26-25
「見てなさいよ。後で、絶対恥かかせてやるから…」
ソニアさんは、拳を強く握りしめて、私達を追い返した支部の方を睨む。
こうなるであろう事はわかっていた。
覗き窓から見えた眼と声。
ベッキーと初めて来た時と同じ人だ。間違いない。
あの時も、ベッキーはソニアさんと同じように、半分喧嘩腰で迫っていた。
いや、ソニアさん以上かも。
そして、さっきと同じように拘束されかけた。
とても怖かった。その印象が強く頭に残っている。
「どうしましょうか…」
「方法があるはずよ」
「あそこはもう無理です」
「ええ。支部がほかにあるかもしれない」
だといいですけど…。私の心臓はまだ、先ほどの緊張で少し速く脈打っていた。
ソニアさんは一旦、都の中心部まで戻って情報を探るのはどうかと提案する。
「そうですね…」
「ナミさん。大丈夫?」
「…はい」
絞り出すような声しか出なかった。
「さっきは、確かに強引すぎたかも。あなたが止めてくれなかったら、牢屋の中ね。ごめんなさい」
ソニアさんはいつでも前向きだ。
どんな困難な状況でも、すぐに次の行動を見据えることができる。それに比べて、私はさっきの出来事で、すっかり怖気づいてしまっていた。
今から中心部まで戻ると深夜になるだろう。
研究所支部から少し離れた所に宿屋があったので、そこに一泊する。
翌朝、早朝に中心部へと向かった。
「すごい霧ね…」
その日は、起きると濃霧が立ち込めていた。
濃厚な霧が、都全体を白いヴェールで覆い尽くしている。
「真っ白ですね」
「ほんとにね。通りの先が見えない」
普段なら、右手の西側にお城やその奥に連なる山々が見えるはずだけど、全然見えない。
「霧ってあんまり好きじゃないんです」
「そうなの?」
「霧が濃い日に、山へ山菜を取りに行ったんです。両親と一緒に」
「うん」
「はぐれちゃって…」
「あー」
「本当に怖くなると、声が出ない。初めての体験でした」
泣いたり叫んだりすれば、両親も気づいたはず。
それができない自分に困惑していた
周りは真っ白な霧に閉ざされ、何も見えない。
心細さと孤独感が、幼い私を押し潰しそうだった。
木のそばで、じっと立っているしかなかった。
恐怖ですくませていた。
そして、霧の中から誰が姿を現す。
「ナミ。なに、やってんの?」
「ベッキー…」
彼女とわかった途端、張り詰めていた緊張がぷつりと切れ、体の力が抜けて、へなへなと座りこんでしまった。
「ちょっと大丈夫?」
駆け寄ってきたベッキーの顔を見て、堰を切ったように涙が溢れた。
「ベッキー…うわああん!」
「はいはい。大丈夫だから」
安堵感で感情のタガがはずれ、大声で泣く。ベッキーに縋りつきながら。
「村から全然離れていなかったんです。両親は先に帰ったと思ったって…」
「そう」
ソニアさんは苦笑いを浮かべる。
「もう恥ずかしくって…霧になったら、必ず笑い話のネタにされるし」
「好きじゃないって、怖かったからじゃないくて、恥ずかしかったからなのね」
「はい…」
笑い話にできる程度の事だから良かったものの、あのまま森に取り残されていたらと考えると、当然ながら怖い。
霧は、昼に近づくにつれて何事もなかったのように消えていった。
都中心部まで戻ってきた私達は、ギルドに行き、魔法研究所についての情報を尋ねた。
受付で、魔法研究所についての情報を尋ねた。しかし、期待していた答えは返ってこない。
「魔法研究所に大事な用があるんです。取り次ぎとかできませんか?」
「そういう業務はやっていません」
「紹介状もあるんです」
「ですから、できないんです」
きっぱりと断られた。
話を聞いてみると研究所は、国立だが独立した機関で、さらに外部からの連絡を通さないらしい。
「そういえば、エレナ様が閉鎖的だって言っていました」
「だからって門前払いまでしなくても…」
ここまでされては手の打ちようがない。
どうする?。
研究所と連絡を取る方法ない。
ないわけではなく、私達のようにふらっとやってきて、用がありますと訪ねても取り合ってくれないという事。
「直接乗り込む」
「乗り込むってお城の中ですよ」
「直談判するしかなくない?」
そんな事をすれば、今度こそ問答無用で捕まってしまうだろう
「そうよね…」
何かいい方法はないかと、ギルド内のベンチに座りながら考えていた。
が、どこからともなくいい匂いが漂ってくる。
「そういえば、もう昼ね」
「ですね…」
そして、お互いに顔を見た。
「ふふっ…」
たぶん考えてる事は同じ。
「何か食べに行きましょうか?」
「そうね。腹が減ってはなんとやら。食べながら考えましょ」
「はい」
ギルドを出て飲食街へ。
「何食べましょか?」
「そうね…昨日食べたウドンに似たものがあるって…なんだっけ?…」
「ソバですね」
ソニアさんは昨晩、この先何を食べるかを考えていた。
私は知ってる限りの料理を教えてあげた。
「それ、それにしましょ」
「わかりました」
ソバ屋をどこかを通りすがりの人に聞きつつ、お店を目指す。
「ここですね」
「結構、混んでる」
見つけた大きいお店でなかった。十五、六人程度の席しかない。
「別な店探します?」
「いや、ここにしましょ。長く待つわけじゃないし」
という事で、お店に入った。
「いらっしゃませ~。すみません。今席がいっぱいなんです。そちらの席でお待ちいただけます?」
「はい」
出入り口近くにある椅子に座る。
「こちら、お品書きです」
「どうも」
お品書きをソニアさんともに見る。
「これ全部ソバ料理?」
「それ以外のもありますね。昨日話した、ドンブリ物もあります」
「へえ…それも気にあるけど、今日はソバよ」
「はい」
ソニアさんのテンションが上がっていくのがわかった。
まるで子供が新しいおもちゃを見つけたかのように、興味津々でお品書きを見つめている。
「モリ、ザル、カシワ?…暗号みたいね」
知らない人にはそう見えてもしかたないだろう。
「モリソバにしましょう。一番シンプルですし、ソバの味を楽しめると思います」
「そう?じゃあ、それにしましょ」
「テンプラもありますけど、どうします?」
「ちょっと値段が高めね」
「都中心部ですから…」
「それはどこも同じね。王都もそう」
そういうものだと受け入れるしかないだろう。
「どうも~ごちそうさん」
「ありがとうございました~」
食べ終わったお客さん二人が、店を出て行った。
それをソニアさんは目で追う。
「そうか…」
「ソニアさん?」
「なんで気が付かなかったんだろう…」
「どうしたんです?」
「え?いや、ちょっとアイデア浮かんで…」
アイデア?。一体何だろう?。
「おまたせしました~。こちらのお席にどうぞ~」
「はい。ソニアさん」
「うん」
店員さんに案内され席につく。
「何になさいますか?」
「モリソバ二つと、野菜のテンプラ盛り合わせを一つください」
「かしこまりました~」
テンプラは頼まないつもりだったけど、野菜は他のより割安だったので注文した。
ほどなくして、注文したものが出てくる。
「モリソバ二つと野菜のテンプラ盛り合わせです」
「ありがとうございます」
「へえ。これがソバ」
ソバは小麦のように、実を臼でひいて粉にして使う。
小麦のようにパスタ状にしたり、こねて薄く広げて焼いたり。
食べ方も小麦に似ている。
「この色はソバの色?」
「はい」
「こっちのカキアゲ?だっけ?テンプラとは違うの?」
「テンプラの一種ですね」
基本は玉ねぎと人参。その他
それを小麦粉などで一纏めして揚げたもの。
「いいんじゃない?」
ソニアさんの目が輝いている。
「気にいると思いますよ」
「それじゃ食べましょ」
ソニアさんはそういうと、ソバが入った器の隣に置かれた小さな器を持ち、何を思ったのか、それを直接口元に近づけようとした。
「ソニアさん!?ダ、ダメ!ダメですよ!」
私の声が、店内に響き渡った。
Copyrightc2020-橘 シン




