26-22
荷物整理が終わった私達は、甲板へと上がる。
空は晴れ渡り、気持ちいい風が吹いていた。
「ソニア!ナミ!こっちよ」
エイダさんが手を振り、呼んでいる。
「いい航海日和ですね」
「ええ。船乗りじゃないから、どういいかはわからないけど、時化ているよりはずっといい」
波も穏やかで揺れも少ない。
左舷側にシファーレンが見える。
「すっど陸が見えたまま進むんですか?」
「いいえ。水平線の向こう消えちゃうわ」
エイダさんがそう言っている間に、みるみる遠ざかっているのが分かった
「結構速度が出てません?」
「そう?いつもこんな感じよ」
「そうですか」
リカシィで便乗した船よりも速度が出てる気がする。
「この海峡は基本北風なんだよ」
そばにいた船乗りが教えてくれた。
「いま時期はちょっと強い風が吹くから、どんどん速度があがるぜ」
「へえ」
「今日は、あなた達がいるからゆっくり出来るわ。いつもならすぐに食事の準備取り掛かってる」
「船乗りさん達は手伝ってくれないんですか?」
「手伝ってくれる時もあるんだけど、時化たらそっちが優先だし、まあ揺れたら調理の方もままならないけどね」
一人であの人数分を作るのはかなり大変なはず。
慣れよ。とエイダさんは笑顔で話す。
「最初は、ほんと大変だった。調理もそうだけど、同じ料理を食べさすわけにいかないじゃない?」
「はい」
「楽に作れて、飽きなせない。これが中々…」
苦笑いを浮かべるエイダさんだが、調理の手際を見れば、相当頑張ったんだと思う。
元々、食事処を手伝っていた経験も生かされいるのかもしれない。
「私なんかより、あなた達のほうが大変でしょ?食事しながら聞いたけど、あるかどうかわからない魔法を探して、王国からやってくるなんて」
「仕事というか任務ですので…」
「目処はたっているんですよ。ね?」
「はい」
後は研究所の対応次第。
当たって砕けるしかない。
「最近の都ってどうなんです?あいかわらず人でごった返してますか?」
「ええ。いつも通りよ…いや若干、混乱してるかもね…」
「混乱?何かあったんですか?」
「あなた達はまだ知らないの?。国王陛下が亡くなられたのよ」
「え?陛下が…」
「二ヶ月くらい前かしら。代替わりして、長男の皇太子が陛下になられた。私はよくわからないんだけど、税金とか治安管理とか内政?っていうの?色々変更になったのよ」
「仕事に影響が?」
「私は特に変わってないけど、父が、めんどくせぇってぼやいていたわ」
エイダさんはそう言って、肩を竦める。
「あなた達は大丈夫だと思うけど、もしかしたらたらい回しにされちゃうかもね」
「…」
ソニアさんが頭を抱える。
「こういう手合がめんどくさいのよ…」
「そうなんですか?」
「組織末端の現場が分かってないパターン」
ソニアさんは経験談を話しくれた。
「…色々行かされて、最初に戻る」
「ええ…」
「ははは!」
エイダさんが笑い出す。
「しきりに謝ってたけど、こっちの予定が狂っちゃってもう…」
「そういうのが旅の思い出になるんじゃない?」
「話のネタには、なりますけど…それ以外は、損するだけです」
ベッキーと来た時は、門前払いで一切聞いてもらえずにたらい回しになる事はなかった。
今回も、用がある場所は決まっている。
すんなり行かないだろう事はわかってるから、臨機応変に対応するしかない。
都へは、特にトラブルもなく到着する。
「ここが、都…」
都は、港を含む周辺一帯を指す。
港の大きさはナイワッカの比ではない。
「すごい数の船…」
「サウラーンからと、王国の南ロランムからも来てるからな」
船長が腕を組みながらそう話す。
「遠くは帝国からも来るやつもある」
「イースタニアからも?」
「ああ。一ヶ月以上かかったらしいぜ」
「一ヶ月…何をしに来たんでしょうか?」
「さあな。おおかた商売だろうさ。好き好んで来るやつはいねえよ」
どんな商売なんだろう?。
シファーレンでしか売ってない物なんてあったっけ?。
「船長!」
「おう」
「停泊場所決まりましたぜ」
「どこよ?」
「一番北の端っこでさ」
「いつのとこだな」
「ですね~」
止まっていた船が動き出す。
「わりいな。中心部からは離れた場所に停まる事なった」
「そんな、謝る事なんてないです」
「都に来れた。それだけで、目的は十分に果たしています」
「そうかい」
船長さんはそう言いながら小さく笑顔を見せる。
船長さんって堅物で怖そうな人という印象だったけど、話してみるとそんな事はなく、とてもいい人だった。
船乗り達からの信頼も厚く、船長の指示には素直に従う。
船長を、異常に怖がっている様子もない。
「昔に比べたら丸くなりましたよ、船長は」
「何様だよ。お前は…」
「あははは!」
呆れる船長にエイダさんが笑う。
「年を取ると、色んなもんが剥がれる落ちていく…若い頃は、人が避けて道ができてたんだがな…」
威厳がいつの間にか落ちて、どっか行ったと話す。
「元々ないから…」
エイダさんが、そう耳打ちする。
私達は苦笑いだけを浮かべた。
「都には、いつまでいるんですか?」
「三日くらいじゃねえかな。荷物下ろして、搬入して…。どの程度の請負があるかまだわからんがな」
「どこかと契約してるわけじゃないですか?」
「今はしてねえな。だから、取り合いよ。他の船と」
「それは、大変ですね…」
仕事がなければ、当然収入も入ってこない。
「客船やったほうが、儲かるんじゃないっすかね?」
「こんな古い船に誰が乗るんだ?…。それに礼儀正しく接客しなきゃならねえぞ。俺は勘弁だぜ」
客船は客船で、苦労しそう…。
半日がかりで、船が桟橋し固定された。
「もう夕方ね…」
「ですね」
これから宿探し。
いい部屋があればいいな。
「宿代わりに使ってもいいのよ」
エイダさんがそう言ってくれたが…。
「勝手に決めるな…と、いつもなら言うが、お前らならかまわねえよ」
船長さんまで…。
「これ以上ご厄介になるわけには…ですよね?ソニアさん」
「ええ。さすがね」
「安くしとくぜ」
「結構です。部屋狭いし…エイダさんに迷惑がかかります」
エイダさんは気にしないよ、と話す。
「まあ、あそこに三人は無理があるな」
船長さんやエイダさん、船乗り達が嫌いというわけでは、決してない。
これだけは、はっきりと言える。
「宿がなかったら、ここに来い。泊めてやるよ」
船長さんはそう言って去って行った。
「お世話になりました」
「ありがとうございました」
去っていく背中に、そう声をかける。
彼は振り向かず、右手を上げただけった。
「かっこつけちゃって」
エイダさんは、小さくため息を吐く。
「エイダさんも、お世話になりました」
「ご迷惑でしたよね」
「迷惑だなんて、思ってないよ。楽しかった」
何度か夜遅くまで話し込む事があった。
女性同士の気兼ねしないおしゃべり。
自分の事をさらけ出すなんてことも…。
「お酒には、気をつけようと思いました…」
「あははは!それは謝るわ」
「ナミさん、初めてのお酒だったんだよね?」
「はい…」
ティーカップに半分しか飲んでいないのに、その時の記憶がない。.
ソニアさんとエイダさんは覚えていたけど、教えてくれなかった。
知れば後悔するからと。
数日、気になってしかたがなかった。
「お酒に弱かったんですね…」
「慣れてないだけかもよ。まあ、外で飲むのは、止めた方がいいわね」
「もう飲みません」
ソニアさんとエイダさんが笑う。
「さあ、もう行かないといい宿がなくなっちゃうよ」
「そうですね」
「それじゃ…」
「ええ。元気でね」
「はい」
エイダさんは、私達を優しく抱きしめてくれた。
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