26-20
船乗りと船長らしき人が、船から降りて来た。
見るからに気難しそうに見えた。
硬そうな白髪が混じった髪は無造作にまとめられ、口髭にも白いものが目立つ。
「船乗り志望って、女じゃねえか…バカか?てめえは」
「え、でも、人手不足だって、言ってましたよね?」
「体力勝負の仕事に、女雇ってどうすんだ?あ?足手まといで穀潰しだろうが」
なんだか酷い言われよう。
そこまで言わなくても…。
心の中で反論したが、声は出せなかった。
船長は、まるで厄介払いをするかのように、ぞんざいな仕草で手を振った。
「悪いな。ねえちゃん達よ。働きたいなら陸の仕事にしな」
ここで引き下がるわけにはいかない。この船に乗ることは、都へ向かうための、そして今後の旅の資金を確保するためのもの。
「いや、わたし達は船に便乗させてほしくて…」
「便乗?」
「はい。都まで行きたいんです」
「都ね…」
彼は顎に手を当て、考えるような素振りを見せた。
「お金を節約したいんです。お願いします」
「…」
船長は何も言わない。当然ながら、彼の顔は露骨に不機嫌そうだった。
「もちろん、お金は払いますし、手伝える事が何でもさせていただきます」
「手伝い…」
腕を組みわたしとナミさんを見下ろす。
こういう時はニッコリと笑顔で。
「じゃあ、あれを運べ」
船長が指差す。そこには木箱が置かれていた。
大きな木箱がいくつも積み上げられていた。ずっしりと重そうで、大人の男でも二人掛かりになりそうな代物だ。
「午後には出港したいんだ。今のペースじゃ無理そうなんだが、あれを運べたら相当時間を短縮できる」
「なるほど…いいですよ。ね?」
「はい」
「はいって…大丈夫かよ?」
疑いの眼差しを隠そうともしない。
「大丈夫ですよ」
ナミさんと目配せし、ふふっと笑う。
「もし全部運べたら、支払うお金は、客船相場の三分の一にしてもらいます?」
「ああ、かまわねえよ」
「絶対。約束ですよ?」
念押しする私に、船長は少し苛立った様子を見せた。
「しつけえな。おれは約束は守るから」
という事で荷物運びとなる。
「マジかよ…」
「笑ってるぜ?」
「女に運べる重さだっけか?」
「まさか。俺達二人で、やっと運べる重さだぜ」
「どうなってんだ?」
「最近の女は、力持ちなんだなぁ…」
なんて声が聞こえてきた。
わたし達が力持ちになったわけじゃない。
魔法である。
「やっぱり魔法ってすごいわ」
「ありがとうございます」
ナミさんが、魔法で木箱を軽くしてくれたのだった。
そうでなければこんな芸当はできない。
「ここでいいんですか?」
「あ、ああ。そこでいい」
「よいしょっと…」
私たちは、驚愕する船員たちを尻目に、淡々と作業を進める。
「これが最後ですね」
「ええ」
ナミさんが木箱に振れた。
「お前ら…」
「うわぁ!」
慌てて振り返ると、いつのまにか船長が、すごい形相で立っていた。
「魔法使ってたのかよ…早く言えよ」
「聞かれなかったので」
「チッ!」
船長は盛大に舌打ちする。
「あっちのも頼む」
別の積み荷を指差す。
「お断りします」
きっぱりと告げる。船長の目が、丸くなった。
「なんだと?お前らは、都に行きたいんだろ?だったらよ…」
優位に立とうとする船長に、わたしは微笑んだ。
「相場の四分の一なら、考えます。ね?ナミさん」
「え、ええ…そうですね…」
「…」
船長が背を向ける。
その背中からは、苛立ちと困惑が滲み出ているように見えた。
「いいんですか?三分の一でも相当安いと思うんですけど…」
ナミさんが耳打ちしてきた。
「いいのよ。こういう時は強気で」
「あはは…」
船長がこっちを向く。
「分かった…四分の一でいい」
「ええ!?」
ナミさんが驚いている。
「四分の一でいいが、食料はお前ら自身で用意してくれ…頼む」
「ええ。いいでしょう」
もうどっちの立場が上か、わからない。
ナミさんに魔法を頑張ってもらう。
「ずっと軽いままじゃないんだよな?」
「はい」
「重量バランス考えねえとな…おい!同じ所に積み上げるじゃねえぞ!均等にしろよ!」
「あいさ!」
積み込みは予想より早く終わった。
「疲れたんじゃない?」
「これくらいなら、全然大丈夫です」
ナミさんは笑顔で答える。
「次は食料品を調達しに行きましょう」
「はい」
わたし達は市場へと向かう。
都最寄りの港までは七日くらいで着くと船長が言っていた。
「途中で海賊に出くわすとか、勘弁願いたいわ」
「少ない、とは言ってましたけどね」
ゼロじゃないのが微妙に不安である。
二人で七日分の食料となると、結構な量になる。
でも、必要だから買わないといけない。
「よお」
便乗させてもらう船の船乗り達と出くわす。
「あなた達も食料の調達?」
「ああ。まあな」
船乗り全員分のとなるので、買い方が大胆だった。
「それ樽二つと、それは樽三つ」
「そこのやつ全部くれ。それからあれも。おい、どんどん持ってけよ」
「へーい」
持って来ていた荷台に山と積む。
それを二往復していた。
「料理は当番制なんですか?」
「いや。専属の料理人いるんだよ」
「へえ」
料理人を雇う事もあるのね。
「俺達が作るより確実にうまい!」
「お前が、下手なだけだろ。おれは厨房経験あるからそこそこ出来るし」
「お前のは、まあまあうまい」
「まあまあって…」
船旅では、食事くらいしか楽しみがないので、美味し事は良いこと。
すべての荷物が積み込み終わって、出港となる。
「昼に出港なんて久しぶりだぜ」
いつもなら、昼食を挟んで午後になる事が多いらしい。
「部屋が必要だよな?」
「寝れるだけのスペースがあればいいです」
「そういうわけにもいかんだろ」
船長はそう言って船倉へと降りていく。
この船は、リカシィで乗った船より大きく、内部に余裕がある。
わたし達が連れて来られたのは、厨房だった。
「おい」
「何?忙しいんだけど?」
厨房には三十代くらいと思われる女性が一人。料理人だろう。
振り向きもせずに、忙しそうに手を動かている。
「都まで、便乗することになった二人だ。お前の部屋、余裕あったろ?泊めてやってくれ」
船長は、任せたぞと言って去って行ってしまった。
「何なのよ。忙しい時に…」
そういいながらこっちを向く。
黒髪にバンダナを巻いている。
「えっと…便乗ってあなた達?」
「はい」
「私はエイダよ」
「はじめまして、ソニアです」
「ナミです」
挨拶を交わしたが、すぐに作業を再開する。
「女性の便乗なんて初めてよ」
「そうですか」
「嫌味とかじゃないからね」
「はい…」
多少、ぶっきらぼうな言い方だが、悪意はないようだ。
「私の部屋、2番なんだけどわかる?」
「いいえ…すみません」
部屋に番号なんてあったのね。
ナミさんも首を横に振る。
「便乗ってさ、当然食事するわよね?」
そう言いながらも、手は止めない。
「しますけど、自分達で用意しますので」
「ご迷惑はかけません」
「持ってきたの?」
「はい」
エイダさんがわたし達の食料を見る。
「味気ないものばかりね…。そんなんじゃ身が持たないわ。私の料理食べなさい」
「ですが…」
「二人ぐらいなら、作る量はそんなに変わらないから」
「そういう事じゃなくて、船長と約束なんです」
経緯を説明した。
「ああ、そういう事。私から言っておくから大丈夫よ」
「でも…」
「いいから。その食料はこっちで使うから」
わたしとナミさんはお互いを見る。
厨房に漂う匂いから美味しい料理が出てくるのは間違いないみたい。
味気ないものより、やっぱり温かいほうかいい。
「本当に大丈夫よ。あの人は私の言う事には逆らえない」
「でも、船長ですよ?」
「私は、その船長の娘だから」
「そうだったんですか」
「父親は娘には逆らえない。これ定説」
そう言って豪快に笑う。
「そんな事話してる場合じゃなかった。あなた達、包丁は使える?」
「はい」
「なら、手伝って。ここは大喰らいが多いのよ」
「わかりました」
わたし達はエイダさんを手伝い始めた。
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