26-21
「エイダさんは、いつから厨房を任されているんですか?」
「いつからかしらね。五年前くらいかな…」
そういう言いながら、玉ねぎを切っている。
「元々は、母がナイワッカで食事処をやっていて、そこを手伝ってた」
「母って船長の奥さんですよね?」
「そうよ」
切った玉ねぎを、大鍋に放り込む。
「今は喧嘩中でね。それが私がここにいる理由」
「喧嘩ですか…」
「大した理由がない喧嘩なんだけどね」
「何があったんです?」
奥様は船長の体を気遣って、引退を進めた。
船長本人はまだ出来ると拒否。
「引退するほどの年齢には見えませんよ」
「何もなければね。一度倒れてるの」
「え…」
本人はただの風邪だと、我を張る。
「実際、風邪かどうかはわからない。だから、母は引退を勧めた」
「それで引退する、しないで喧嘩に…」
「そういう事。それで私がついていく事にした」
「お目付け役というわけですね」
「本人は嫌でしょうけど。最初は母がついていくって言って。母がついていったら、四六時中喧嘩なるはず。だから、私が行く事なった」
頑固一徹な船長との間に、エイダさんは挟まっている。
子は鎹というものだろう。
「私も心配だから、異存はなかった」
「船長さん本人は、どうだってんです?」
「最初は機嫌が悪かったわ。母の代わりだってわかってるだろうしね」
大鍋で玉ねぎを炒め、そこに今日買ったばかりの生の牛肉を薄く切って入れた。
「焦げないように、ヘラで混ぜてて」
「はい」
肉に火が通ったら、あらかじめ作っておいたであろう合わせ調味料を入れる。
合わせ調味料はオショウユをベースにしている。
「味が染み込むまで少し煮込むだけ」
「これだけを、食べるんですか?」
「まさか。ご飯の上に乗せて食べるの。激ウマよ」
「へえ」
これは楽しみ。
わたしはシファーレンの料理にハマりつつあった。いや、ハマっていた。
出来るだけたくさんの種類を食べて帰りたい。
旅の醍醐味ってやつ。
「エイダさん。ご飯炊けましたけど」
船乗りの一人が大きなお釜持ってやってくる。
「食堂に持っていって。あ、蓋を開けちゃだめよ」
「へい。冷めないように布で包むですよね?」
「そう」
そして昼食。
「エイダ。なんで、こいつらがいるんだ?」
船長はわたしとナミさんを、顎で指す。
「なんでって、一緒に食事するんだから、いて当然でしょ」
「こいつはこいつらで食べる約束なんだが…」
「ああそう。それは父さんとの約束でしょ?私は私で、一緒に食べましょうって約束したの。いけないかしら?」
食堂のには船乗り達が集まっており、食事が配られないまま、ただ黙ってエイダさんと船長のやりとりを聞いていた。
「いけなくはないが…」
「それに、任せたぞと言ったのは父さんよ」
「任せたのは寝る場所の話だ」
「そうですか。言葉足らずの性格を治したほうがいいんじゃない?」
船乗り達が笑いを堪えている。
「どちらにしろ、彼女達は私に任せてもらうわ。基本的な調理は出来るみたいだから、料理を手伝ってもらう」
「ああ、そうか。お前の好きにしろ…」
船長はそう言ってため息を吐く。
やっと食事が配られ食べ始める。
「美味しい!」
「そう?よかったわ」
ギュウドンと言われるものらしい。
ゴハンにギュウドンの汁が染み込んでいてそれも美味しい。
「新鮮な生肉が手に入った時にしか作らないの」
「そうなんですか」
船乗り達は、掻き込むに食べている。
「やっぱ、うめえなぁ…」
「エイダさんが来るまで、ワンパターンだっだしな」
「ワンパターン言うなよ…俺の料理をさ」
瞬く間に、大鍋と釜が空になる。
「片付けよろしく」
「へい」
片付け船乗りの仕事になっている。
「部屋に行きましょう」
「はい」
わたし達は立ち上がる。
「ちょっと待て」
船長に呼び止められた。
「まだ何かあるわけ?」
「便乗料金は前払いだ」
「別に今じゃなくても…」
「いいんです。今払います」
わたしは、二人分の料金を払う。
「ん?多くないか?」
「お食事をいただくので、その分を入れてます」
ナミさんを見ると、彼女は頷き返してくれた。
「短い間ですが、よろしくお願いします」
「ああ…」
船長はそっけなく言う。
わたし達はエイダさんの部屋と向かった。
「エイダさん。船長さんにきつく当たり過ぎじゃないですか?」
「そう?いつもこんな感じよ」
「そうですか…怒られたり、喧嘩になったりしないんですか?」
「私、父に怒られた事にないのよ。喧嘩もない」
「え?」
そこはエイダさんも、不思議に思っていたらしい。
「私に、嫌われたくないんじゃないかしら。ていうのは自惚れるかしらね」
そう言って、彼女はフフッと笑う。
「明らかに私が悪いのに、母には怒られたのに、父は怒らなかった。庇うさえした」
一人娘を愛するゆえのものだろうか。
「愛されてますね?」
「三十路の娘に嫌われたくないとか。溺愛過ぎるわ」
エイダさんはため息を吐く。
「だから、反発して見せるの。あえて」
「わざとですか?」
「ええ。一人前の人として見てほしいから。怒らない、喧嘩もしない。そんな関係はいやよ」
エイダさんは中々高尚な考えの持ち主だ。
「今のところ、成果は出てないけどね」
「もっと優しくしてもいいと思いますけど…親子なんですし」
ナミさんが、そう話す。
「それだと、父も思惑通りになっちゃう」
「主導権は渡したくないと」
「まあね。根比べよ」
何やってんのかしらねと、自虐的に笑う。
「私の部屋って、そんなに広い部屋じゃないんだけど…」
エイダさんはそう言いながら、部屋へ入っていく。
「おじゃまします…」
部屋の中には、小さな机と椅子。それとチェスト。
「そういえば、二段ベッドだった…」
この部屋は船乗り達用の部屋で、二人で一室を割り当てられていた。
「上の私物を下ろせば、一人寝れる。後は床ね。それでいいかしら?…って、そうするしかない」
「はい。構いません」
次はわたしとナミさんどっちが上で寝るかだけど…。
「ナミさんがベッドに」
「ソニアさんが上ベッドで」
ほぼ同時に、お互いを見る。
「ソニアさんがベッドに寝てください」
「いや、わたしは床でいいから」
「ダメですよ。私の家でも床でしたよ」
「それはあなたの実家だったから…」
「こういうのは公平しないとダメです」
ナミさんはそう言って譲らなかった。
「かわいいわね。あなた達」
エイダさんがクスクスと笑ってる。
「ベッドには敷物はないから、床を変わらないわよ」
「床とベッドでは気分が違います」
「まあ、そうね。だったら交互に寝ればいいじゃない?明日着くわけじゃないんだから」
確かにそう。
わたしとナミさんはお互いに苦笑いを浮かべた。
「わかったわ。今日はわたしが、ベッドで寝る」
「明日は、私が。以降は日替わりで」
「ええ。交渉成立ね」
「はい」
わたしはナミさんと握手をする。
「私は甲板に上がってるから」
「はい」
エイダさんが部屋を出ていった
わたし達は荷物を整理しつつ、今の状況を話す。
「シュナイツを出てからどれくらいかしら」
「半月はもう過ぎてますね」
「そんなに経つのか…」
しょうがないとはいえ、ほとんどが移動となっている。
「都に着く頃には一ヶ月になるのね」
「お金は大丈夫でしょうか?」
「それは大丈夫よ。幸いして」
お金だけは、確保しておかないとどうにもならなくなってしまう。
旅費を出してくださったウィル様には感謝しかない。
「都は宿も食事もナイワッカよりかかると思う」
「はい。長居はできませんね」
「うん」
出来るだけ早く治癒魔法の情報を集めなければいけない。
「すんなり研究所に入れるといいんですけど…」
「一筋縄じゃ難しいと思うわ」
紹介状はあるが、信用してもらえない可能性が大いにある。
強引に行けば捕まるかもしれない。
その辺はいい手を考えないと…。
「とりあえず、都までは確実に行ける」
「ええ」
「今は船旅を楽しみましょ」
「はい」
不確定な未来に悩んでもしかたない。
好転、暗転どうなっても落ちついて行動しよう。
道は必ず開けるはず。
Copyrightc2020-橘 シン




