「ダメだ…吐く息がホットケーキの匂いがして、ホットケーキの事いしか考えられられない…」
「大げさですよ…」
と、苦笑いしつつ、もう一度食べたい気持ちがあるのも事実。
「夕食は、なしにしますか?」
「うーん…なしでもいいんだけど、時間がくるとお腹が空くのよね。なぜかしら」
「ほんと、なぜなんでしょう」
謎な現象です。
「ホットケーキ二枚食べたわたしはともかく、ナミさんは、お腹が空くんじゃない?」
「そうですね」
「ナミさんが決めていいわ…」
ソニアさんは、うつ伏せで顔をこちらに向けている。
その表情は満足げで、どこか眠たげだった。
まぶたが重たげに閉じかかっている。
「ソニアさん、もしかして眠たいんじゃありません?」
「うん、ちょっと…午前中ずっと立ちっぱなしだったでしょ」
「はい。疲れましたよね」
「うん…」
「いいですよ。寝ちゃっても。夕方になったら起こしますから」
「うん…ごめん…ちょっと寝るね」
「はい」
彼女は、ゆっくりと仰向けに寝返りを打つと、あっという間に寝息を立て始めた。
私は、彼女の体が冷えないように、そっと毛布をかけあげた。
ソニアさんも疲れているんだ。
剣術や体術に長けているから、強く、頼りがいのあるイメージがあったけれど、、私と同じ女性で体力的にはさほど変わらないのかもしれない。
窓から差し込む光が、やがて茜色に染まり始めた。
夕方になり、空が茜色になっていく。
ソニアさんを起こす約束をしたけど、このまま寝かせてあげたい気持ちもある。
気持ちよさそうに寝ているし。
それに私は、お腹は空いていなくて、夕食なしでも大丈夫かなって。
今日一日、本当に何もしなかった。
治癒魔法について進展はなし。
何か良い策はないかと頭をひねるが、何も浮かんでこない。
やっぱり、正面から直談判したほうがいいのか。
向こうは怪しむだろうなぁ。
エレナ様の名前を出すとか?。いやダメ!。
それこそ怪しまれる。
紹介状。これさえ読んでもらえれば…。
わかる人が読めば、絶対に話が通るんだけど…。
「はあ…」
ため息をしたって、何も変わらない。
「ナミさん、落ち着いて」
突然の声に、私はびくりと体を震わせる。
ソニアさんが、いつの間にか目を覚ましていた。。
「ソニアさん…起きていたんですか…」
「立ったり座ったり、窓際に行ったりしてたらね」
「すみません。嫌がらせするつもりはなくて…」
「わかってる。あなたはそんな事する人じゃないもの」
彼女は起き上がり、背筋を伸ばす。
「んー!」
そして、立ち上がり上着を着る。
「行きましょうか?」
「どこに行くんです?」
「もちろん、夕食と食べに」
「あー、ちゃんと食べるんですね」
「うん。軽いものでいいんだけど、あるかしら」
「歩きながら、探しましょう」
「そうね」
私達は飲食エリアへ向かった。
夕食時ということで、通りも店内も混んでいる。
「あそこよ。昨日のニクマンを買ったのは」
「へえ」
あそこは店内で食べる事もできるが、席は全部埋まってみたい。
店外で待っている人もいる。
「テイショクっていうのを出してるらしいの」
「そうなんですか」
「テイショクってどういう料理?」
「料理名じゃなくて、なんて言えばいいのか…いくつかの料理をトレイに乗せて提供するんです」
「へえ」
テイショクか…それがいいかな。
「テイショクにしましょうか?」
「ナミさんがいいなら」
「はい。かまいません」
テイショク屋を探すことになる。
しかし、夕食時でやはりどこも混んでいた。
「この時間はどうしても混むわね」
「ですね」
「どこかで時間を潰すか、すぐに入れそうな店前で待つか」
「この辺は混んでますけど、飲食エリアの端っこならすぐに入れる店があるかもしれません」
「そうね。行ってみましょ」
飲食エリア中心部はどうしても人が多くなる。
中心部から遠ければ人が少なくなって、すぐに入れる店があるはず。
そういう所のほうが、お手頃価格で美味しい料理があるかも。
予想通り中心部が遠ざかるにつれて人、通りが少なっていった。
「値段が少し安くない?」
とある店前に、今日のオススメと書かれた立て看板ある。
「はい。一割程度ですけど」
「安いに越したことないわ。特に今日は…」
ホットケーキが、予想外に高かった。
あの美味しさを考えれば妥当な値段ではあったが、今後の予定が立たない以上、できるだけ節約したほうがいいと思う。
「ここにする?」
「そうですね…」
周囲に店がまばらあるが、どちらかというとお酒が中心っぽい。
「オススメの日替わりテイショクってのが気になって…」
「日替わりですから、ソニアさんが希望する料理じゃないかもしれませんけど?」
「うん。とりあえずメニューを聞いてみないと」
「そうですね。じゃあここにしましょう」
私達はお店に入っていった。.
「いらっしゃいませ~」
元気のいい中年の女性が応対してくれた。
「どうも」
「二人かい?」
「はい」
女性は笑顔で二人を迎えてくれた。
「そこの窓際でいい?」
「はい。どこでも」
「じゃあ、そこ座って」
案内された席につく。
店内はそんなに広くない。二十から三十席くらいかな?。
半分くらいが埋まってる。
「ここお酒も出るのね」
「みたいですね」
男性客が中心でお酒のせいか話が盛りがっていた。
さっきの中年女性も、時折会話に入って笑い声を上げている。
「はい。お待たせ」
中年女性が木製のマグカップに水を入れて出してくれた。
「注文は決まってるかい?」
「外の看板にオススメが書いてあったんですけど…」
「日替わりだね?それにする?」
「今日はどんなメニューなんですか?」
「今日は、トウフハンバーグ」
「トウフハンバーグ?」
「そうだよ」
「へえ…」
ソニアさんは多分、分かってないかも。
「もう少し詳しく」
「え?詳しく?」
女性が戸惑いを見せる。
「えっと…トウフとひき肉を混ぜて焼いたもの…これでいい?」
「はい、それください!」
ソニアさんは即答する。
その瞳は、新しい味への好奇心で輝いていた。
「そちらさんも同じのでいい?」
「はい。お願いします」
「あいよ。じゃあ待っててね」
女性は店の奥へと入っていった。
「ナミさんは、トウフハンバーグ食べた事ある?」
「いえ。ないです」
「なんとなくしか、想像がつかないんだけど…」
「良かったんですか?わからないのに」
「わからないんだけど、ハンバーグでしょ。きっと美味しいはず」
直感的に決めたのかな。
ソニアさんは怖いもの知らずな所がある。
その度胸に、私は救われている部分もあったりする。
ソニアさんは、料理が来る間、店奥のお客さんの方をチラチラと見ていた。
「どうしたんですか?」
「なんか視線を感じるのよ」
「視線ですか?」
店奥は男性客が、ごく普通に話してるふうにしか見えないですけど…。
「気のせいじゃありませんか?」
「うん…かもしれないけど、なんか変な感じがする」
「女性客は私達だけみたいですし、ちょっと気になって、チラ見してるだけで…」
「だといいけど」
海賊に襲われて以降、賊や悪人に襲われた事はない。
シファーレンが、比較的平和だからかもしれないが、ゼロではないのは確か。
「帰る時、気をつけたほうがいいかも」
「わかりました」
用心しておいて損はない。
何があってもいいように、心構えはしておこう。
程なくして日替わりメニューである豆腐ハンバーグのテイショクが、私達のテーブルに運ばれてくる。
Copyrightc2020-橘 シン




