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ブレイバーズ・メモリー(3)   作者: 橘 シン


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26-28


 昨日、ソニアさんに言われたように、今日は休み。


 治癒魔法の事は考えず、ホットケーキを食べる事が最優先事項となる。


 朝食は軽めに済ませて、ホットケーキ店を探す。


 すぐに見つかるが…。


「すっごい行列…」


 店舗の前には長蛇の列。店の入り口からずっと続き、通りの角を曲がった先にも人が並んでいる


「これ全員がホットケーキが目当てなんでしょうか?」

「多分、そうよ。どこまで続いてるの…」

「あそこ、最後尾ってプラカードを持ってる人がいます」

「うん。五十人以上いる」

「早く並びましょう。売り切れるかもしれません」

「そ、そうね」


 私達は、急ぎ足で最後尾に並ぶ。


「すみません。どれくらい待ちますか?」

「昼過ぎるかもしれませんね」

「昼過ぎ…」


 結構待つみたい。


「こんなに人気がある店だとは…」

「明日、改めて来ましょうか?」

「いいえ。待つわ。今日は休み。そう決めたんだし」

「そうですね」


 治癒魔法の事は考えず、あくまで個人的な欲求を満たす。


 とは言いつつも、私は治癒魔法の事を考えてしまう。


 目的の物は研究所にある可能性が高い。


 研究所となんとかしてコンタクトしなければ…。


 しかし、そんな思考を中断させるように、ふわりと甘い香りが漂ってきた。

 

「この甘い匂い…ホットケーキかしら?」

「どうなんでしょうね…この辺、甘味処多いので」

「そうなのよ…ね、今のあれ何?」


 ソニアさんは、私達の目の前を通りすぎて行った人を指さす。


「タイヤキだと思います」

「あれがタイヤキ。甘いの?甘いやつなの?」

「はい…」


 ソニアさん、目が怖いです…。


「アンコが入ってるんですよ」

「アンコ?」

「はい。アズキという豆を煮て、砂糖で甘く味付けしたのです」

「へえ」

 

 あー、タイヤキもしばらく食べてない。


 ナイワッカに行った時は買ってもらってな…。



 お昼ごろ、やっと私達に順番が回ってくる。


「お腹が空きました」

「ええ…」

 

 店内は、白を基調したオシャレな店だった。


「いらっしゃいませ。こちらですぅ」


 店員さんは全て女性。


 そういえば、お客さんも女性の方が圧倒的に多い。


「可愛い制服ね」

「すごく可愛いです」


 制服ももしくはピンクで、フリル多め。ドレスみたいな制服。


 女の子なら一度は着てみたいと思うだろう。


「リアン様ならお似合いだと思います」

「リアンって、ああいうの嫌いなのよ」

「え?意外です」

「でしょ?わたしも似合うと思うんだけど、子供っぽいから嫌なんだって」

「あー、なるほど」


 リアン様は大人の女性に憧れているみたい。


「でも…」


 ソニアさんはそう言って、ニヤリと口角を上げる。


「でも?」

「ウィル様が着てほしいなって言ったら、迷わず着るわ。絶対」

「あー…そうですね。…それって、やはりお二人は…」

「どう考えてもね」


 やっぱりそうなんだ。


 リアン様とウィル様が男女の中。恋仲ではないかと静かな噂になっている。


 お互いに意識し合っているのは明らかだ。


「本人達は隠してるつもりなのが、滑稽よね」

「隠す必要があるのでしょうか?」

「それが楽しいんじゃない?」

「楽しい?ですか…」

「秘密を共有してるドキドキ感」

「なるほど?」


 そういうものだろうか?。



「失礼します。こちらがメニューになります」


 店員さんからメニューを貰う。


「お決まりになりましたら、お呼びください」


 丁寧に頭を下げて、店員さんは一旦私たちのテーブルから離れる。



「ホットケーキしかない…」

「ほんとですね」

 

 専門店と聞いていたけど、見事にホットケーキしかない。



「嘘でしょ!ホットケーキ一枚が百ルグ?」

「百ルグ、ですね…」


 はっきり言って、高い。


 百ルグあれば、屋台なら三人分の食事がお腹いっぱい食べられる。


 

 ホットケーキ一枚がどれくらいの大きさなのか。


 失礼とは思いつつ、私はさりげなく他のテーブルに運ばれていくホットケーキを観察した。


 一枚は、私の手のひらよりも少し大きく、厚みは親指くらいだろうか。


「小さくはないけど…」

「はい。どうしましょう?」

「一枚?…でも…これ絶対美味しいはずだから…」

「に、二枚いきますか?」


 だけど、二枚を二人分…四百ルグ…。躊躇してしまう金額だ。


「私は一枚でいいです。ソニアさんは、二枚食べてください」

「何言ってるの?逆でしょ?」

「ソニアさんこそ何を言ってるんですか。私、昨日泣いてしまって…」

「それはもういいから…」

「気を使わせてしまったんですから」

「それを言うなら、わたしがナミさんを不安がらせてしまった責任がある」

「そんな事ないですよ。ソニアさんがいる事で、どれだけ心強いか…」


 お互いにずっと譲り合ってしまう


「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」


 店員さんが、少し困ったような笑顔で声をかけてきた。


「え?あ…えっと…」

「私は一枚、彼女に二枚お願いします」

「かしこまりました」


 店員さんはにこやかにメニューを回収し、厨房へと戻っていく。


「もう、ナミさん…」

「いいんですよ。私は、ソニアさんが美味しく食べている所を見たいんです」

「違う。わたしを太らせて、笑う気でしょ?」


 彼女はそう言って口を尖らせるが、すぐに笑顔になる。


「そうかも」

「もう…」


 ソニアさんには、助けてられてばかりだから、これくらい恩返しは許してほしい。

 

 いや、恩返しにはなってないかな。


 恩返しは、私自身が強くなる事だ。


 

 ホットケーキが運ばれてきた。


 注文通り、私が一枚でソニアさんが二枚。


「じゃあ、早速…」

「はい」

 

 ナイフとフォークで一口サイズに切って口の中へ。


「んん!?美味しい!」

「これがホットケーキなんですね。美味しい」


 ふわふわとした食感。そして中はしっとり。


 甘い香りが口いっぱいに広がる。でも、クドい甘さじゃない。


「かかってるのハチミツじゃないわ」

「そうですよね?なんでしょうか?」


 近くを通った店員さんを呼び止める。


「上にかかってるのは、どういう物なんですか?」

「それは、メープルシロップです」

「メープルシロップ?」

「樹液から作るそうです」

「樹液?樹液って木ですよね?」

「はい。詳しくはちょっと分かりかねます。店長が知ってるかもしれません。聞いてきましょうか?」

「いえ。そこまでは…」


 樹液からこんな美味しいものができるなんて…。


 ハチミツとは違う甘い香り。でも、自己主張しぎない。


 それがホットケーキに染み込み、美味しさを引き立てる。


 さらに乗せられているバターが溶けて濃厚さが加わる。


「高いだけありますね」

「ええ。その価値は十分にある」


 一枚百ルグは、納得のいく値段。



 私は、最後の一口をゆっくりと噛み締め、その味わいを名残惜しみながら飲み込んだ。


 こんなに美味しいものは、今後食べる事はないだろう。


 満足感と寂しさを紅茶で飲み干す。


 ソニアさんもすでに食べ終えたようで、空になった白いお皿をじっと見つめている。


「お皿を舐めたいくらい」

「それは、やめてください…」

「しないわよ。流石にね…ミャン隊長なら、絶対舐めてるわ」


 気持ちは痛いほど分かるけれど、それはさすがに人前でするべきことではない。

 

 お金を支払ってホットケーキ店を、惜しみつつ出る。


「ここに来た事は黙っていましょ」

「はい…でも、帳面にはなんて書くんですか?」


 旅費について、何にいくら支払ったかを書き留めてある。


 帰ってから、ウィル様に確認してもらう予定。


 特に指示されているわけではないけれど、計画的に旅費を使うために続けてきた。


「書かないと、矛盾が…」

「ええ。計算が合わない…と、とりあえず金額だけ書いておくわ」


 正直に書いたら、絶対羨ましく思うだろうなぁ。


 だからといって、嘘を書くのも気が引ける。


 心に小さな罪悪感を持ったまま、私達は宿屋へと帰った。


 

Copyrightc2020-橘 シン


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