26-26
「ソニアさん!?ダ、ダメ!ダメですよ!」
ナミさんが慌てて、わたしの手をテーブルごしに掴む。
「へ?」
「何してるんですか…」
「何って、お茶を飲もうかなって」
シファーレンのお茶は独特なんだけど、すごく美味しい。
緑色だったり、紅茶に似たより色が濃いものだったり。
運ばれてきたこの液体も、いつものお茶の色に似ているし…。
「それ、お茶じゃないですよ…」
「え?…ホウジ茶とかいうやつじゃないの?」
褐色がかったその色は、以前飲んだことがある「ホウジ茶」というものによく似ていた。
「違います」
「こういう感じの器で出てくるから…色も」
「そ、そうですけど、これは違います」
「じゃあ、これ何?」
「ツユです」
「ツユ?」
ナミさんは、ハシで少量のソバを掴み、ツユに半分ほど浸ける。
そして、それを口に入れて、ズズっと吸い上げた。
「こうやって食べるものなんです」
「へえ。面白い食べ方ね」
わたしも彼女に倣い、食べてみる。
吸い上げるのはまだ苦手。
食事中は静かにって教えられたけど、こっちではあまり気にしないらしい。
「うん!イケる!」
「よかった」
このツユっというは、ショウユがベースで、かなり濃い目なのね。
ソバに少しつけてたべるのがちょうどいい。
確かに飲むものじゃない。
もし、あのまま何も知らずにごくっと飲んでいたら、きっとそのあまりの濃さにびっくりして、盛大に吐き出していたに違いない。
「ソバにくせがあるものじゃないのね」
噛むほどにソバ特有の香ばしさが感じられる。
「はい。風味っていうでしょうか。香りですかね」
「うん。これ好きよ」
ツユの濃さとソバの素朴な風味が絶妙に合わさって、ハシが止まらない。
次はカキアゲをいただく。
テンプラの一種という事だから…。
「あ~このサクって感じがたまらない…」
衣の心地よい歯触りに顔がほころぶ。そして、中はふんわり。野菜や小さな魚介の旨味が口の中に広がる。
「ツユにちょっとつけて食べるのも美味しいですよ」
「へえ。…うん!これもいい」
今回は、ザルで食べたけど、昨日食べたウドンように温かい食べ方もある。
ウドンもザルで食べたりするらしい。
「カケソバが温かい食べ方ですね」
「今度はそっちにしようかなぁ…」
頭の中には、次に何を食べるかという考えがぐるぐる巡る。食べたい料理ありすぎる。
もう一つ、二つ体がほしい。
お腹も満たされ、少し落ち着いたところで、ナミさんが切り出した。
「ソニアさん。さっき言っていたアイデアってなんです?」
「あーそれね。出待ちするのよ」
「出待ち…ですか?」
ナミさんは不思議そうな顔をしている。
「うん。魔法士はずーっと研究所にいるわけじゃないでしょ?出てきた所で直談判する」
「住み込みらしいですけど」
「だとしても、息抜きに町に出る事もあるはずよ」
「まあ…そうかなぁ?」
ナミさんは訝しむ。
「支部に出向く事もあるかもしれないし」
「どうやって見分けるです?シンシア・レーヴ様の名前しか知らないんですよ」
彼女の言葉はもっともだ。たしかに、手掛かりは名前だけ。
「魔法士は見分けがつくわ。シンシア・レーヴ様なら、一人で出歩く事はしないと思う。付き人がいるだろうし、護衛もいるはず」
ここまで確定できる情報がないんだけど…。
「待つにしても、そう長くは…」
「うん…それが問題なのよ」
所持金は限られている。
都での滞在費を考えれば、無駄に時間を過ごすわけにはいかない。日雇いで稼ぐ事はできると思うけど、監視と両立はできない。。
「いうほどいいアイデアじゃないわね…」
自分の考えに、少しだけ落胆する。
「そんな事はないと思います。私のほうこそ、何も考えてなくて…すみません」
「いいのよ」
ナミさんは支部での一悶着以降あまり元気がない。
体の調子が悪いわけではなさそう。
ここは、わたしが引っ張らないといけないかも。
「とりあえず、正門あたりを見に行きましょ」
「はい」
ソバを食べ終えたわたし達はお城の正門を見に行った。見に行ったんだけど…。
「待ち伏せできる場所じゃないわ…」
お城と宮殿はは都中心部より高台にあり、切り立った山を背にするように建てられていた。
円形でなく南北に長い。見たことにない形。
城壁は三重で、それぞれに見張り用の通路や塔ある。
で、正門前はかなり広く開けており、待ち伏せなんかしてたら目立つ事この上ない。
正門に近い場所に宿屋はない。住宅ばかり。
それも立派なものばかり。
「お城で働いている人用かも」
「それなり地位にある人達ですよ。多分…」
「そうね」
この辺の空き家を借りるにしても、相当な金額に…無理だ、これ…。
このあたりの家賃がどれほど高いか、想像もつかない。だが、わたしたちの乏しい懐事情を考えれば、とうてい手が出せないだろう。
「兵士がこちらを見てませんか?」
言われて、わたしも視線を巡らせる。城門の前に立つ兵士たちが、明らかにこちらに注意を向けているのがわかった。
「ええ、見てる…離れましょう」
「はい」
正門前を離れて高台を降りて行く。
来た道を戻る足取りは、行きとは違って重い。
「参ったなぁ…」
どうすればいいのよ。
完全に手詰まりだ。出待ちもできないとなると、他にどんな方法があるというのだろう。
「正門以外の出入り口はどうでしょう?」
「あると思う。でも、正確は場所がわからないし、カモフラージュしてて出入り口とわからせない可能性もある」
敵に侵入されてはいけないし、逃げる時にバレないようにしないといけない。
「ごめんね…イケると思ったんだけど」
「ソニアさんは悪くないです。謝らないでください」
「うん…」
ナミさんはわたしにそっと触れて優しい言葉をかけてくれた。
「今日泊まる所を探しましょう」
「そうね」
宿は確保した。
ベッドに座って、息をつく。
「完全に手詰まりね。今のところ…」
「ですね。カレンおばあちゃんが治癒魔法が使える魔法士だった事がわかった。これだけです。成果は…」
「うん。後は、治癒魔法の研究が書かれた書物か…」
なんとかして、研究所と連絡を取りたい。
「ここで一旦帰るのってダメでしょうか…」
彼女は肩を落とし静かに話す。
「あとは書物の所在だけです。セレスティア王国の研究所からシファーレンの研究所に問い合わせしたほうが早いと思います」
「でも、ナミさん…」
「だってそうでしょ?私達は王国の研究所からの紹介状はあるものの、正規の研究者じゃない」
「カレンさんは、あなたの曾祖母なのよ。研究書物を見る権利はあるし、持ってかえる権利もある」
「持って帰ってどうするんです?…」
「どうって…」
ナミさんが、涙をこぼし始める。
「読み解いたって、私に使えるどうかわからなし、何もできなかったら…」
「まだ始めてもいないじゃない…そういう事言わないで。あなただけが、使える魔法なんだから。ここで諦めたらここまでの苦労が無駄になってしまう」
「…」
彼女は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らして泣き始めた。
「わたしは魔法士じゃないから、あなたの苦労はわからない。わからないけど、ここまでやって来て、あともう少しのところで諦めるなんて…わたしの苦労も無駄にするわけ?」
少しきつい言い方だったかもしれない。
やれる事全部やってから諦めるなら、まだ納得いくが、やれる事はまだあるはず。
わたしの任務はナミさんを護衛することだし、彼女がここまででいいなら、それに従うべきだけど、ここで諦めたくはなかった。
ナミさんの気持ちがわからないわけじゃない。
治癒魔法が使えるけど、詳細は分かっていない。
カレンさんは、ナミさんへの手紙で治癒魔法士の道は茨の道とも言っていた。
ナミさんを助けたいけど、どうすればいいのか。
わたしにできる事は少ない。
ナミさんは、ここまで来るのに怖い思いもしたし、もうダメかもと思ったに違いない、
心が折れても仕方がない。
強い人でも、心が折れる時は必ずある。
そこをどう乗り越えるかが、大事なんだと思う。
わたしも旅の途中で何度もあきらめかけた事が何度もあった。
自分の生まれと、父や母を知りたいという気持ちと、復習を果たしたいという使命感で(間違っていたけれど)乗り越えてきた。
ナミさんには、ナミさん自身で乗り越えてもらわなければならない。
でなければ、治癒魔法士として生きていく事はできないであろうから。
Copyrightc2020-橘 シン




