表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブレイバーズ・メモリー(3)   作者: 橘 シン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/76

26-27


 泣き腫らしたナミさんは、体の力を全て失ったかのように、うずくまるようにしてベッドの上に横たわり、そのまま眠りに落ちてしまった。た。


 わたしも疲れた体を横たえる。


 少し寝た後、夕食の買い出しへ。


 眠っているナミさんが冷えないように上着をかけておいた。


 

 夕食は何にしようかな。


 テンションが下がると食欲までなくなってしまう。


 食べたい料理はたくさんあるが、今は興味が薄れている。


 だけど、何か食べないといけない。わたしだけじゃなく、ナミさんも。


 

 活気あふれる食事処や屋台がひしめき合う一角を歩く


「またオコノミヤキにしようかな…」


 味が濃すぎるか。もっと軽いものがいいな。


「あ、サンドイッチだ」


 野菜多めでいいかも?。


 いやいや、シファーレンに来て普通のサンドイッチはありえない。美味しそうだけど。


 サンドイッチを横目で見つつ、通りすぎる。

 

 通りを歩いていると、ふと視界の端に白い湯気が立ち上がっているのが見えた。


「あれは?…」

 

 湯気の出所は、とある店の前。


「何かしら?」


 ちょっと離れた所から様子を伺う。


 円形の木箱を重ねたものを、鍋の上においてある。


 鍋は火にかけられていた。


 何かを蒸しているのね。蒸しパンかな?。


 エイダさんがやってたっけ。


 スープを作るついでに蒸しパンも作っちゃう。


 なんていったかな?…確か、セイロ。


 美味しかったなぁ。ほんのり甘くて。


 思い出したら、唾液が…。


 蒸しパンにしよう。ナミさんもこれなら食べてくれるはず。



「すみません。蒸しパンください」


 わたしの言葉を聞いた店員は、きょとんとした顔をした後、眉をひそめた。


「は?何言ってんだ。蒸しパンなんて売ってないぜ」


 思いがけない返事に、わたしは戸惑う。


「でも、これ…」

「こいつは、ニクマンだ」

「ニクマン?」

「お前、ニクマン知らないのか?」

「ええ。この国の出身じゃないので。どういうものなんです?」


 男性がセイロを開けた。


「味付けした肉とかを包んで蒸したものだぜ」


 セイロの中には、真っ白な半球状ものが入っていた。

 

 結構、大きい。わたしの拳より二回りほど大きいだろうか。


「外側は蒸しパンといえば蒸しパンだが、蒸しパンなんかよりずっとうまいし、食べ応えあるぜ」

「へえ」

「どうだい?ねえさん?」


 教えてもらって、やっぱりいりませんというはね…ちょっと気が引けちゃう。

 

「二つ頂戴」

「二つね。まいど!」

 

 男性店員は、竹の皮に包んでくれる。


「二つも食えるのか?」

「友達の分よ」

「そうか」

 

 出来立てで熱々なので、鞄から大きめの布を取り出す。


 単なる正方形の布生地。

 

 それで、買ったニクマン受け取って包む。


「ありがとう。ここってニクマンしか売ってないんですか?」

「いや。後ろでテイショクもやってる」


 テイショク?


「へえ」


 聞き慣れない言葉だった。料理名かしら? どんな料理だろう。


 男性店員ごしに、奥を覗くとテーブルと椅子がいくつも並んでいた。


 中々大きな店だ。

 

 次々とお客さんが入っていく。


「繁盛してるみたいね」

「まあまあだな」


 まあまあというが、その顔は笑顔だ。


「機会があったらまた来るわ。それじゃ」


 温かいニクマンを手に、わたしは店を後にした。


「おう、ありがとさん」


 ニクマン二つを持って宿へと帰る。


 

 部屋へ帰るとナミさんは起きていて、わたしが入るなり、深々と頭を下げた。


「すみませんでした…」

「わたしの方こそ、ごめん…」


 わたしだって、言い方がきつかった。


「ソニアさんの言った事は間違ってないと思います」


 顔を上げた彼女の目は、やはり泣いたせいか赤い。


「私が弱いから、ソニアさんにまで迷惑かけて…ずっと、ついて来てくれたのに…」

 

 ナミさんはまた泣きそうだ。


 彼女の大きな瞳から、再び涙が溢れそうになっているのが見えた。


 わたしは彼女の隣に座り、肩を抱く。


「ナミさんは頑張ってる」


 わたしの腕の中で、ナミさんは小さく首を横に振った。


「私は、全然…」

「わたしはそばでずっと見てきたんだから、間違いない」

 

 彼女は首を横に振る。


「ちゃんと頑張ってるから、明日は休みましょ」

「休むんですか?」


 ナミさんは驚いたように顔を上げた。


「そうよ。少し急ぎすぎたのよ」

「でも、急がないと…」

「急いでも良い事はないわ。カレンさんが書いた本は逃げたりしない」


 少しだけ息抜きをしても、誰も怒ったりしない。


 誰かに監視されているわけじゃないんだから。



「都に観光できる所はないの?」

 

 ニクマンを渡しながらそう尋ねた。


「観光と言っても…」

「都って、王都もそうだけど、めったに来れる所じゃないでしょ?住んでる人はともかく」

「はい」

「ナミさんなら、都に来たら、ここに行ってみたいな、なんて場所はない?」

「行ってみたい場所ですか?…」


 都みたいな所は、流行があってその情報が人伝に伝わっていく。

 

 服装のデザインや言葉、食べ物など…。


 時代の最先端を行っている。

 

 そういう事に憧れを持つのが、田舎者の(さが)だったりする。


「そうですね…」

 

 ナミさんはそう呟きながら、ニクマンにかぶりつく。


「これ、美味しいです」

「うん。ふわふわもっちりで、中に入ってる具と合ってる」


 わたしも自分のニクマンにかぶりつく。熱々で、期待通りの美味しさだった。


「うん。ふわふわもっちりで、中に入ってる具と合ってる」

「実家でもたまにやるんですよ」

「そうなんだ」

「でも、こんなにお肉は入ってなくて、ほとんど野菜で」

「え?それも美味しそうよ」


 わたしの言葉に苦笑いを浮かべる。


「私はあんまり…」

「嫌いだったの?」

「嫌いでは、ないです。せめて、お肉と野菜半々がいいなって」

「なるほど」

  

 お肉があるとないとじゃ、満足感が全然違うものね。



「喉づまりしそう…お茶もらってくるね」

「あ、私が行きます!」


 そういうと彼女はニクマンをわたしに預けて、部屋を出ていった。


 この宿は頼むとお茶を出してくれる。無料じゃないけどね。


 ナミさんはすぐに戻ってくる。


 陶器製の茶器一式がテーブルに置かれる。


「どうぞ」

「うん。ありがとう」


 お茶を一口。


「あの、私が行きたい場所って話なんですけど…」

「うん」

「どこでもいいんですか?」

「都を離れるのはちょっと…」

「それはもちろん」

 

 ニクマンを食べ終えて一息つく。


「で、どこに行きたいの?」

「ホットケーキを食べに行きたいです」

「ホットケーキ?」


 ケーキは知っているが、ホットケーキなるものは初めて聞く。


「ケーキってどこにでもあるんじゃない?」

「ホットケーキは、ないんです」

「ナイワッカには?」

「ないんです。私が知らないだけかもしれませんけど…」


 さすがに都にはあるだろうと、ナミさんは話す。


「どういうものなの?甘いものよね?」

「もちろん甘いです。ベッキーから聞いただけなので、詳しくはよくわからないんです。円形でふわふわしてて、蜂蜜とバターで食べるそうで…」

「円形で、ふわふわ、蜂蜜とバターで食べる」


 全然、想像できない。


「情報はそれだけ?」

「はい」

「場所は…」

「場所もわからないです…」


 ベッキーさんはどこで知ったんだろうか?。


「都に来てからそれっぽい店は見なかった?」

「見てないんですよ。タイヤキとダイフク、オダンゴは見たんです。それからミタラシ、オハギ、カステラも見ました」

「ちょ、ちょっと待って!。それ全部甘いもの?」

「そうです」

「それって美味しい?」

「もちろん全部美味しいです」


 甘い系の料理は、すっかり頭から抜けてたわ…。


 甘い物は大好き。

 

 どうしよう…全部食べたい。


 ほんとにもう一つ体が欲しい。


「よし、決めた! 明日、探して見ましょ! ホットケーキ!」


 ナミさんの赤い目を見て、彼女を元気にするため、という理由で始まったはずの探索は、完全にわたしの食い意地へと変わりつつあった。


「はい」

「絶対あるはず!絶対食べてやる!」

「ソニアさん、気合い入れすぎです…」


 わたしのあまりの剣幕に、ナミさんは呆れたような、それでいてどこか楽しそうな顔で笑った。

  


Copyrightc2020-橘 シン


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ